第185話 霊獣品評会


 3人の青年陰陽師が倒れた日の夜。

 お世話係さんが最新情報を携えてやってきた。


「3人とも無事とのことです」


「はぁ……よかったです」


 安堵のため息が漏れた。

 万が一死ぬようなことがあれば、俺はどう責任を取れば良いのやらと心配で心配で。

 契約内容的に実験の責任を取るのは東部家当主だとしても、実態としては俺が主導して行っている。


 2回分の緩和効果がなければ、彼らは死んでいたかもしれない。

 3人ではなく1人で試していたら、死んでいたかもしれない。

 最悪の事態を回避できたのは奇跡といっていいだろう。

 本当に危なかった。


「峡部様が気にされる必要はございません。彼らは自らの意思で実験に参加したのです」


「……ありがとうございます」


 そんなこと言われても、若者の命を危険に晒した事実は変わらない。

 先達として気にするに決まってる。

 これから先の実験は慎重にならざるを得ないな。


「少し考えれば、こうなることは予想できたでしょう。峡部様が何度も行っているので、楽観視しておりましたが……これほど危険なことだったとは。改めて、ご協力くださりありがとうございます」


「いえ、仕事なので、お気遣いなく」


 いや、ちょっと待て。お気遣い必要だろ。

 詩織ちゃんと出会って早々、割と軽率に挑戦した俺が一番危なかったのでは?

 恐山来訪初日で死んでいた可能性があったってことだろ。

 なんとまぁ、人生綱渡りもいいところだ。

 転生してからこの方、順調満帆な風を装って何度も死にかけている。


 では、俺が死ななかった理由は何か?

 3人が倒れた後でも、八千代先生はすかさず詩織ちゃんに言葉を教えていた。

 その緩和時間は2回目と変わらず、およそ10分。

 得られた結果から考えるに、外部に放出された負の感情の総量は大して変わっていない。

 にもかかわらず、俺の負荷はほとんど変わらなかった。


 つまり、実験開始早々に3人とも意識を失っていたのだろう。


 彼らも傍流とはいえ、一端の陰陽師として活動しているらしい。

 大人の一般陰陽師と俺の違い……。転生していること、不思議生物を食べていること、それに伴い霊力量が桁違いなこと、精錬霊素を作れること、身体強化……。


「……だろうなぁ」


 細胞レベルで共生中の重霊素による、身体強化が怪しい。

 肉体的にダウンした彼らを思えば、これが一番直接的に作用しそうだ。

 とはいえ、真相を確かめることはできないし、試すつもりもない。


「どうかされましたか?」


「独り言です。明日はどうしましょうか。声帯の数だけ、全体放送を繰り返すのが妥当ですかね」


 今日は2個作れた。

 既にある程度の安全と実績を確認しているものを繰り返す方が良いかもしれない。

 怨嗟之声の影響が蓄積するのかも確認しないといけないし。

 そう考えていた俺に、お世話係さんが待ったをかける。


「いえ、明日はお休みにいたしましょう」


「お休みですか?」


 夏休みは短い。

 こうしてつきっきりで対応できるのは今だけなのに、休みなどとっていていいのだろうか。


「詩織様が、こちらへ行きたいと声に出して・・・・・仰ったのです」


 お世話係さんは嬉しそうにタブレットの画面を見せてくる。

 今日教えた「〜したい」シリーズを使いこなす詩織ちゃんの姿に、彼女は胸がいっぱいのようだ。

 タブレットに表示されているのは何かの催しのチラシ。そのタイトルにはこう書かれていた。


「霊獣品評会?」


 親父の同僚である霊獣マニアさんが憧れているお祭りの名前だ。

 曰く、霊獣を持つ陰陽師しか参加することのできないお祭りなのだとか。


「はい。例年関西で開かれるのですが、今年は東部家が取り仕切ることとなりました」


 当然、開催地は宮城県となる。

 主催者の身内であれば、霊獣がいなくても参加できるだろう。

 いや、東部家なら霊獣の卵くらい確保できるのでは?


