第91話 御剣 縁侍 side:縁侍
「お主は将来、御剣家の長男として一人前の武士となり、この国の民の安寧を陰より護るのだ」
爺ちゃんはことある毎にこの台詞を口にする。
絵本を読んでもらった時も、家族で時代劇を見ている時も、誕生日でも。
うちの家業でもあるし、爺ちゃんは仕事人間だから仕方ないのかもな。
『ほれ、まだ50回だぞ』
『素振りもうやだ。つかれた。手がいたぁい』
『そんなことでは一人前の武士にはなれんな。幼少期は特に重要な時期だ。嫌でも続けろ』
物心つく前から木刀を振ってたし、物心つく前から内気の訓練を受けていた。
そもそも、うちの環境全てが武士を育てるために整っている。
俺は生まれた瞬間から、武士になることが決まっていたんだ。
別にそのことに不満はない。
武士はかっこいいし、学校で誰にも負けないくらい強くなれた。
ただ1つ不満があるとしたら、実力を見せられないことかな。
「徒競走のクラス代表は誰にしますか」
「やっぱマサオだろ」
「キヨシ君も速いよね」
「じゃあ、陸上部で一番速いマサオ君に決定ってことで」
運動会の出場競技を決めるクラスミーティングの時間。
運動ができる奴の中に、俺の名前は出てこない。
学校では実力の1/10も出してないんだから当然だけど。
もちろん、運動会当日もその他大勢と同じ実力しか見せられない。
「マサオ君すっごーい!」
「一着じゃん、すげー」
はっ、笑わせる。あれで学年1位かよ。
うちのちびっこ達の方が速いんじゃないか――ってのは言い過ぎにしても、俺なら絶対にぶっちぎりで勝てる。
はぁ、武士の家系じゃなければ全力を出せるのに、武士の家系じゃなければ気を修めることはできなかった。
運動部に入ることも禁じられて、放課後は家で訓練の日々。
クラスメイトにはただの帰宅部だと思われてるし。
……本当なら俺の方が足速いのに。
~~~
土日はちびっこと弟分が集まっての訓練。
ここでは実力を隠す必要がない。
でも、平日毎日頑張っているのに、土日まで頑張る必要あるのか?
基礎訓練なんてもう余裕だし、ちびっこ達が怪我しないように見守る程度でいいだろ。
「「兄ちゃん、今日は何のゲームするの?」」
「縁侍さん、今度出るモンス〇ーハン〇ーの新作、買いますか?」
「縁侍兄さん、外気を取り込むのってこんな感じ?」
「縁侍さ~ん、私も見てください。全然外気をつかめなくってー」
訓練よりも、みんなとワイワイ遊ぶ時間が一番楽しい。
俺が最年長になってから、訓練の後に皆でゲームをするようになった。
1人プレイもいいけど、テレビゲームはマルチプレイの方が盛り上がる。
「「お兄ちゃん」」「にーちゃん」「兄ちゃん」「縁侍君」「縁侍兄さん」「縁侍さん」
でも、こいつらとなら悪くない。
都会で1人暮らしを始めた先輩達が戻れば、全員勢ぞろいだ。
そんな俺の世界に、新しいちびっこが1人加わった。
「峡部 強の息子、峡部 聖です。今日から訓練に参加させていただきます。よろしくお願いします!」
夏休みになると毎年1人2人やってくる。
そして、訓練についてこれなくてすぐに帰ってしまう。
こいつもそうなるだろうなと思っていたのに、今年は違った。
「足痛くない?」
「大丈夫です」
内気の訓練を数年続けているちびっこ達についてこられるなんて、ちょっと運動ができる程度じゃ無理なはず。
その後の訓練もこいつはしっかりついてきた。
精神統一でも居眠りすることなく静かに座っていられるし、岩の上もひょいひょい飛ぶ。
的当てだけは苦手みたいだけど、去年の
明らかにこれまでの奴らとは違う。
「手加減したとはいえ、これを止めるか。流石の儂も驚いたわ。次はもう少し本気を出すとしよう」
嘘だろ、おい。爺ちゃんの刀を止めやがった。
こんなちびっこが俺よりも早く反応するなんて……。
そいつは翌日も、そのまた翌日も訓練に参加してきた。
早起きを苦にも思わず、厳しい訓練に弱音を吐くこともなく、真剣に取り組む姿に違和感を覚える。
そもそも、ちびっこらしくない話し方をする変わった奴だ。
なんで俺達についてこられるのか聞いてみたら、先生に叱られて結局分からずじまい。
別にどうしても知りたかったわけじゃないけど、少しモヤモヤする。
~~~
2週間経っても聖は帰らなかった。
内気をまともに使えないちびっこには辛いはずの訓練を、文句ひとつ言わず続けていた。
「いてっ!」
