第93話 リアルタイムバトル
俺は意を決して広場に足を踏み出した。
妖怪の意識がこちらに向くのを感じる。
不意打ち訓練用に用意しておいた簡易結界の札は、予備を含めて2回分だけ。
この場で一番無防備な人間は俺ということになる。さすが妖怪、いやらしい戦い方をしやがる。
自分の身は自分で守るしかない。
まぁ、幸い奴の移動速度はかなり遅いし、大丈夫だ。
逃げる
この行動方針に変更はない。
2人を守りながら戦うなんて危険すぎる。
何より自信がない。
妖怪の攻撃を防ぎつつ2人を確保した後、この場は逃げて、大人達による確実な勝利を期待するべきだ。
俺は懐から札を取り出し――
「うわっ!」
俺が思考している間も、敵は待ってくれない。
傘がボフンと膨らみ、一際大きく拍動すると、縁侍君の腕を襲ったときと同じ濃さの瘴気が辺りに撒き散らされる。
撒き散らされた瘴気は瞬時にクラゲ妖怪の触手に集まり、6本の毒手となった。
その矛先は当然俺である。
のんびりした本体の動きに反して、触手の動きは素早い。
思わず声が出てしまった俺は、この時点で回避不可能であると判断していた。
「ひっ、聖、よけろ!」
俺は電気ネズミじゃねぇよ。
縁侍君の精一杯の援護は無駄に終わった。
どこぞのアニメで見たような横っ飛び回避をしようと身構えていたのだが、いざとなると体は動いてくれない。
前世含めて戦闘経験どころか喧嘩したこともない小学一年生が、華麗に攻撃を避けるなんて最初から無理な話だったのだ。
にゅるり
しかし、生存本能とはかくも偉大なり。
咄嗟に動いてくれない体の代わりに、触手が動いてくれた。
目には目を、歯には歯を、触手には触手を。
蜘蛛男よろしく、右手から伸ばした触手は近くの木に巻きつき、急速に俺の体を引き寄せる。
「――ひぃ」
2本の毒手は地面に突き刺さったが、残り4本は軌道を変えて追いかけてくる。
触手によって樹上へ引き上げられている俺の股下を、毒手が次々と通り抜けていく。
あれが我が息子に当たったら峡部家断絶にリーチがかかってしまう。
なんとも心臓に悪い光景だった。
ターン制バトルではないが、敵の攻撃を避けきったことで余裕が生まれた。
次はこっちのターン。
俺は回避中に取り落とした捻転殺之札を惜しみつつ、次の札を取り出す。
触手で木にぶら下がったままの俺は、札に第陸精錬霊素を込めようとして固まった。
(まだこっちのターン終わってないのに!)
ちょっと目を離した隙に、毒手第二弾がこちらへ向かって放たれようとしている。
焦った俺は充填に時間のかかる第陸精錬霊素を諦め、慣れ親しんだ霊素を札にしこたまぶち込んだ。
慌てて飛ばした札は過去最高スピードで妖怪にぶつかり、闇夜に紅蓮の華を咲かせる。
うわっ、取り出す札間違えた。
攻撃用で纏めておいたのは失敗だったか。
妖怪の属性はおそらく“水”。焔之札では相性が悪い。
予備の捻転殺之札を取り出したつもりが、暗くて見間違えてしまったようだ。
とはいえ、この攻撃は牽制目的である。
本命は縁侍君の回収、その後純恋ちゃんと合流しての撤退が真の狙い。
妖怪が多少隙を見せてくれればそれで……。
うん?
ドロドロドロ
そんなオノマトペが見えそうなくらい、妖怪の体が溶け落ちている。
俺が木から飛び降りて隙を晒したというのに、一向に攻撃してこない。
え、もしかして、結構効いてる?
