第97話 武家見学 了
夏休みの余韻も薄れてきた9月の中頃、俺は源家主催のお茶会に参加していた。
前回欠席してしまったし、今回はしっかり参加させていただく。
「御剣家の見学はいかがでしたか?」
「すごく勉強になりました。残念ながら、夏休みの自由研究には使えませんでしたが」
久しぶりに我が屋へ帰還してすぐに2学期が始まった。
夏休みの宿題もしっかり提出し、新たな気持ちで新学期に臨むことができた。小学一年生の課題程度、当然7月の間に終わらせている。
前世の俺とは違い、加奈ちゃんも源さんも真面目だから、最終日に慌てて課題をするようなことはなかったようだ。
「お目当ての力試しはできましたか?」
「はい、思ったよりも早くその機会に恵まれました。武士の一刀は凄いですね。結界に罅が入りましたよ」
「罅……壊れなかったのですか?」
「えぇ。手加減してくれたのでしょう」
「手加減……ですか」
実際は奥義すら防いだんだけどね。
ふっふっふ、思わず自慢したくなってしまう。
普通の小学一年生なら妖怪退治と合わせて誰彼構わず吹聴することだろう。大人の精神をもってしても承認欲求が疼いてしまうほどだ。
とはいえ、親父にも止められていることだし、技術漏洩防止のためにもそんなことをするつもりは毛頭ない。
「滞在中に2回も妖怪が発生して、驚きましたよ」
「私はまだ実物を見たことがありません。どんな姿でしたか」
「私が見たのは熊の姿を形取っていました。最近熊に襲われた登山客が増えていたので、その影響らしいですよ」
「なるほど」
「その前に出てきた妖怪は私も見ていないのですが、夕食中にいきなり警報が鳴って驚きました。しかも、推定脅威度5弱と書いてあったものですから、心配しましたよ」
「それは、熊型の妖怪とは別ですか? どれほどの強さでしたか?」
やはり源さんはこの話題に食いついてきた。
加奈ちゃんは俺が何をしてきたのか全然理解していない様子だったのに、源さんとは会話が成り立つから末恐ろしい。
彼女は情報収集の大切さをよく理解しているのだ。
「別です。私たち子供はお留守番で、帰ってきた父から話を聞いたところ、実際の脅威度は4だったそうです」
予想よりも随分帰ってくるのが早いと思ったら、そんな理由だった。
『予知は外れやすい。リスクヘッジの観点から、脅威度は高めに見積もっている。今回も4の中では強い方だが、5ではなかった』
とは親父の談。
もしも本当に脅威度5弱が出たのなら、御剣家の部隊でも倒すのに一晩はかかるらしい。それも、戦闘時間だけで。準備と移動時間も含めたらもっとだ。
妖怪が倒されるか、あるいは国家陰陽師部隊が封印するまで暴れつくし、周辺被害も甚大となる。脅威度5とはそれだけ強い敵なのだ。
当然、夜が明ける前に帰ってくることはできなかっただろう。
話せる範囲で源さんが興味を持ちそうな話題を提供していると、予想外なことを言われた。
「やはり、峡部さんでも内気を感じるのは難しいですか」
なんだその言い方は、それじゃまるで……。
「源さんも内気の訓練を受けたことがあるんですか?」
「安倍家のお二人とご一緒に、御剣様のご指導を受けました。神楽さんもご一緒だったので、私たちは訓練仲間としてお二人の意欲向上の役割を期待されていたのでしょう」
なるほど、競争相手として源さんたちも呼ばれ、ついでに教育を受けたと。権力者の近くにいるとお得だな。
俺が思っていたより気の知識はオープンなようだ。毎年子供を教育しているとは知っていたけど、なんだかありがたみが薄れてしまう。
まさかとは思うが、一応確認しておこう。
「どなたか内気を感知できたり?」
「いえ、教わったのは去年の夏なので、まだ誰も。時折集まって瞑想しています」
だよね、そうだよね。
自分のみみっちさに悲しくなるが、ちょっと安心した。
もしも既に習得されてたりしたら、さらにありがたみが薄れるところだった。
「ですが、晴空様は『何か掴めそうだ』とおっしゃっていました」
おのれ主人公!
内気の才能まであるのかよ。
いつの間にか霊力まで爆上がりしてないだろうな。
青く見える隣の芝生について伺いつつ、自身の夏休みの成果を振り返ってみる。
まさか、第陸精錬霊素まで使うことになるとは思わなかったけど、その分得るものは多かった。
・他家の陰陽師とのコネクション
・初めて見た他家の陰陽術
・業界の知識
・武士の卵との交流
・内気の訓練方法
・御剣家の奥義
・祝福の道具入手手段
片手の指では収まらないほどの大収穫だ。
そしてなにより、御剣様という強力な味方ができたことこそ、この夏最大の収穫である。
理由はよく分からないけど、俺のことをかなり気にかけてくれたし、将来陰陽師界で名を馳せる時に心強い後援者となってくれるに違いない。
有名になればやっかみも出てくるが、源家と御剣家に繋がりを持つ人間相手にちょっかい掛けるような愚か者はそうそういないだろう。
その為にも、源さんとは友好的な関係を築いていきたいものだ。
「源さんは何か思い出に残る出来事はありましたか?」
「そうですね……初めてピアノのコンクールに参加したことでしょうか」
へぇ、陰陽師関係以外の話題が出てくるとは意外だな。
やっぱりお嬢様はピアノが教養として必須なのかな。
「どうでしたか?」
緊張したりとしたのかな。いや、大人顔負けの冷静さを持つ源さんなら緊張しないか。でも人前に立つ緊張感はなかなか慣れないものだし――
「低学年の部で優勝しました」
え、初参加で優勝? 年上相手に?
