第110話 全国書写展覧会




 2本目の歯が抜けるよりも先に、展覧会の開催日がやって来た。

 あらかじめ先生から案内を貰っており、親父が休みの日に家族で見に行くこととなった。


「ここだな」


 親父を先頭に公共交通機関を乗り継ぎ、やって来たのは街中の高層ビル。

 優也だけでなく、両親も揃って見上げるような高さだ。

 そのうちのワンフロアが大ホールとなっており、全国の小中学校全学年分の作品が展示されているらしい。

 早速エレベーターで上にあがると、すぐ目の前が会場だった。

そこかしこにいる家族は皆、俺達と同じ目的で来た人達だろう。


「おぉ。すごいね」


「おにいちゃんのはどれ?」


「たくさんありますね。一緒に探しましょう」


 広いフロアを埋め尽くすようにパネルが立ち並び、そのパネルに隙間なく作品が貼られている。

 硬筆と毛筆で分かれており、さらに学年や学校ごとに分けられているようで、俺達はそれを手掛かりにフロアの探索を始めた。


「皆さん字が綺麗ですね。一生懸命書いたのが伝わってきます」


 この辺りには小学校1年生の作品が並んでいる。

 お母様の言う通り、小学生にしては綺麗な方だと思う。

 でも、まだまだだね。線がブレていたり、子供っぽい字が多い。

 その点俺の作品はしっかりした筆遣いでバランスよく書いてある。

 お題が「二」というシンプルな文字とはいえ、隠すことのできない明確な差があるのだ。


「むっ、これか」


 親父が見つけた俺の作品には、朱色の判子で審査結果が記されていた。


【大賞】


 うん、まぁ、悪くないんじゃない?

 大臣が選ぶ特別賞なんて取ったらどうしよう。そうしたら子供達の活躍の場を奪っちゃって悪いなぁ〜。なんて、期待してなかったし?

 毛筆に命かけてるわけじゃないしね、うん。

 ある程度の綺麗さを維持出来れば、後は効率のためにスピードの方が大切になってくるし。

 ……うん、まぁ、こんなもんでしょ。


「聖、なんで嬉しくなさそうなのですか? 大賞ですよ?」


「陰陽師が仕事として扱う文字と、芸術的な文字は異なる。気にするな」


 親父、もしかして俺と同じ経験ある?

 的確な慰めの言葉をどうも。


 先ほどから目に付いた作品の感想を述べていたお母様に、俺の作品の感想も聞いてみたくなった。


「僕の字はどう?」


「聖の作品は字が整っていて……」


 ん?

 どうかしましたか。

 さっきまでポンポン感想が飛び出てたじゃないですか。


 お母様は数瞬悩む様子を見せ、ニッコリと微笑みながら寸評を述べる。


「……聖らしさが出ていますね」


 え、何?

 なんで答えを濁したの?

 何か本音を隠してませんかお母様?


 俺は親父にしゃがんでもらい、耳打ちする。


「お母さんがなんて言おうとしたのか分かる?」


「……綺麗な字を書いていると褒めたのではないか」


 いや、その裏に隠した本音を、夫として読み取ってほしかったんだけど。

 親父に聞いたのが間違いだったか。


 あのは間違いなく言葉を選んでいた。

 俺らしいって、なんだ?

 汚い心が反映された字ってことか?

 直接お母様に真意を尋ねるも、いつもの優しい笑顔で受け流されてしまった。

 あっ、これは聞かない方が幸せなやつだ。


 さて、俺の展示も見たことだし、後は屋上の展望室で夜景を眺めて、帰りに外食かな。

 ここに来る途中で食べたいものを聞かれたから、焼肉と答えておいた。

 間違いなく、息子の作品が展覧会に選ばれたことを祝して、焼肉屋に連れて行く流れだろう。

 楽しみだ。


 なんて考えていた俺は、出入り口の方へ振り向いた状態で固まった。

 え……な……なぜ、彼女たちがここに?


「あら、源家の皆さんと……明里ちゃん母子おやこも来ていますね。聖がずっと会いたがっていた明里ちゃんですよ。会えてよかったですね。ご挨拶しましょうか」


 なんて、ママ友に挨拶するような気軽さで入口へ向かうお母様。

 陰陽師界の重鎮である源パパを前にして、分かりやすく緊張する親父とは大違いだ。

 なお、俺は親父と同じく3年ぶりに会う可愛い幼女との再会に固まっていた。親父のことをバカにできない。


 ふぅ、予想外の展開に少し動揺したが、落ち着きを取り戻せ、俺よ。

 これはチャンスじゃないか。

 俺は意を決して少女達の下へ一歩踏み出した。

 懇親会で会った頃よりだいぶ成長した明里ちゃんは、さらに可愛さを増している。

 淡いピンク色の着物が少女の可憐さを引き立てており、ハレの日にピッタリな装いだ。


「源さん、こんばんは」


 日和った。

 明里ちゃんへ挨拶するより先に、慣れ親しんだ源さんに声を掛けた。

 源さんも紺色の着物姿がとても似合っている。とはいえ、それを褒める余裕は俺にはなかった。


「峡部さん、こんばんは」


「安倍さんも、えっと、お久しぶりです」


「こんばんは」


 明里ちゃんはそれだけ返すと、源さんの方へ顔を向けた。

 そんな彼女に源さんが耳打ちする。


「峡部家の長男です。懇親会で会ったことがあります」


 源さん、わざと俺に聞こえるように言ってる?

 この子、あなたのこと覚えてませんよって、暗に教えようとしてくれてる?

 やめて、地味にメンタル傷つくからやめて。


「あ、お兄さまに勝った人」


 よかった! 思い出してくれた!

 本命の卵が不発だったけど、結果オーライだ。


「晴空様は……ご一緒ではないのですね」


「お父さまのご指導の時間だから」


 さすがは安倍家嫡男、夜でも陰陽師教育を進めているのか。

 幼稚園には行かせてもらえなかった彼も、小学校には通っていると聞いたことがある。彼の作品もきっとここに展示されているだろうに、少し可哀想だ。

 どうして目の前の2人が一緒に来ているのかと尋ねれば、予想通りの答えが返ってきた。


「お兄さまとわたしの習字が選ばれたの。しずくちゃんもね」


「はい。我が家に同伴する形で明里さんの外出許可が下りました」


 加奈ちゃんの作品も展覧会に選ばれていたので、察しはついていた。やはり、陰陽師関係者の子供は展覧会に選ばれやすいのだろう。

 さて、ここからどうすべきか。

 大人達の会話もそろそろお開きになりそうな雰囲気だ。


「はい、息子の作品は先ほど確認したので――」


 緊張しっぱなしな親父はさっさと帰ろうとしている。

 せっかくお偉いさんと懇意になれる状況なのに、逃げ出そうとするんじゃない。気持ちはよく分かる。けど、いいかげんお母様だけでなく当主同士でコネを作れ!


 俺は俺で将来の布石を打ちたいんだ。

 峡部家の未来のためにも、この場は引き延ばさせてもらう。


「せっかくですし、一緒に鑑賞しませんか?」


「私は構いません。明里さんは?」


「いいよ」


 天が俺に味方したのか、狙い通りの展開になった。

 子供達が一緒に行動するとなれば、大人達はついて行くしかない。

 この展覧会の主役は子供達なのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る