第20話 チヨの想いと家族の想い

 チヨは家に帰ると、家族に頭領からの話を伝えた。

 焚き火を囲んで家族の時間を楽しんでいたのに、話を切り出した途端に訪れたのは静寂。

 父は驚きに目を円くし、母は開いた口が塞がらないでいる。弟や妹はピンときていないようだけれど、姉であるチヨが結婚するということだけは理解したみたいだ。


「ちょっと、なんでそんなことになったのよ!」

「ビックリよね。アサギちゃんと一緒に、皇子様のお后になれるなんて」


 母は、なぜチヨに白羽の矢が立ったのか、納得がいかないらしい。


「私だけじゃないのよ。マツちゃんも一緒なの。ずーっとアサギちゃんの侍女として働いてきたから、二人して見初められたのよ」


 頭領の話とは少し違うけれど、おおよそ違ってはいない説明をする。

 望まれて嫁ぐのではなく、「まぁよかろう」という妥協されたかのような返事で決まったとあっては、家族を不安にさらすようなものだろう。


「アサギちゃんの家も、皇子様に嫁いでからいろいろよくしてもらっているじゃない? きっと我が家にも、それなりの品が贈られたり、待遇がよくなったりするんじゃないかしら」

「アサギちゃんのところは、伯母さん一人になってしまうから特別だったんじゃないか?」


 眉根を寄せる父に、チヨは「そんなことないわよ!」と強く出る。


「だって、皇子様の親族になるのよ。ちょっとはよくならなきゃ、おかしいわ」

「そんなもんかしらねぇ……」

「もぅ、お母さんまで!」


 手放しで喜んでほしいのに、疑心暗鬼というか、ノリが悪い。婚期を逃すか結婚せずかの二択だった娘の伴侶が決まったのだから、手放しで喜べばいいのに。


「でも、やっぱり不釣り合いよ。断りなさい」


 諭すような母の物言いに、フルフルと頭を横に振った。


「断って皇子様と妻木の里の関係が悪化したら、責任が取れるのかと頭領から脅されたわ。断るなんて無理よ」

「だけど、家柄も合わないじゃない。皇子様はヤマト族の王家の方よ」


 心配が尽きない母に、チヨは「大丈夫!」と声を張る。


「私もマツちゃんも、アサギちゃんと同じで、頭領の養女になってから夫婦の儀式をするらしいわ」

「そりゃ、頭領はイヅモ族の準王家みたいなもんだけど……」


 父は眉間にシワを寄せてチヨを観察した。


「第二夫人か第三夫人か知らんが、お前に務まるのか?」

「務まるか務まらないかじゃないの。やるしかないのよ」


 もう根性論だ。

 言ってみれば、新たに与えられた役職。仕事のようなものだと理解している。そうでなければ、やっていけない。


「安心してよ。皇子様は、怖い人じゃないわ。とても優しい人よ」


 両親を安心させようと笑みを浮かべるも、母の心配はさらに深まったようだ。


「ねぇ……。その皇子様の優しさは、チヨ……アンタに向けられたものかい?」

「え?」

「アサギちゃんに向けられている優しさを……自分にも向けられていると、勘違いしてるんじゃないのかい?」

「それは……」


 ある、かもしれない。だけど、チヨやマツに話しかけてくれるときも皇子は優しいのだ。きっと、勘違いじゃない。

 チヨは自信を持って笑みを深める。


「大丈夫よ。勘違いなんかじゃないわ」

「そうかい……?」


 まだ疑念が拭えないようで、母の表情は変わらない。父も黙したまま、なにも言葉を発さずにいる。

 チヨは、少しイライラしてきた。


「ねぇ。なんで、そんなに心配そうな暗い顔ばかりするの? どうして、おめでとうって、よくやったな! って褒めてくれないわけ?」


 チヨが声を荒らげると、母はオロオロと慌て始める。父は仏頂面のまま、さらに唇を引き結んだ。


「お願い。分かってほしいの。お母さんも、お父さんも、チヨが心配なのよ」

「だから、大丈夫って言ってるじゃない! 暮らしがよくなるかもしれないのに、さっきから……どうして喜んでくれないのよ」


 期待外れな家族の反応に腹が立つ。

 またと無い喜ばしい知らせなのに、不安に駆られ心配しかしない両親に腹が立って仕方がない。


(悔しい……)


 なんで、どうして望みどおりの反応をしてくれないんだろう。

 ただ、喜んてくれればいいだけなのに。

 頑張って、皇子の子を産むんだぞって言ってくれるだけでいいのに……。

 チヨの欲しい言葉は、ちっとも出てこない。どれだけ言葉を重ねても、両親からもらえない。

 悔しくて握った震える拳に、そっと手が触れた。見れば、弟と妹がチヨの顔を覗き込んでいる。


「姉ちゃん……お后様になるの?」


 まだ、十を過ぎたばかりの弟と、十にも満たない妹。アサギに付いて里を出るときは小さかったのに、目を見張るくらい体が大きく成長している。顔を忘れられているかもしれないと不安だったけれど、姉の顔を忘れずにいてくれた小さな家族。


(この子達の、自慢の姉になりたい)


 チヨは、ニコリと満面の笑みを浮かべた。


「そうだよ。皇子様のところに、お嫁に行くの」


 途端に、弟と妹の表情がグシャリと歪む。


「嫌だよ〜! 寂しいよ〜」

「姉ちゃん、せっかく帰って来たのに〜! また居なくなっちゃうの、嫌だ〜っ!」


 二人に抱きつかれ、耳元では盛大な泣き声が響く。声の限りに張り上げるから、耳の奥がワンワンと反響する。耳を塞ぐ代わりに、弟と妹をギュッと抱き締めた。


「寂しい想いされて、ごめんね。また帰ってくるから、泣かないで。ね?」


 優しく言っても、泣き声はやまない。


(もぅ……泣きたいのは、姉ちゃんのほうだよ)


 アサギと皇子の宮殿が妻木の里の近くに建てられてからも、忙しさにかまけて里帰りをしなかった報いだろうか。

 弟と妹が、寂しがるのも無理はないだろう。そんな二人を可愛いと思う。だけど……。


(なんで、こんな悲しい気持ちにならなきゃいけないのよ)


 泣きたいのは、こっちだ。ただ、喜んでほしいだけなのに。

 弟と妹は泣いたまま母の元へ行き、懐に抱かれ泣き続けている。

 チヨはおもむろに立ち上がると、家族の誰にも気づかれないように、黙って竪穴式の家から出て行った。

 

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