第95話 武家見学10


 御剣家に滞在する最後の日。

 今日はちょうど満月の夜だった。

 浴びるとほんの僅かに霊力が上がる満月の光は、陰陽師にとって貴重な強化手段。

 そんな月光を余すことなくたっぷり浴びるため、満月の夜は外で夕食を食べるそうな。


 会場は記憶に新しい御剣護山の中腹にある広場。

 俺が予想した通りの用途で使われていたようだ。

 山頂を挟んで反対に位置するこの場所は、俺達が妖怪と戦った場所と同じ造りなので、なんとも落ち着かない。どこかからクラゲ妖怪の触手が伸びてくるんじゃないか、そんな気がしてしまう。


 大人達を中心に、慣れた様子で宴会の準備は進んでいく。

 地面へ描かれた巨大な月光浴の陣の上に同サイズのビニールシートが敷かれ、重箱に詰められた料理と座布団が並べられた。


「「「いただきます」」」


 あっという間に準備が整い、お月見ディナーが始まった。

 ただし、花より団子ならぬ月より団子。

 つい先日、この辺りで妖怪が2体も発生したというのに、大人達は全力でお酒と食事を楽しんでいる。この土地は妖怪がよく出るとは聞いていたが、日常茶飯事なのだろうか。

 まぁ、その雰囲気につられて子供達も元気を取り戻したことだし、良いことだ。


 肝試しで俺より先に出発した子供達は、運の良いことにクラゲ妖怪発生前に肝試しを終え、熊妖怪襲撃の前に大人達に保護されていた。

 縁侍君と純恋ちゃんも治療を受け、翌日には母家へ戻ってきている。

 全員無事でなにより。

 唯一妖怪が残した爪痕として、陰気に触れてしまった子供達は普段より少しだけ大人しい一日を過ごした。

 それでもさすがは武士の卵、今では元気にご飯をほおばっている。もう心配する必要はなさそうだ。


 俺は紙コップ片手に席を移動しながら、親父に付き添われてこの夏お世話になった人たちへ挨拶回りをした。


「次の土日も来るか?」


「聖君だって休みの日は遊びたいだろ」


「次来るまでに、また面白い話集めておくから、楽しみにしててな」


 滞在最終日とはいえ、またいつでも来ていいと御剣様に許可をもらっているので、大人達は普段と変わらず話しかけてくる。

 次の長期休暇――冬休みにでもお邪魔しようかな。


 一方、低学年組はクラスメイトが引っ越すくらいのしんみりとした雰囲気になっていた。

 特に男子が。


「ひじり、なんで帰っちゃうの」


「ひじりもこっち住もうよ」


 大人にとっては半年程度あっという間に過ぎ去るが、子供達にとっては長すぎるのかもしれない。

 それに対して、高学年組はさっぱりしたものだ。


「お前ら無茶言うな。聖が困ってる。今度来たら、また遊ぼう」


「家でも訓練しなさいよ。続けることが大事って先生も言ってるから」


「大変だけど……頑張ってね」


 いい笑顔と共にそんな言葉を送ってくれた。

 さて、挨拶回りも順調に進み、残るは御剣家の皆様だけ。

 まずは一番お世話になった縁侍君のところへ向かおうと歩き出したところで、御剣様から声が掛かった。


「見学の最後には必ず、面談の時間を作っておる。強、息子を借りるぞ」


 隣にいた親父の方を窺うと「行きなさい」と背中を押された。

 宴会の輪から抜け出し、黙々と歩く御剣様の背中を追う。

 あれ、広場の外まで行くのか。

 どこまで行くんだろう、そう思っているうちに山を下りきってしまった。

 そして、そのまま母屋のある隣山を登り始め、ついに見慣れた建物が見えてくる。


「母屋ではない。こっちだ」


 てっきり、母屋にある御剣様の仕事部屋で話すのかと思っていたが、違ったようだ。


「道場で何をするんですか?」


「なに、ちょっとした力試しだ」


 道場の中は行燈あんどんに照らされ、どこか神妙な雰囲気に満ちている。

 先ほどまでいた広場の喧騒と打って変わって、虫たちの合唱が微かに聞こえるだけ。


 力試しか……結局この夏で内気習得はできなかったんだけど、何をどう試すのやら。

 内心首を傾げていると、道場の中心で足を止めた御剣様がこちらへ振り返り、問いを投げかけてきた。


「お主、ここへ来てから今日まで、一度も本気を出していないな?」


 ……?

 わりと全力出してましたが?


「頑張って走りましたよ」


「そちらではない。陰陽術の方だ。お主、最初から最後まで出し惜しみしておったな。結界に罅が入っても悔しそうな顔一つせず、儂の不意打ちで破壊されても常に余裕を隠していた。決め手は妖怪との戦いで見せた火力の高さ。まともな戦闘はあれが初めてと聞いたが、それでなお余裕の色をちらつかせるとは、いったい何を隠している」


 おいおい、武士って人間観察も得意なのか?

 こういう技能は歳を取っても身につくとは限らない。少なくとも俺は習得できなかった。天は二物を与えるのか。


「何故手を抜いた。強に命令されたのか」


「それもあります。でも、僕がそうした方が良いと考えたから、そうしたんです」


 峡部家の秘術になるかもしれない陰陽術の数々、多数の目がある場で披露するのは不用心すぎる。

 見たところで盗める技術ではないが、念のため。


「口調こそ子供だが、お主と話していると、どうも級友と話しているような気になるわ。家の秘密を隠そうとでもしておるのか?」


 この人もうヤダ。

 俺の心の声を盗み聞きしてきやがる。

 ずっと話してたら転生者だってバレるんじゃないか?


