第5話

 少女たちについて一通りの説明を受け、身を清めたり服を取り換えて貰ったりした後に御伽林の隠れ家を出た村井。彼は邪教徒の集団から助け出した二人の美少女に裾を掴まれたまま取り敢えず買い出しに向かった。


(……死体の山を見た後だ。この二人にはまだ魚の方がいいだろう。それが無理なら最悪はお菓子でもいいか)


 大型動物の肉を食べさせるには少し心的ハードルが高いかと思って村井は自分の分の牛ロースと適当にメカジキの切り身を買っておく。一応、二人とも普通の食べ物であれば出されたら食べるとは言っていたが、念のための心遣いだ。


「さて、後はデザートだな。好きなのを1つ選べ」

「……いいの?」

「まぁ成長期だしな。別にこのコーナーにある洋菓子じゃなくても何でもいいぞ」

「じゃあこれ」


 姉妹の妹の方、花音は片手で村井の服を掴んだまますぐに手近にある食べたいものを選んだ。生クリーム入りの生どら焼きらしい。そして姉である琴音は少し悩んだ後にセールのエクレアを選んだ。それを見て花音が首を傾げる。


「お姉ちゃん、抹茶ケーキじゃなくていいの?」

「だって300円だし……エクレアは100円だから」

「……好きなのを何でも選べって言ったんだから好きにしていい。花音、お姉ちゃんは抹茶ケーキの方が好きなのか?」

「うん」


 それを聞いて村井はエクレアを返品して抹茶のケーキを籠に入れる。恐縮した様子でお礼を言う琴音のことをあまり気にせずに村井はその後も食料品を買い込んでから退店し、自宅へとタクシーを走らせた。




 村井の家は都心からは少し外れた場所にあるが、最寄り駅からはほど近い交通の便がいい立地だった。仮想通貨によって築いた財産で一括購入した一軒家である。


「さて、ここが俺の家だ。この中は基本的に安全と思っていい」


 元は曰く付きだった家だが、村井が除霊してからは普通の家になっている。寧ろ、その後に村井が様々な結界などを張り巡らせているため、普通の家よりも安心出来る環境にあると自負していた。

 しかし、そんな説明を受けても異能的なことも霊的なことも何も分からない姉妹には何一つとして安心出来ない。二人とも才能はあるので何となく凄そうだということくらいは感じられるが、彼女たちが今理解しているのは自分たちを助けてくれたのが村井で、彼と一緒に居れば差し当たって安全であるということくらいだ。そのため、二人はいつになっても村井の服を掴んで離さないままだった。


(まぁ、邪魔するわけでもないからいいか……)


 買ってきた食材を冷蔵庫に入れ、今日食べる分をそのまま調理し始める村井。その間も二人はじっと村井の傍にいた。


(肉見て吐かれたら嫌だなとか思ってたが、案外タフそうだな)


 少女たちの様子を見て一人で安心する村井。少女たちは見られると見返して来るが特に何も言わずに村井は作業に移った。


(面倒だし、牛ロースを煮た後の煮汁を再利用してメカジキも煮てしまいたいが……この子たち、誘拐されてから特に何も食べてないらしいからな。先に準備を済ませてやろう)


 ちょっとした優しさで村井はメカジキと一口サイズに乱切りした根菜とシイタケの煮物を先に済ませてしまう。一通りの下処理を終えて煮汁にぶち込んだところでそう言えばと炊飯器の様子を確認しに向かう。今朝炊いたばかりのご飯があるはずだ。

 だが、村井が朝食と昼食で結構食べたため、中に残っているのは大体2合行かないくらいの量だった。


(……足りるか?)


 未だに服の裾を引いている姉妹の顔を見て様子を窺う村井。普通に換算して中茶碗三杯分。対するはほぼ一日何も食べていない育ち盛りの娘二人に成人男性一人だ。


(デザートはあるが……仕方ない。最悪、非常用のパックご飯を出すか)


 現在のご飯の量では恐らく不足するだろうと判断した村井は戸棚から真空パックに入ったレトルトご飯を取り出して二人に遠慮せずに食べるように告げておく。


(後は味噌汁か。俺一人ならレトルトで済ませるところだが……この子たちの栄養を考えると、葉物野菜を入れて三人前の味噌汁を作った方がいいな)


 そう考えた村井は適当にキャベツや玉ねぎなどを切って顆粒出汁で作った味噌汁に突っ込んだ。


(後はひと煮立ちさせて……このコンロが空いたら牛ロースと玉ねぎで俺用に手抜き牛丼を作れば終わりだな)


