第6章 日本最強編
第171話 出発
荒御魂との戦いを制した俺達だったが、その代償としてジョンが意識不明の重体となってしまった。
俺の外付け善意であり、唯一信頼できる部下でもある彼を、そのまま成仏させるわけにはいかない。
何より、人生2周目仲間を救う為、俺は青森県の恐山へ向かうことにした。
方針を決めた俺は一度帰宅する。
今回の目的地はかなり遠い。
親父の方は御剣様が説得してくれるとして、お母様には俺から許可を貰わなくては。
「ということがあって、ジョンがピンチなんだ。だからお願い、行かせて」
「さすがに一人では行かせられません」
ですよね。
都内ならまだしも、関東の外、本州の北端まで行くとなれば話は別だ。
普通の子供が遠出するなら親同伴が当たり前。
でも、親父は明日から外せない長期任務に参加するとのことで、御剣様共々不在となる。
ダメ元で籾さん……いや、裕子さんにお願いしてみるか?
身近な陰陽師関係者をピックアップしていると、お母様が立ち上がった。
「私もついて行きます」
えっ、お母様が?
と、つい思ってしまったが、普通なら実の親が面倒を見るのは当然である。
ただし、お母様には陰陽師関係の知識がほとんどない。
源ママに業界の常識や心構えを教わっているものの、実際に戦う俺たちには及ばないのだ。
これから行く先で戦闘する予定がなくとも、妖怪との縁が強い陰陽師と一緒にいては、危険が及ぶ可能性もある。
「お父さんに止められないかな」
「お父さんが言っていました。聖は並の陰陽師よりもずっと強い、と。妖怪に襲われても、聖が守ってくれるでしょう? お父さんも了承するはずです」
お母様は小首を傾げて言った。
まぁ、それはそうだけど。改めて家族に言われると照れるなぁ。
「それよりも、聖がそれ以外の壁にぶつかった時、助けになれないことの方が私は心配です。聖はしっかりしていますが、子供だけでは出来ないこともたくさんあります。悪い人に狙われるかもしれません。なので、もっとお母さんを頼ってください」
ここまで言われて断ることはできない。
つい、前世の感覚で単独行動しようとしていたが……警察に補導されてみろ、この体じゃ親が来るまで解放されないぞ。
むしろ監督責任を問われて両親が叱られてしまう。
「優也はどうするの?」
「忘れましたか? 明日から2泊3日のお仕事体験です。その後のことは、また後で考えましょう」
そうだった。優也はパイロット体験イベントに行くんだった。
航空科学博物館や航空大学を見学し、最後には空港の裏側を案内してもらえるという、夏休みの小学生向け特別企画である。
しかも、費用は企画元の航空会社が負担してくれるという大盤振る舞い。
大人の俺ですら楽しめそうなこのイベントに応募したところ、日頃から行いの良い我が弟は見事当選したのだった。
札飛ばしで遊んだ思い出は、優也の心に強く印象付いていたのだ。
「では、決まりですね」
こうして、旅の同行者が決まった。
俺が使い果たした道具を補充している間に、お母様は旅支度を済ませてくれた。
翌日、朝早く送迎バスに乗った優也を見送り、俺たちも出発の準備をする。
昨日も活躍した空飛ぶタクシーを召喚し、お母様と乗り込んだ。
規制がなんだ、仲間の危機である今こそ緊急事態である。
「いってきます」
誰もいなくなった家に挨拶をして、いざ出発。
まずは御剣家に置いてきたジョンを回収して、すぐさま恐山へ向かう。
まだ夏休み2日目だというのに、イベントが大渋滞を起こしている。
お茶会や陰陽術研究をエンジョイするつもりだったのに、俺の夏休み計画はいつになったら実行できるのやら。
後ろに座るお母様へ気づかれないよう、小さく嘆息しながら、長い夏休み2日目は始まるのだった。
~~~