緊張とか通り越して結果出してるんですけど。
表社会で公表できる実績を積んだという意味では、俺より有益な夏休みになってないか?
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
予想外過ぎて事務的なやり取りになってしまった。
せっかくの吉事だし、本当はもっと賞賛したかったんだけど……。
俺が言葉を探す前に源さんが加奈ちゃんへ会話をパスしてしまう。
「殿部さんは夏休みをどう過ごされましたか」
「えっとね、海行ったり、デズニー行ったり、要の面倒見てあげたり、
指折り数える加奈ちゃんのなんと純粋なこと。
俺なんて自分の利益になることばかり数えてたよ。普通の小学生はコネとか考えないよね、うん。
夏休みの間俺はずっと不在だったわけだが、加奈ちゃんは加奈ちゃんで楽しんでいた。
そもそも、夏休み前から俺と加奈ちゃんの遊ぶ機会は減っている。小学校入学以来、彼女は新しい幼馴染に夢中なのだ。
同じ女の子同士、さらには同じ陰陽師の家系ということもあり、お互い家に呼びあって遊んでいるそうな。
「
「両親に相談してみます。ですが、あまり期待しないでください」
多分、いや、確実に無理だろうな。
わざわざここで口にすることではないけど。
「また、ばーべきゅーする?」
「母のスケジュールと周囲の要望が合えば」
ん? バーベキュー?
俺の疑問に答えるように、源さんが教えてくれた。
「夏休みですから。私たち子どものレクリエーションを兼ねて、先月の懇親会ではバーベキューパーティーが開かれました」
「そうなんですね。参加できなくて残念でした」
そういえば、お茶会に行くかどうかお母様に聞かれたっけ。
いつもと同じく雑談する場だと思ったから、内気の訓練を優先したが……そんな楽しそうなことしてたのか。
「楽しかったですか?」
「えぇ、安倍家の方もいらっしゃって、興味深いお話を伺うことができました」
源家の開催するバーベキューパーティー、さぞや美味しい食材が揃って……。
「ん? いま何て言いました?」
「安倍家の3人もお見えになりました。奥様と晴空様と明里さんです」
あ、あれ、いま明里ちゃんが来たとか聞こえたような。
そんなバカな、安倍家の2人は忙しくて滅多に外に出ないと聞いたのに。
さっき聞いた話でも、内気の訓練まで受けていたくらいだし。
「でも、今まで一度も」
「監禁されているわけではありませんから、大きな集会には参加することもありますよ」
源家は関東陰陽師会のNo.2。
そんなお家が開くパーティーなら、安倍家の人間が来てもおかしくない。
なんなら周囲へ良好な関係を示すために当主だって来るだろう。
明里ちゃんとは入園前の懇親会以来、ずっと会えていない。
峡部家は関東陰陽師会ではなく御剣家メインで活動しているから、そっちのコネが弱いのだ。
そもそも子供が招待されるイベント自体ないし、唯一参加している源家のお茶会だって派閥内の小さな集会だ。
個人的に会うなんてことは当然できない。
こんな状況ではどうやったって安倍家と接触することはできなかった。
頑張ってアプローチしてみたのに、現実は非情である。
高嶺の花である明里ちゃんと将来付き合うとしたら、幼いうちに思い出を作り、社会的地位という障害を越えるだけの情を抱かせるしかない。
その絶好のチャンスとなりえたバーベキューパーティー……参加したかった……!
「大きな集会って、次回開催はいつ頃でしょうか」
「母の気分次第です。父はこの手の仕事を母に一任しています」
そうか……源ママ次第か……。
それはどうしようもないや。
~~~
親父の仕事部屋で式神に報酬を渡していたある日の午後、抜き打ちテストが始まった。
「そろそろ2ヶ月か。出来を確認しよう」
そんな親父の一言により、夏休み前に教わった儀式を披露することとなった。
御剣家に滞在してから今日まで、儀式の練習はほとんどできていない。訓練漬けな日々に加え、他にも覚えるべきことがあったからだ。
ゆえに、あまり自信はない。
とりあえず今の実力を見てもらおうと頑張ってみたところ――
「キレが良くなった。訓練の成果がでたな」
「本当に? ……本当だ」
スマホで録画した自分の動きは、御剣家を訪れる前よりキレが増していた。
足運びや御幣を振るリズムから迷いが見えなくなっている。
そうか、こんなところでも成果があったのか。
「プラスかマイナスかで言ったら間違いなくプラス。なんだけど……はぁ」
俺は意味がないと知りながら、小学一年生の夏休みで得たものと、掴み損ねたチャンスを天秤に掛けるのだった。
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