「詩織ちゃんの霊獣はいないんですか?」


「……塩砂家が怨嗟術を継承するようになって以降、一度だけ霊獣を手に入れたことがあります」


 おや、この流れは……。


「10年経っても一向に大きくならず、生まれる気配のないそれを調べたところ、中で腐っていたそうです」


 生まれすらしなかった、と。

 霊力と共に怨嗟之声や負の感情が流れ込んでしまったのだろうか。

 副作用の悪意が強すぎる。

 ここ数日の体験を振り返れば、それもそうかと納得できるところがまた恐ろしい。


「詩織様は御当主様の霊獣を大層気に入っているので、今回の催しに興味を示されたのでしょう」


 恵雲様の霊獣か。どんなのだろう。

 普段連れ歩いていないから、まだ見たことがない。

 そういえば、うちの卵もそろそろ腹を空かせている頃だろう。一時帰宅してご飯を与えようかな。


 よくよく考えたら、俺たち大人は良くても、子供は休みがないとダメだ。

 社畜根性出してしまった俺だって、労基は守るべきである。

 霊獣品評会がなくても休みを取るべきだった。


「わかりました。明日はお休みにしましょう。霊獣品評会、楽しんできてください」


「よろしければ、峡部様もご一緒にいかがでしょうか?」


 おっと、まさかのお誘い。

 期待しなかったといえば嘘になるが、雇われでしかない俺が参加してもいいのだろうか。

 まだ霊獣も生まれていないし。


「霊獣品評会の参加条件は見物客を制限するためのものです。霊獣を切り札とする陰陽師もいらっしゃるので、情報を制限する目的もあります」


 なるほど、子供が一人紛れ込むくらい問題ないわけね。

 それなら返事は決まっている。


「参加させてください!」



〜〜〜



 そして翌日、俺たちはイベント会場となる高原へ向かった。

 車から降りた俺は、三代目ナップザックですら収まりきらなくなった霊獣の卵を背負う。


「本当に大きな卵ですね。私が持ちましょうか?」


「いえ、自分の霊獣なので」


 朝、空飛ぶタクシーに乗って回収してきた。

 霊獣のイベントに参加するのに、手ぶらというのもどうかと考えての行動である。

 毎年霊獣マニアさんに凄い凄いと言われ、自慢したくなって持ってきたわけではない。

 ないったらない。


「卵が外に見えていても大丈夫ですか?」


「この辺り一帯は貸切になっているので、問題ありません」


 その言葉を聞き、俺は安心して卵を背負い直した。

 目の前の大きな建物がイベントスペースとなっており、そこを中心に高原全体が会場として貸切られているらしい。

 受付を顔パスし、さっそく会場の中へ。


「おぉ、これが……霊獣」


 そこには、たくさんの霊獣とそのパートナーがいた。


 犬や猫、鳥など身近な動物と似ている霊獣。

 虎や狼、蛇などの珍しい動物と似た霊獣。

 そして特に目を引くのは、燃え盛る火の鳥である。

 どれも卵から生まれた存在だと思えば興味深い。

 うちの子もあんな感じになるといいな。


 パートナーの方も無視できない。

 誰も彼もが上流階級の出立ちをしており、億越えかつコネクションがないと手に入れられない霊獣を所有するに相応しい名家揃いである。

 これは是非とも仲良くなっておかねば。


 そんな下心を抱く俺とは裏腹に、純粋な少女は初めて会う皆様へご挨拶。


「死……こんにちは!」


「詩織様、とても良い挨拶です」


 これまでの教育の成果により、詩織ちゃんは正しい挨拶を覚えた。

 初手で死の宣告をする少女は成長したのだ。

 ホールに響き渡る声一つすら、俺たちにとっては感慨深い。

 ほら、スタッフとして働く東部家の皆さんが揃って笑みを浮かべている。


「……ん?」


 なんか、空気がおかしい。

 日本最強たる塩砂家の御息女が来たというのに、ホール全体が静かだ。

 さっきまで参加者の会話や霊獣の鳴き声が響いていたはずなのに、今や人の息遣いまで聞こえてくるかのよう。

 そして何より、霊獣達の視線が突き刺さる。様々な姿形をとる霊獣達が、一様にこちらを見ている。

 それはまるで、肉食獣の動きを注視する野生動物のようで……。


「…………」


「「「 ! 」」」


 詩織ちゃんが一歩踏み出した瞬間、霊獣達が一歩後ずさった。

 明らかに彼女を警戒している。

 詩織ちゃんがもう一歩踏み出すと、また同じ現象が。


「…………?」


 音が聞こえずとも、目はしっかり見えている詩織ちゃん。

 彼らの反応を見て、なんとなく自分が避けられているのがわかったようだ。


「…………」


 動物触れ合いコーナーに来たのに、触ろうとしたら自分だけ動物に嫌われた。そんな寂しそうな背中が見てられない。

 おい、誰か触らせに来い!

 周囲を観察していると、近くにいる黒スーツの男が九官鳥型霊獣に話しかけていた。


「どうしたんだ、何を怖がっている。塩砂の娘がどうした?」


「ピルピル」


「妖怪に似た気配? そんなものは感じられないが……」


 盗み聞きしたところ、霊獣達は詩織ちゃんから妖怪と同じ脅威を感じ取っているようだ。

 人間に分からない何かを察知できるのは、生物としての本能だろうか?

 霊獣とパートナーには不思議な繋がりがあるらしく、人間側も霊獣の恐怖に共感したのだろう。

 現状がわかったところで、場に動きがあった。

 一際多くの人が集まっていた窓際の一角。

 中心にいたとある人物の歩みによって、自然と道が開かれていく。


「塩砂の姫君よ。久しいな。新年の挨拶以来か」


 懇親会で顔を見ているが、直接話したことはない相手。

 日本陰陽師界のトップ——安倍晴明がそこにいた。

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