空海さんが共闘したというイタコは、
恐山のイタコは有名だが、彼女たちは常に恐山にいるわけではない。
普段は街中で生活し、“恐山大祭”と“恐山秋詣り”の時だけ、恐山で降霊術を披露するのだ。
しかし、恐山大祭当日である今日は『おそらく恐山菩提寺の宿坊に泊まるのではないか』と空海さんが予想していた。
さすがの空海さんも、イタコの私的な住所までは把握しておらず、手っ取り早く見つけるならば恐山へ直行するのが最短ルートとなる。
数時間の空の旅を終え、ついに目的地が見えてきた。
「例大祭目当ての観光客が集まってる。霊感のある人が多いかもしれないから、隣山に降りるよ」
「わかりました。空の旅はあっという間でしたね」
大蛇航空を満喫したお母様が、少し残念そうに言う。
ジョンをすこしでも負荷の少ない蛇の体内へ納めた都合、俺たちは外に乗ることになった。
飛行機など目じゃない豪快な空の景色に、お母様は大興奮だった。
空を飛ぶ鳥を見つけては指さしたり、上空を飛ぶ飛行機を見つけては俺に知らせてきたり、子供のようである。
俺の都合に付き合わせてしまうのだから、空の旅を楽しんでくれたのはよかった。
大蛇をゆっくりと降下させ、滝の近くへ着陸させる。
お母様とジョンを触手で優しく降ろし、大蛇には上空で待機を命じた。
この後は上空からナビゲーターとして働いてもらう予定だ。
さぁ出発だ、と意気込んだところで、大きな水音が響く。
滝の中から老婆が現れたのだ。
「これまた奇妙な組み合わせだね」
俺とお母様は揃ってギョッとした。
老婆が滝から出てくるまで、人の気配が全くしなかったのだ。
おそらく、精神統一によって自然と一体化していたのだろう。
御剣家の師匠がお手本を見せてくれた時も似たようなことが起こった。
その境地へ至るには、かなりの修練が必要なはずだ。
「あんた達、関係者だね。ここに何の用事だい? まさか、アタシに口寄せしてほしくて来たわけじゃないだろう?」
老婆は警戒した様子で問うてきた。
今日こんな場所にいるのだ、十中八九イタコだとは思っていたが、まさか来て早々出会えるとは。
この人に空海さんの知り合いの居場所を教えてもらえれば、探す手間が省ける。
俺が何と返そうか悩んでいると、老婆は胸元を隠しながら言う。
「なんだい、あんまり凝視するんじゃないよ」
言われてから気づいたが、老婆の着ている行衣は薄手のようで、滝に濡れてかなり透けていた。
これが少年少女の邂逅であれば、嬉し恥ずかしサービスシーンとなるのだろう。
しかし、ここにいるのは爺と婆である。
誰得な状況でしかない。
魂年齢は爺だが、精通前のガキ相手になに言ってんだ婆さん。
「修行の邪魔をしてしまって申し訳ありません。僕は峡部家の聖といいます。僕達は彼を助けるために、イタコさんに会いに来ました。よろしければ、人探しに協力してくれませんか?」
俺は何食わぬ顔でお願いした。
老婆は俺の大人びた言動に驚きつつ、視線をジョンへ向ける。
「助ける? その幽霊をかい? 何のために……家族には見えないけどねぇ」
ゴリゴリのネグロイドですからね。
モンゴロイドにはとても見えないだろう。
とはいえ、さすがはイタコと言うべきか、ジョンの姿がはっきりと見えているらしい。
霊感があっても、人によっては人魂にしか見えないこともあるのに。
思い返してみれば、俺の周りにはジョンを視認できる人間が数多くいる。
才能豊かな人間は霊感も強いのだろうか?
「家族ではありません。部下……仲間……そんな感じですね」
「仲間だって? 死なせてしまった仲間と最後の会話でもしたいのかい? 助けるってんなら、そんなことせずに早く成仏させるこった」
にべもなく断られてしまった。
この人を頼るのは諦めて、さっさと恐山に向かうか?
