第111話 お友達


 焼肉屋へ行く予定は急遽変更。未来の青春のため、幼いうちに思い出を作っておかねば!

 というわけで、明里ちゃんと源さんの作品を探して会場を練り歩く。

 なお、俺の作品はスルーした。お母様の反応的に見せるべきではないと判断したのだ。


「あっ、あった」


 最初に見つかったのは明里ちゃんの作品だ。

 自分で見つけた作品を指さして、母親に報告している姿がとても可愛い。


「【都知事賞】、とても優しい綺麗な字ね。貴女らしいわ」


「明里さん、おめでとうございます」


 安倍夫人と源ママがそれぞれ明里ちゃんを褒める。

 それに続いて大人達が口々に褒めていく。

 明里ちゃんは誇らし気だ。


 俺も何か言わないと。


「おめでとうございます」


「ありがとう」


 気の利いたセリフを言えたらよかったのだが、お母様のように詞的な表現はできそうになかった。

 そしてなにより、本心では『子供っぽい字だな』と思ってしまった故、正直すぎる己の口を閉ざさざるを得なかった。


 その後に見つかった源さんの作品も、俺と同じ【大賞】だった。


「聖と同じ大賞。勉強熱心な子は皆、字が綺麗です」


「聖さんも大賞でしたの? 皆とても素晴らしい結果ね」


「ええ、そうですね。誇らしい結果で成長を見せてくれて、母として嬉しい限りです」


 お母様と源ママ、それに安倍夫人がそう言って褒めているが、俺の時と同様、源さんの作品を前に大人達は言葉を選んでいるようだった。

 綺麗な字だと思うのだが、何か問題でもあるのだろうか。


「大賞ですか。可もなく不可もなく、といったところですね」


 当の本人は気にした様子もなく、むしろ俺と同じく結果に満足していないようだった。

 大臣の賞は1~2作品だけ選出される一方、その他の賞はそこそこ選出されている。ちらほら大賞の朱印を見かけるたび、俺の中で大賞の価値がさらに下がっていく……。


 さて、これで目的は達成されたのだが……え、ちょっと、見つけるの早すぎない?

 明里ちゃんと碌な会話もなしにイベント終了かと危ぶまれたその時、展示会場の入り口付近にある特設パネルでみんなの足が止まった。そのパネルには大臣に選ばれた作品が展示されており、多くの人が一定の距離を保って鑑賞している。

 一番目を引くのは中学2年生の作品だ。


「これが内閣総理大臣賞作品ですか。お手本との差異が目立ちますが、こういうものが求められているのですね」


 源さんの冷めた感想の後に、明里ちゃんが続く。


「すごく力強い」


 力……強い……?

 墨がしっかりノっていることは分かるけど、力強さまでは分からない。

 明里ちゃんには何が見えているのだろうか。


 正直なところ、俺は源さん寄りだ。

 お手本に忠実に書いた方が綺麗だと思うし、書き写す授業の作品なんだから、お手本を忠実に再現した自分の作品の方が良いと思う。

 崩し字の達筆さや書道的な美しさがあることも理解はしているつもりだが……文字は伝える機能の方が重要である。

 こんな考えだから俺と源さんは似たような作品で同じ評価を下されたのかもしれない。


「隣の作品は峡部さんのご学友ですね」


「え?」


 内閣総理大臣賞の隣には、文部科学大臣賞に選ばれた作品が数点並んでおり、その中の1つに『しょうじ まもる』と書かれていた。

 まもるって、真守君か?!

 学校名と年齢を見れば間違いなく真守君の作品であると分かる。

 彼にこんな才能まであるとは……。

 習字が絵と似ているといえば似ているような、違うといえば違うような……。

 とにかく、わりと自信を持っていた分野で負けてしまったのは事実だ。悔しい。


 明里ちゃんも真守君の作品をとても熱心に鑑賞している。

 そして、こんな感想を呟く。


「とっても生き生きしてる」


 本当に同じものを見ているのだろうか?

 俺が評価できるのは写実的な部分だけだ。

 芸術とか言うハイセンスな領域に口出しできるほど、優れた感性は持ち合わせていない。

 とりあえず同意しておこう。


「ですね。生き生きしてますね」


「峡部さんも理解できていないのですね」


「できてますよ? 完全に理解しました」


 やはりというか、仲間が隣にいた。

 でも、ここで同意してしまうと明里ちゃんの感想を否定することになりかねない。女性は共感の生き物だと聞いたことがある。

 とりあえず分かっているフリをしておこう。


 しかし、源さんは俺に同意を求めてくる。


「芸術は必要最低限の知識で十分です。感性という曖昧なものに左右される価値観は理解し難いものですから」


「その意見には賛成ですが、この件については次のお茶会で議論しましょう」


 なんてやり取りをしていたからだろうか。

 明里ちゃんが俺たちの方を見て尋ねる。


「雫ちゃん、仲いいんだね」


「よくお茶会に招待しているので。それなりに」


 源さん……俺達ってすごくドライな関係だったんですね。

 俺はもう少し親しみを覚えていたのですが。幼馴染認定しても良いくらいには付き合い長いのに、そんな事務的な感じだと思ってたのか。

 って、今はそんなことどうでもいい。

 今のうちに未来への布石を打たなければ。


「僕は安倍さんとも仲良くしたいと思っています。友達の友達は友達とも言いますから」


 心にもないことを言ってしまった。友達の友達は友達じゃないよ。

 都合のいい時だけ都合良く利用する、大人の汚さが無意識に……。


 しかし、明里ちゃんはそんなことを知る由もなく、きょとんとした顔で承諾してくれた。


「いいよ。お友達になろ?」


 お友達って、宣言してなるものではないような……。

 いや、これでも一歩前進だ。見知らぬ男の子から友達へと昇格したのだから。

 新しい関係性を築いたところで多少会話を続けるも、早々に解散の時間が来てしまった。

 くっ、小学1年生の女児相手にどう話しかけるか悩んだ時間が今になって惜しくなる。


 展示場を後にした俺達は展望台へ移動し、イルミネーションのような夜の街並みを見下ろして感嘆の声を上げた。


「きらきらしてる」


 隣で目を輝かせている明里ちゃんが可愛らしい。

 夜景が好きなのだろうか。明里ちゃんの無邪気な心に俺の心も清められる気分だ。

 

「聞いたことがあります。夜景というのは残業している人たちの――」


「源さん、それは胸に秘めておいてください」


 知ってるよ。

 かつて俺もその光の一部だったからな。

 夜景を見て綺麗だと思えなくなったのも、その言葉を聞いてからだ。疲れ切ったあの日が思い出されて、純粋に楽しめなくなった。さらには電気代だとかエネルギー資源だとか、余計なことを考えてしまう。

 でも、それは大人になってからであって、源さんはこの歳で達観するには早すぎやしませんかね?


 明里ちゃん達もこのあと食事をするらしく、ひとしきり夜景を楽しんだところで解散となった。

 解散直前、改めて母親に頑張りを褒められた明里ちゃんは、可愛い笑みを見せてくれた。


「来年も頑張る」


 何? 来年も来るだと?

 そうか、このイベントは毎年開催されるんだった。

 ならば俺も選ばれてみせる!

 少なくとも毎年会えば顔を覚えてくれるだろう。

 志が低すぎる気もするが、交際経験もない俺としては、とりあえずこれでヨシ!


 それまでに、芸術の何たるかを少し勉強しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る