第106話 精錬訓練



 俺は親父の仕事部屋でいつもの手伝いを終え、陰陽術の指導を受けていた。


「うむ……この出来なら問題ない。今週はこの札を覚えること」


「ありがとうございました」


「簡易結界から抜け出すことは出来なくなるが、お前の精錬霊素があればまず破られることはない。強力な反撃の手段となる」


「うん、よく練習しておく」


 今日もまた、着実に戦闘力が上がった。この札がどういう敵に使えるか、いろいろシミュレーションしておかないとな。

 さて、俺の指導はここまで。ここからは親父の指導の時間だ。


「頼む」


「今日も頑張ろうね」


 七五三の後、親父にオリジナル陰陽術の情報を開陳してからというもの、俺の指導の時間の後は親父の指導の時間となっている。

 触手や身体強化など教えたいことはいろいろあるが、俺のアドバンテージの基礎となっているのは、やはり霊力の精錬である。

 これができなければ触手もまともに使えないし、陰陽術の火力アップも実現しない。

 だからこそ、最初に精錬方法を教え始めたのだが……。


「なんでできないの?」


「逆に問おう。なぜできる」


 今なお手応えを感じられない親父が苦々しい顔で聞いてきた。

 霊力をモノに注ぐことはできる。印を結んで霊力を動かすこともできる。なのに、なぜか体内でぶん回すことはできないらしい。

 循環する霊力を丹田のあたりで収集し、振ったり回したり磨いたり、自由自在にできる場所があるでしょ?

 え、ないの?


「そういえば、最初はすごく狭かったかも。使っているうちに少しずつ開拓されていくような、そんな感じだった気がする」


「開拓……難しい言葉を知っているな」


 しばし虚空を見つめた親父は、再び霊力精錬の訓練に戻る。

 何をしているのか聞いたところ、瞑想のポーズで体内の霊力を動かそうとしているそうな。側から見る分にはうたた寝しているようにしか見えない。


「溜めて、左右に揺らして」


「……」


 俺の場合は有り余る時間にあかせて、霊力を動かそうとしたらできた。

 しばらく練習すれば親父もできるようになるだろうと、指導を始めて早3年。

 なぜか親父は初めの一歩でつまづいている。


「できない?」


「…………」


 眉がピクリと動く。

 しつこかったか。


 俺には、人にものを教える才能はなさそうだ。

 霊力精錬も触手も身体強化も、ほぼほぼ感覚で行なっている。

 どれも偶然や危機的状況から発展した技術だし、教えられなくて当然かもしれない。

 自分にはできるからと、親父にもできるだろうと思い込んでしまうところもアウト。

 学校の先生はやはりプロだ。根気よく教えるのは、素人には難しい。今回のことでよく実感した。


 親父はここ最近瞑想スタイルでの訓練を頑張っているため、俺は暇になってしまう。

 指導が終わった後も筆や墨を片付けなかったのは、俺は俺でさっき習った陰陽術の復習をするためだ。

 夕飯までの残り時間で親父も何か掴めたらいいんだけど。


 …

 ……

 ………


 今日もダメだったか。

 親父が目を開き、小さくため息を吐いた。

 俺も筆を置き、指導係として親父に問いかける。


「印を結んだら動くんだよね」


「勝手に流れが変わるのであって、任意に動かすのとは大きく異なる」


 確かに、印を結んだ時と自分で霊力を操作する時の感覚は違う。

 オートマ車とマニュアル車くらい違う。

 逆説的に、オートマ車に乗れるなら多少工夫すればマニュアル車の感覚だって分かるはず。

 はず……なんだけどなぁ。


「他に訓練方法を思いついたら、私に教えてほしい」


 親父も、この訓練方法で習得できる気がしなくなったようだ。

 最初の頃は親父の体に霊力を注いでみようとしたり、逆に抜いてみようと試みたり、触手で頬を叩いてみたり、色々試したが、全部失敗した。

 結局最後はスタンダードな瞑想に戻ってきてしまった。

 そして、再度未知の世界へ飛び込もうとしている。


 俺がもう少し教えるのが上手ければ、こんな堂々巡りする必要ないんだけど。

 

「恐らく、幼少期にこそ習得しやすい技能なのだろう。老いるばかりの大人には感じ取れない、繊細さが鍵となる可能性もある」


 3歳までに英語の教育をすると、ネイティヴに近い感覚で習得できるという教育法がある。

 親父が言っているのは、それの陰陽師版だ。

 俺が落ち込んでいるのを察して慰めようとしたのだろうか。いや、親父のことだから純粋な考察だろう。

 実は俺もそれを疑っている。

 子供の頃だからこそ、習得できる技術である可能性――親父が苦戦する様を見たことで、より核心に近づいた。


 でもなぁ、その理論でいくと親父はとっくの昔に手遅れということになってしまう。

 そもそも俺が霊力を感知できたのは前世で一般人の肉体を経験していたからだし、赤子に教えたところで霊力を感知できるかはまた別な気も……あっ。


「霊力がない状態を試してみない?」


「霊力がない?」


「お母さんと優也みたいに、霊力がない状態を体験すれば、霊力を操作しやすくなるかも」


「ふむ……」


 しばし思案した後、親父は頷いた。


「やってみよう」



 ~~~



 翌週の週末、俺は仕事の手伝いをせず、親父が自分で全ての準備を行った。

 さらに次週の分まで事前に準備した結果、親父の霊力は底をつき……。


「ぐ……ぬぅ……」


 眼がギラギラしている。


「成人の儀の準備よりも堪える」


「これ、そんなに辛い訓練なの?」


 そういえば、あの頃の親父は毎日こんな顔してたっけ。

 山に巨大な陣を形成するには時間がかかる。その間に拡散してしまう霊力を補う為、毎日毎日陣へ霊力を注ぎ込んだという。

 その時ですら、霊力を空っぽにすることはなかったようだ。

 家に帰ってくるために最低限の霊力を残していたということか。


「これ以上霊力を失えば、体調を崩しそうだ。そうか、麗華も優也も、こんなに辛い状態で日々耐えていたのか」


 いや、無ければ無いなりに健康に過ごしてるよ。

 むしろ親父はどれだけ霊力に依存してるんだよ。


「そんなにきついなら止めよう。霊力操作する余裕なさそうだし」


「いや、この状態だからこそ見えてくるものがあるはずだ。もう少し続ける」


 親父、変にストイックなところあるからな。

 身体自体は動くようだし、これで本当に切っ掛けがつかめたなら儲けもの。

 大人として自己管理くらいしっかりやれるだろうと、俺は親父の自由にやらせた。

 そうして1ヶ月後――。


 ――親父が倒れた。

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