いや、人の縁というのは必ず何らかの意味を持つと、峡部家の指南書にも書いてあった。
たまたま降り立った場所にイタコがいたなんて偶然、滅多にあるものではない。
もう少し粘ってみよう。
老婆の口ぶりから、「死なせてしまった」の辺りが癇に障ったように思う。
そこは弁明すれば、あるいは。
「彼——ジョンは出会った時から幽霊でした。彼の意志で妖怪と戦って、傷ついたんです。それを癒してもらおうと——」
老婆は不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうにして問う。
「出会った時から? つまり何かい? その幽霊と会話して、仲間にしたうえ、共闘したと?」
まぁ、一般的に幽霊は戦闘力ないからなぁ。信じられないのも無理はない。
でも、イタコなら理解してくれるんじゃないか?
「イタコさんは幽霊の力を借りて、妖怪に立ち向かうと聞きました。ジョンは人を助けたいという願いを持っていたので、妖怪と戦えるよう、僕が力を貸しました」
詳細は企業秘密なのでぼかしておく。
聞かれたことにはちゃんと答えたはずだが、老婆はさらに不機嫌そうな空気を醸し出す。
なんでだろう、さっきからバッドコミュニケーションを連発している気がする。
「力を借りるなんて、なまっちょろいもんじゃないよ。……その外人の霊は、あんたと言葉を交わしたんだね?」
「そうですが、それが何か?」
繰り返し問われる、会話したという事実。
これは、隠すべき情報を間違えたのだろうか。
「悪いことは言わない。その霊はさっさと成仏させな。さもなくば、とんでもない災いをもたらすよ」
それ、予習済みです。
「荒御魂ですか? それならちょうど昨日倒してきたところです」
「……あんたが? バカ言うんじゃないよ。子供があんな化け物を相手にできるはずが……」
普通の子供ならね。
俺はスマホを取り出し、アルバムから一枚の写真を表示した。
「これが討伐記録です。画像加工はしてないですよ」
関東陰陽師会で発行された妖怪の討伐記録は、スマホからいつでも確認できる。
ここはあいにく圏外のようだが、親父に報告するためにスクショを撮っておいてよかった。
老婆は一度自分の荷物を取りに行き、タオルとメガネを装備して戻ってきた。
「武功一等? …………」
老婆は目を凝らしながら画面に近づき、その内容を確認した。
市里さん達がしっかり報告してくれたようで、俺の功績が一番であると記録されている。
集団戦の場合、この功績によって報酬の分配が変わるため、嘘にならない程度に功績を盛るのが普通らしい。
わざわざ他人に功績を見せつけるのも格好悪いが、目的のイタコさんと早く接触するためだ。
手段を選んでいられない。
ここまで話に付き合ってくれているあたり、老婆が悪い人ではないと確信している。
ならば、ここは正攻法で。
「ジョンは荒御魂との戦いで傷付きました。そんな功労者を傷ついたまま天に送ることはできません。どうか、力を貸してください」
子供に頭を下げられて、さぞ居心地が悪いことだろう。
老婆の狼狽える声が聞こえてきた。
そこへ、ここまで様子を伺っていたお母様が援護射撃する。
「ジョンさんの誠実さは、この子の母親である私も確認しています。お力添え願えませんか?」
2人から懇願された老婆は、ついに折れた。
「案内くらいなら、してやっても構わないよ。どうせ断られるだろうけどね」
土地勘のない場所で人探しをするのは難しい。
案内してくれるだけでも、ジョン回復への道は拓ける。
「それで、誰を探してるんだい?」
「長士
空海さんから聞いた名を告げたところで、しばし時が止まった。
老婆の瞬きが加速し、訝しげに眉を顰める。
ま、まさか。
「そいつはアタシの名前だね」
縁よ、そう来たか。
「同姓同名の方は?」
「県内にはいないよ」
最短ルートで目的の人物と出会えたのに、その先は崖だったもよう。
「もう一度言っておくけど、アタシはその霊と関わるつもりはないよ」
釘を刺されてしまった。
うーん、これは……詰んだか?
いや、こちらにはまだ紹介状がある。
空海さん、力を貸してくださーい!
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