 本来の予定であれば引退祝いに一人ですき焼きを肴に晩酌と洒落こんでいたところだが、子ども二人の面倒を看るとなれば少しグレードを下げざるを得ない。


(いや、まぁ金ならあると言えばあるんだが……根っからの貧乏性だからなぁ。思考回路は節制していた時や元の世界に居た時のままだし)


 メカジキが煮えるまでの間、ぼんやりと浮かんでは消える煮汁の泡を見ながら思考に耽る村井。少女二人も無言だ。何とも言い難い時間が静かに経過し、そろそろ煮汁の泡に粘性が生まれ始めた頃。村井は火を止めた。


(さて……少し冷ますか。その間に手抜き牛丼を作る)


 まずは牛肉と味噌汁の残りの玉ねぎを焼き、味が濃くなった煮汁を少し使って牛肉を煮しめていく。牛丼が完成する頃にはメカジキに煮汁の味が浸透していた。


「はい、完成。食事にするぞ。食器はないから紙皿でいいな? ちょっと深めの皿があるからそれ使え」

「あ、はい」

「……そろそろ服を放してもいいんじゃないか? そのままだとご飯も食べられないだろ」

「……はい」


 村井の言葉で琴音は恐る恐る村井から手を放す。しかし、花音の方はなかなか手を放そうとはしなかった。


「花音、ご飯だから。お行儀悪いよ」

「いや」

「わがまま言ったらダメだよ。お兄さんが怒るかもしれないでしょ」

「おにーさん……」


 うるうるとした目を向けて来る花音。勿論、魅了付きだ。理性がぐらりと揺らぐ音がする村井。しかし、何とか意地を見せる。


「花音、ソファで一緒に食べようか。くっついててもいいからちゃんとご飯は両手で食べること。いいね?」

「……うん」


 断るどころか密着度を上げる提案をしたが、これでもまだ頑張った方だ。村井の中では膝にのせて食べるという案まで浮上していたのだから。ただ、二人の様子を見ていた琴音の方はまた別の感想を抱き、花音に続いた。


「え……じゃ、じゃあ私も……!」

「……いいけど、俺も食べるからちょっとだけ離れてね? 間違えて肘撃ちとかして味噌汁溢したとかなったら可哀想なことになるから」

「が、がんばります」


 そんなやり取りをして三人はテレビ前のソファに座って食事を開始する。基本的に味付けが濃い目な村井の料理だが、ご飯を食べさせるという一点において今回は問題なかった。


(……にしても可愛いな。写真に撮っておきたいくらいだ……)


 懸命に食べる二人の姿は見ていてどこか小動物を愛でている時のような愛らしさを感じさせる。少し遠慮気味にしていたが、それも空腹の前に屈して二人は村井に目でおかわりを訴え、村井の食事を中断させてパックご飯をレンジで温めた後、ソファに戻って申し訳なさそうに食事を再開した。


 そんなこんなで食事の時間が終わって少しすると琴音と花音の二人はうとうとし始めた。村井はちょっと話をしておきたかったが、この様子を見るに難しそうだと判断して彼女たちに黒い丸薬を見せる。


「寝る前にこれを飲んだ方がいい」

「……何ですか、それ?」


 眠そうにしながらも問いかけて来る琴音。花音は特に何も言わずに村井から丸薬を受け取って飲んだ。


「か、花音。よく分からないものを飲んじゃ……」

「どうせ飲まないといけないし……」


 しれっとした顔でそう宣う花音に村井も微妙な危機感を覚えて一言付け足した。


「……まぁ、花音は変な人に騙されないようにな。今のは悪夢の退散丸。効能は色々あるが、今の状況で言うなら飲めばよく寝られるようになる。多分、夢を通して邪神が顕現しようとするから先に飲んで」

「……はい」


 花音が飲んだのだから自分も飲む。一蓮托生だ。そんな思いで琴音も一気に水と共に飲み込んだ。それを見て村井はもう寝かせることにした。ただ、問題は一向に村井の服を引いたまま離れない二人だ。

 村井はこの後、ナイ神父から貰った本を読む気だ。ただ、眠っている少女二人に光を当てながら本を読むというのも気が引ける。そのため、二人にはそろそろ村井から離れてベッドで寝て欲しい。


「じゃあもう寝てほしいんだが……」

「おにーさんと一緒がいい」

「……あの、ダメ、ですか?」


 おねだりする姉妹。当然のように魅了付きだ。しかも先程までより大分強い。これまでは一応、無意識でも制御していた方らしいが眠くて少しリミッターが外れているようだった。


「はぁ。もういいよ……」


 結局折れた村井と共に少女たちは三人で寝ることになるのだった。



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