俺は妖怪を注視しつつ、縁侍君の下へ駆け寄った。
「縁侍君、逃げるよ」
「えっ、あっ……」
結界の札を素早く回収し、妖怪を迂回するように走る。
いざ敵の攻撃が来れば簡易結界の札を再利用して一時的に凌ぐつもりだ。
……つもりだったのだが、一向に妖怪が動き出さない。
さっきから傘を膨らませようとして失敗するような挙動を見せている。
じわじわ体が再生していくあたり、戦闘継続するだけの力は残っているようだ。
念には念を入れて警戒を怠らず、大回りして純恋ちゃんの下に辿り着いた。
「純恋ちゃん、こっちに来て」
「た、立てないよぉ」
「縁侍君、背負ってあげて。攻撃が来たら俺が防ぐから」
「あ、あぁ、うん」
そんなやりとりをしている間に、妖怪は元の体を取り戻していた。
もっとも、纏っている黒い霧はだいぶ薄れているようだが。
もしかして、あと一撃で倒せる?
俺の攻撃、かなり効いてるよな。
ここにきて欲が出てしまった。
俺は結界の札を左手にまとめ、懐から1枚札を取り出す。
選んだのは、一度効いた実績のある焔之札の予備だ。
霊素で十分効いていた。なら、これでとどめを刺せるのでは?
札に込めるは第
その名の通り第参精錬霊素に圧力をかけて融合させた霊素。
第参精錬霊素よりも重くなる分、肆以降は体内操作に時間がかかるが、その分だけ威力は跳ね上がる。
後ろを確認すれば、縁侍君は妹を背負って階段を登っており、既に妖怪の魔の手から逃れている。
俺も触手が届かない距離を確保した。簡易結界を盾にいつでも逃げ出せる。
しかも相手は弱っており、俺の攻撃は通用するようだ。
今この時、俺にとって都合の良い条件が揃っていた。
――力試しさせてもらおうか。
簡易結界への打ち込み然り、不意打ち然り、御剣家に来てからというもの、ずっと力を試されてばかりだった。
今度は俺が試す番だ。
コンマ数秒を争う戦闘において、融合霊素の充填時間は長すぎる。
その間、敵も同様に攻撃の準備を始めていた。
傘を何度も膨らませ、濃密な瘴気を大量に吐き出している。
死に際の大技か。
濃密な瘴気は触手によって一点に凝集し、今まさに撃ち出され――ようとしたところで、俺の札が妖怪の傘に貼りついた。
ターン制バトルじゃないんだ、撃たせるわけないだろ。
――――!!
爆発するように札から炎が溢れ出し、一瞬で妖怪を包みこむ。
やはり、効果はてきめんだった。
妖怪は弾かれたピンボールのような挙動で炎から逃れようとしている。先ほどまでののんびりとした動きが嘘のようだ。
瘴気の塊も霧散し、体の大半が溶け落ちた頃、妖怪はついに動きを止めた。
まだ油断しないぞ!
最後に自爆する可能性だって考えられる。
簡易結界の札を構えつつ、俺は後ろに下がる。
注視する先で、クラゲが海流に身を任せるように力なく宙を漂い、勢いを失った炎と共に闇へ溶けて消えていった。
「勝っ……た……?」
いやいや、まだ油断するな。
俺は脅威度3以上の妖怪が退治される瞬間を直接見たことがない。
本当に妖怪は退治されたのか?
もしかしたら姿を眩ましただけで、背後から不意打ちの機会を狙っているんじゃないか?
考えれば考えるほど今の状況は安心できない。
とにかく、まずは護衛対象と合流した方がよさそうだ。
「あれ、縁侍君なんでまだそこにいるの。早く大人たちの所に逃げないと」
「いや……だって……」
今更ながら、2人には戦うところを見られちゃったな。思わず触手も使ってしまった。
まぁ、問題ないか。
札は親父が職場で使ってるし、触手は霊感があっても見えないし。
重要人物に恩を売れたと思えば安い対価だ。
なにより、子供を見捨てるなんて大人のすることじゃない。
「帰ろう」
「「…………」」
2人とも怖い思いをして疲れたのか、道中無言のままだった。
縁侍君に至っては瘴気に呑まれた右腕が力なくぶら下がっており、片腕で妹を背負っている。
俺は俺で周辺警戒するのに手一杯だから、もう少し頑張ってもらおう。
というか、そろそろ大人達も俺らを保護しにきてくれてもいいんじゃないかと思うのだが。
アラームも鳴ったから、妖怪発生の情報自体は周知されているわけだし。
―――!!
「爆発?」
あと少しで母屋に着くと気を抜いたところで、目的地の方から爆発音が鳴り響いた。
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