第4話
自宅に戻ってシャワーを浴び、普段着に着替えた村井は本を読もうとしていたが、全てが面倒臭くなって一度不貞寝することにした。多方面に渡るストレスを感じてのことだ。人々から安寧を奪おうとしていた凶悪なカルト集団とはいえ殺人を犯したのは事実。また、神格との出会いや世界滅亡に関する問題に直面したこと。そしてそれらと遭遇して今後の予定が破壊された気がするのが最大のストレスだった。
そんな村井のストレス解消のための不貞寝だが、割とすぐに終わってしまう。ほぼ予定通りの三時間後、携帯電話が鳴り響いて彼を叩き起こしたのだ。
「……御伽林さんか」
電話相手は無視するわけにもいかない魔女様だ。軽く咳払いして電話に出ると少女たちに宿っていたモノの退散の儀が終わった旨と、件の少女たちを迎えに来るようにという連絡。そして少女たちの状態についての説明がしたいということだった。
(……まだ読んでないけど、絶対ナイ神父が言ってたこの本の昏き幽王とかいうのに絡んで来る話だろうなぁ……)
起きたら読もうと思っていた本の表紙に目をやりながら移動する村井。この世には様々な能力者がいることは理解しているので色んな媒体に残してバックアップを取りたいところが、今は時間がないので小説三冊を持って地図アプリを頼りに御伽林の家の近くまで向かう。
御伽林の隠れ家付近までタクシーで近付いた村井は徒歩に切り替えると厳重な結界が張られた彼女の家の一つに向かう。そこに辿り着こうという意思と内部にいる者の許可がない限り、余程の縁がなければ到達できない結界だ。
結界を抜けると御伽林の隠れ家が見つかる。カメラ付きインターフォンを鳴らし、相手を呼び出すと自宅前の門が開いた。そしてそのまま軽い邸宅となっている隠れ家の扉を開いて御伽林の弟子が村井を招き入れる。
「どうぞ中へ」
「お邪魔する」
「師匠のところまで案内いたします」
礼儀正しく村井のことを案内する御伽林の弟子。一切の迷いなく流れるように案内された先に彼女はいた。
「やぁ、村井くん。支払いの目途は立ったかな?」
弟子が入口の扉を閉めて村井と御伽林を二人きりにした後、開口一番、彼女は依頼料の事について笑顔で語りかけて来た。村井はげんなりしながらも頷く。
「えぇ、まぁ、はい。どこに支払えばいいんですかね。一括で支払いたいんですが」
「ふふ。あの子に泣きついたのかな?」
「自腹ですよ。大赤字だ。はぁ……」
「おや……そこまで儲けていたのか。
村井の口振りに少し驚きながらも彼の言葉を受け入れる御伽林。支払金額と振込先が記された請求書と明細書を村井に渡すと彼女はくすくす笑いながら何かの術を行使してこの場に村井が助けた二人の少女を呼び出した。
「よかったね。村井くんはすぐに君たちのことを買い戻してくれたよ」
揶揄うような笑み。しかし、二人の少女はそれどころではないようだ。村井の方に駆け寄ると村井を掴んで離さなくなった。
「……何したんですかねぇ?」
「何、君が支払いを遅らせるようだった時の話を少しね。僕としては皆で返済する方が早くていいんじゃないかなーと思って彼女たちに出来る返済方法を教えただけさ」
こともなさげにそう告げる御伽林だが、碌でもない内容だったのは少女たちの様子を見ればすぐにわかる。しかし、こういう時に効果的なあやし方も特に知らないので取り敢えず村井は二人とも抱き締めてあげることにした。その様子を見て御伽林は告げる。
「仲が良いことだ。まぁ、これから一緒に暮らすんだからそうじゃなきゃね」
「……決定事項、ですか」
「まぁね。この子たちの素質を見るに、同業者が保護して育てなきゃまた似たような目に遭うだけかな。もろちゃんや僕のところでもいいけど」
少しだけ無言になり、二人を見る村井。涙目の美少女二人は震えながら村井に縋りついている。村井は思案した。
(……【昏き幽王の眠る町】だとどんな展開になったんだ? あのナイ神父が子育てをするようには思えないが……)
一瞬だけ黒い男を思い出してとんでもない子どもたちが生まれる図を想像した村井だったが、彼の無言を恐れるかのように少女が口を開いたことで我に返る。
「お、お兄さんと一緒に住ませてください。お兄さんがいいです。お願いします」
「……私も、です。お願いします」
しがみつく力が強くなっている。そして一瞬だが村井の脳髄に直接甘ったるい誘惑の糖蜜が流し込まれた気がした。
(……魅了、か)
脳内に冷たいものが流れる村井。自分とて御伽林のおかげでかなりの耐性は持っている。それを貫通して思考誘導する力ともなれば相当な鍛錬を積んだ魔術師、もしくは神格クラスの能力になる。それをこの少女は無意識に使ったのだ。まだ幼さの残る二人にそれほどまでの才能があるという事実に驚く村井だが、一連の様子を見ていた御伽林は楽しそうな顔で笑っている。
「少女たち、そんなに可愛いと性的に襲われるよ? まぁ、それも養われるためには一手かもしれないけど」
「だ、大丈夫です。お兄さん、なら……でも、あの、私だけにしてください。お願いします。花音は、花音にはまだ早いと思うので……!」
震えながらも気丈に振る舞う少女。望んで言ったことではないだろう。それでも妹を庇うその態度は実に健気なものだ。そんな彼女を見て嗜虐心を抱く者も少なからずいるだろうが、村井は溜息と共に悪い気分を吐き出した。
「その辺りの力の制御も覚えさせないとな……」
「ふふ、決まりかな? よかったね、少女たち。彼が君たちの面倒を看るってさ」
「……! あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「あぁ、まぁ……うん」
何とも言えない顔でひとまず安堵したらしい二人の幼い美少女を見た後、村井は御伽林の方に向き直った。
「それで、御伽林さん。用件はこれだけじゃないんだろう? 一体なんだ?」
「せっかちだね。まぁ僕も忙しい身だし、ちょうどいいか。単刀直入に言うよ。その子たち才能だけで言ったら僕の弟子と比べても桁違いだ。非常に危険な存在だから心してかかるように」
「……そんなにですか」
「そうだね。段違いってレベルを超えてる。桁が違う。この子たちが成長して、二人揃って暴走したら止められるのは僕ぐらいしかいない。生かすと決めたのは君なんだからちゃんと面倒看なよ?」
両腕の中に納まっている二人の美少女にそんな力があるようには見えない。だが、目の前の銀髪の美少女もまたその身に見合わぬ力を持っている存在だ。見た目で判断することの恐ろしさを村井は十分に知っているつもりだったが、まだ甘いようだ。
「分かりました。その他には?」
「そうだね。今回の邪神召喚とは違う、何か別の力が宿ってることは言っておいた方がいいかな? 詳しいことは調べてないけど」
「あぁ、さもありなんってところですね」
「おや、知っていたのかい? なら別に調べなくてもいいか」
昏き幽王関連の話だろう。その辺については今、村井が持っている資料を見て後で考えることにする。
「後は何かあります?」
「あ、これはただのアドバイスになるけど、退散の儀式を行ったのはいいけど、心的防衛機能が働いて彼女たちは少しの間幼い感性になっているから。その辺りを考えて育ててあげるといいよ」
「……教えてくれてありがとうございます」
少女たちが怯えているのは御伽林の所為も少しだけあるのではないかと思った村井だったが、それは口に出さずに素直に礼を言っておく。その後も村井は二人の状態に関する説明を受けることになるのだった。
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