「お主の本気を見てみたい」


 最初から御剣様の要求はそれだけのようだ。

 本気……本気ねぇ……。


「お父さんに相談しないと」


「強には話を通してある。お主の判断に任せると言っておった。『自分では説明できない、その力は息子のものである』と」


 親父公認かよ。あぁ、背中を押したのはそういうことか。

 俺が発見した技術ではあるけど……家の進退に関わるかもしれない重要事項を子供に任せるな!


「ここで見たことは全て儂1人の胸にしまっておく。天照大御神と武士の誇りに誓おう。これでどうだ、見せてみろ」


 御剣様の顔を見るに、その言葉に嘘はないだろう。

 その為にわざわざ人気ひとけのない道場まで場所を移してくれたのだろうし。

 先日の妖怪戦をはじめ、なんならこれからもお世話になるであろう御剣家相手に、いつまでも力を隠し通せるとは俺も思っていない。

 本気をご所望ということは、峡部家の秘術となる予定の精錬霊素を使うということ。その存在がむやみやたらに拡散することは避けたかった。


 懸念がなくなったのは良いが、だからといって作成コストのかかる精錬霊素を使うことに変わりはない。


「何かご褒美ください」


「まったく、可愛げのない。勉強熱心なお主へ利を示すなら……御剣家の奥義をひとつ見せてやろう」


 ほぅ、それはぜひとも見てみたい。

 約1ヵ月間訓練しても内気を微塵も感じ取れなかったが、武家の切り札がどんなものか、見るだけでも勉強になる。

 ただ、せっかく子供相手と侮らず交渉しようとしてくれているのだ。

 とりあえず報酬は吹っ掛けて、そこからちょうど良い塩梅を探ってみたい。

 こういうやり取りにワクワクするのも、理由の1つだが。


「どうだ、共に戦う仲間たちですら滅多に見られない奥義なら、お主のやる気も出るだろう」


「もう1個。いつか必要になった時、神の祝福を受けた道具を融通していただけませんか?」


「我が家でも簡単に手に入るわけではないが……良いだろう」


 お、おぅ、まさか本当にこの条件を飲んでもらえるとは。

 ここまで高い報酬を用意されると逆に狙いが気になってくる。


「なぜ、そんなに僕の本気を見たいのですか?」


「確かめたいのだ」


 何を?

 俺はそのまま問うた。


「西の陰陽師の信じる道が真実か否か」


 また含みのある言い方をする。

 西っていうと西日本、関西陰陽師会のことか? それとも西洋?

 信じる道って、具体的には何を示すのやら。


「どういう意味ですか?」


「まだお主には話せん。口外するなと言われとる」


 そう指示したのは西の陰陽師とやらか、はたまた御剣家よりも上の権力を持つ者か。

 なんだか聞いてはいけない裏の世界を覗いているみたいでワクワクする。気になるなぁ。

 でも、好奇心猫をも殺すというし、下手に首突っ込むべきではないか。


「さて、お喋りはここまでだ。あまり遅くなっては強も心配する。 ――お主の本気を見せてみろ」


 契約はここに結ばれた。

 形式は結界と刀による矛盾対決。

 初日と同様、カウントダウンは唐突に始まる。


「10……9……8……」


 俺は懐から結界の札を取り出す。

 御剣家の奥義に加え、祝福の道具購入権という破格の報酬を用意してくれたのだ。

 ならばこれは命令ではなく、取引である。

 俺も相手の要望に応えねばなるまい。


「7……6……5……」


 札に込めるは第陸精錬――宝玉霊素。

 この精錬方法を見つけてから早6年、工夫に工夫を重ね、精錬スピードは当時の数倍となり、今ではそこそこストックを増やしている。

 札に注げるだけ注いでも、まだまだ残っているくらいだ。


「むっ……3………………」


 残り2秒、道場を静寂が支配する。

 俺は丁寧に札を設置し、結界に包まれ、準備完了。後はカウントダウンの終わりを待つだけだ。

 今更ながら、御剣家の奥義とはこんな建物の中で使っていい代物なのだろうか。


 真剣を大上段に構えた御剣様が、瞑目したまま動きを止めた。

 まるで彫刻のように微動だにしないその姿に、俺は何故か恐怖を覚えた。


 今、カウントダウンが――終わる。




 ――――!




 次の瞬間、ほのかに光を纏った刀が俺の目の前で止まっていた。

 音はなかった。

 動きもなかった。

 予兆すらなかった。

 ただ、いつのまにか刀が振り下ろされ、俺の結界と衝突していた。


 結果を目の当たりにした今になって、頭の中に耳鳴りが響きだす。

 行燈あんどんの明かりが遅れてチラついた。

 しばし身動きすら憚られるような空気となり、俺は目だけを動かして結界を確認する。


(おっ、おぉ! 傷1つ付いてない。勝った!)


 普段の練習と違い、衝突音も何もなかったせいでいまいち実感が湧かない。

 さっきのあれが、御剣家の奥義なのだろうか。


「御剣家奥義――“御剣みつるぎ”――家の名を冠する、正真正銘の奥義。それがまさか、童の簡易結界如きに止められるとは思いもよらなんだ」


 残心を解いた御剣様の声音には悔しさが滲むも、なぜか楽しそうでもあった。

 

「そうかそうか、朝日と縁侍はとんでもない時代に生まれたものだ。くっくっく、あーはっはっはっはっは!」


 なんか1人で納得して1人で笑ってる。

 ちょっと床を調べてもいいですかね。御剣がどんな技だったのか調査したいので。


「報酬は先の通り、祝福の品が必要となれば強を通じて連絡を寄こせ。さて、宴会に戻るとしよう。行くぞ」


「あっ、はい」


 さすがに奥義の秘密を探らせてはくれないか。

 俺は床の札を拾い、御剣様の後を追って親父達の下へ戻るのだった。


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