第13話
2018年4月。
新学期に入ったこと、そして高校進学を踏まえて内申点を考えた結果、琴音は村井の家がある学区の中学校に入学した。
(……四ヶ月くらいしか一緒にいなかったのに家が広く感じるようになったな)
ここ三ヶ月くらいの間、基本的には行動を共にしていた琴音がいなくなったことで村井は僅かに寂寥感を覚えた。ただ、花音はそれ以上だろう。最近は村井から離れていても大丈夫だったというのに今日は無言で服の裾を掴んでいる。
(まぁ、今日くらいは仕方ないか……って、昨日も考えた気もするが、まぁいい)
昨日は花音を連れて琴音の中学校に行って諸手続きなどを行ったが、今日は朝から行動が別だ。両親が殺されてからずっと一緒だった片割れを失った花音の心情を少しは慮ってやるべきだと村井は考え、気を紛らわせるように明るく言った。
「よし、花音。今日は何しようか?」
「……おひるね」
「そうか……」
(まぁ楽でいいんだが)
村井は一瞬そう思ったが、花音が自分の服を掴んで離れないことを見て少し考えを改めることになる。
「……花音、お昼寝ってのは花音が寝るところを見てるだけでいいよな?」
「ううん。いっしょに寝る。一人はいや」
「うーん……分かった。取り敢えず、本を持ってくるから花音は」
「いっしょ」
(……花音の退行はいつまで続くんだろうか? 本編と比べて大分性格が乖離してるんだが……)
本を取りに行くには自室に戻らないといけないが、花音が離れないのであれば自室に戻れない。本を取りに行くのは諦めることにする村井だったが、それにしても花音の幼さに疑問を抱く。
【昏き幽王の眠る町】の本編における花音は周囲が求めるキャラクターを演じてはいたものの素顔は殆どのことに興味を失ってしまった女性だった。か弱い乙女の皮を被った強い女性でありながら、どこか危うさを感じさせる存在と描写されていた。
だが、ここにいる花音は琴音と村井に依存した、かなり幼い印象を受ける甘えん坊だ。
(まぁ大分環境が違うからなぁ……本編では無理にでも強くならざるを得なかったと言えばそれで終わりなんだが、こんな調子でいざという時が来た時に昏き幽王やその一派とやり合えるのか……)
ちょっと未来が心配になる村井だが、戦力的に言えば現時点でも花音はかなり強いことは間違いない。姉妹を狙って村井家の近所に侵入して来た諸角が手籠めにしようとして失敗した程度には強い存在になっていた。
現代日本というのに平気で霊力の宿った拳銃を隠し持ち、有象無象の妖怪であれば一個小隊程来ようとも問答無用で蹂躙できる程度には力のある諸角相手に、姉妹二人がかりとはいえ勝利したのは末恐ろしい才能としか言えなかった。
ただ、それは戦闘時の話。普段は甘えん坊の可愛らしいお姫様だ。本を取りに行くことを村井は半ば諦めて花音に確認する。
「そんなに一緒に寝たいのか?」
「うん」
「……じゃあ、片付けとか済ませてからになるが、いいね?」
「手伝う」
村井と一緒に居たいということを真っ直ぐに言動で表して来る花音。流石に邪魔になるので服を掴むのは止めさせたが、その代わりに花音はぴったりと横について来て村井の片づけを手伝った。ここまでされては村井も無下には出来ない。
(色々やりたいことはあるが……まぁ、仕方ない。一旦寝るか)
花音を連れて寝室に向かう村井。お昼寝が終わったら自宅学習用の教材に取り組むこととトレーニングすることを約束して花音と共にベッドに横になった。静かな時間が流れる。
(さて、二度寝する前に時間の有効活用しておくか。居なくなったら起きるが、横に居たら花音は大丈夫だしな)
花音は目を瞑ったとはいえまだまだ起きている。ただ、それもそんなに長い時間は続かないだろう。彼女は昨夜の時点で明日から中学校に行ってしまう琴音と少しでも長くお話しをするために夜更かしをしていたのでかなり眠たい様子なのだ。
だが、村井は僅かな間での離別すらをも惜しむ二人を横目にさっさと寝室に入って一人で寝たので睡眠の質も時間も十分だ。目を瞑って何もしない時間が長引けば眠れはするだろうが、それは少し先のこと。そのため、ただ単に目を閉じて時間が過ぎるのを待つだけという時間を有効活用したかった。
(とは言ってもなぁ……私生活はもうほぼ引退状態で、後やらないといけないことは二人の面倒を見ながら昏き幽王の復活を阻止することくらいなんだよな……)
ただ、熟慮せずとも思いついたままの生活を送っても問題のない村井に作戦会議はあまり必要なかったりする。色々と考えようとしてその結論に至った村井だったが、それでも習慣的に無駄を省きたいと考えて思考を巡らせた。
(強いて言うなら【昏き幽王の眠る町】の主人公たちの覚醒のために花音に本編にあった描写に合致する行動を取らせるべきなんだろうが……)
やり残したことを考えた結果、村井が思いつくのは【昏き幽王の眠る町】の問題だ。取り敢えず、村井は自身の活動の結果、現時点から普通に時が流れても物語本編のように昏き幽王の本格的な目覚めが起きることはほぼないと見ていた。
仮に昏き幽王が目覚めたとしても琴音と花音を原作以上に強化しているため次善策の準備も出来ている。更に彼が手を打つとして、ある程度原作のいいとこ取りをすることも考えられるが、そこまで行くと億劫さが首をもたげてしまっていた。
(どこまで頑張るかねぇ……何か本編では細々とした伏線のために花音の過去が挿入されていたが、別に見世物じゃないし伏線回収をやりたいがためだけに花音の行動をあれこれ指示する必要は感じないんだよなぁ……碌な過去話はなかったし)
不憫な二人には自分に迷惑を掛けない範囲で楽しく生活して欲しい。それが村井の本音だ。そのため、必要最低限な分を除いてわざわざ動きたくないし、暴発するのが分かっている爆弾に火を点けに行かせるつもりもない。
(取り敢えず、環境が変わって出会う人も変わることになるから本編にあった花音の過去話の大半が機能不全になったが……それがどう出ることやら)
村井が引き取ったことで琴音と花音は【昏き幽王の眠る町】本編とは異なる学校に通うことになった。それによって様々な影響が懸念されることになる。少なくとも、主人公の片割れである巻き込まれ系主人公との
巻き込まれ系主人公は中学生の時分に出会った不思議な体験……伏線を潰して単純に結論を言うのであれば諸角の指示で動いた花音の仕事を見た結果、非日常に触れることになった存在のため、不思議な体験がなければ昏き幽王を巡る数奇な物語と運命が交わることはなくなるのだ。
(あいつは物語に起伏を生む役としてはいいが……正直、素人に鉄火場に来られても邪魔だしな。向こうは命の危険がある非日常の世界を知らずに済み、こっちは邪魔が入ることない。互いにwin-winだ)
巻き込まれ系の一般人でも主人公は主人公なので【昏き幽王の眠る町】における役割としてはかなり大きい。彼がいなければ物語本編で目覚めた昏き幽王の再封印は難しかっただろう。ただし、村井が考えている流れには邪魔だ。本編が始まる前から退場してもらうことにする。
(取り敢えず、今の花音にやってもらうことは心身の療養くらいか。昏き幽王に付け入る隙を与えないように今は地盤固めからやってもらおう……)
規則的な寝息を立て始めた花音を横目に見て村井は出来る限り環境を整えるためにもう少し色々と考えるのだった。
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