「この不意打ちには反応できぬか。お主の対応力は大体把握した」
いつの間にか爺ちゃんが滝まで来ていた。
俺でも全く反応できなかったんだから、聖に反応できなくて当たり前だ。
むしろ札が地面に落ちているあたり、多少なりとも反応できたことが凄い。
「御剣様、いらっしゃってたんですね。早速稽古をつけていただきありがとうございます。それと、出来れば次からは寸止めでお願います」
「寸止めではお主の気が活発化せん。たんこぶができるくらいでちょうど良い」
「怪我をさせるのは既定路線なんですね」
聖は内気の感覚をさっぱり掴めないみたいだけど、陰陽師としての才能はすごいんじゃないか。
一生懸命訓練に参加しているし、内気について聞いてくるときは大人と話しているような気になる。まだ小学生なのに。
聖みたいなやつが天才って言われるのかもしれないな。
あぁでも、爺ちゃんたちが緊急出動した日は年相応だったっけ。
俺が夜の特訓をしている時に、不安そうな顔で起きてきた。武士の子供なら一度は必ず経験するやつだ。
眠れないからって、俺の特訓を観察しながらおじさん達を待って、帰ってきたら分かりやすく安心してたな。
俺も小さい頃、同じことをした覚えがある。
「ふむ、内気は感じ取れたか」
「いえ、全く」
夏休みの大半を一緒に過ごして、毎日のように遊んだけど、結局聖のことがよく分からない。
俺の後ろをひょこひょこついてくると思ったら、気づけば大人たちのところにいたりする。ちびっこ達と一緒になって走り回っていると思ったら、爺ちゃんと内気について真剣に話し合っていたりする。
何よりおかしいのは、爺ちゃんがこんなにしょっちゅう稽古をつけに来ることだ。
いつもは部隊の訓練を優先するのに、聖が来てからは何度もこっちを見に来る。
「まだまだ訓練が足りんな。限界に挑まんと気の極意に近づけんぞ」
「厳しすぎません?」
「はっはっは! 儂が若かった頃はこの10倍厳しかったぞ。それに、話に聞いた安倍家の修行と比べれば生温いものよ」
聖が来てから、なんだか爺ちゃんは楽しんでいるように見える。
家に戻る途中、俺は爺ちゃんに聞いてみた。
「爺ちゃん随分張り切ってるな。あいつそんなに見込みあるの?」
「武士としての才能なら皆無だ。ろくに内気を練ることもできず、咄嗟の判断も遅い。刀を振り回せば自分が傷つくであろう」
「じゃあ、なんで?」
「武士としての才能は皆無だが、陰陽師としては非凡な才がある。恐らく、あやつにはこれからいくつもの試練が待ち受けているであろう。そしてそれを超えた暁には、安倍をも超える逸材になるやもしれん」
「いつもの勘ってやつ?」
「あぁ、そうだ。あやつとの縁は大切にしろ。下手をすれば、御剣家ですら手綱を握れなくなるぞ」
「ふーん」
爺ちゃんがこんなに人を褒めるところなんて初めて見た。しかも子供相手だぞ。
聖が凄い奴なのはなんとなく分かってたけど、そんなにすごい奴なのか?
俺が学校で実力を出さないのと同じで、父親に隠すよう言われているのか?
なんだろう、なんか……。あぁ~~もやもやする……。
~~~
夏休みもそろそろ終わる……聖ともお別れだな。
合宿恒例の肝試しの時間。
俺はなんとなく真剣を持ち出した。もしかしたら妖怪と戦えるかもしれない。そうホイホイ出てきたりはしないけど、念の為、一応、な。
前回はへっぴり腰になったけど、今回こそは実力を発揮してみせる。
その為に特訓したんだ。
なんて期待していたけど、そう都合よく妖怪と出くわしたりしないか。
怖がる純恋を引っ張りつつ、ルートを着実に進んでいく。
肝試しってこんなにつまらなかったっけ。
「なんか、思ってたのと違うな。昔はもっと面白かったんだけど。来年はおばけ役を決めようか」
つっても、文化祭みたいな子供騙しじゃ意味ないし……。
「あっ」
「きゃーー!」
そんなに怖がるなって。
俺は妹の頭をポンポン叩きつつ、振り返って聖に話しかけた。
「聖なら、札飛ばしだっけ? いろいろできるよな。来年、おばけ役やってくれない?」
「できるけど……うん、いいよ。来年は皆を驚かせてあげる」
そうだな、来年。
来年の夏休みも、こうして皆で遊べるよな。
内気の才能がないって爺ちゃん言ってたし、聖がいつまでうちにくるのか分からないけど、来年も悪くない夏休みになりそうだ。
俺が今朝置いてきた到着のしるしを回収して、もう1つの道から山を下りていく。
そろそろ夏休みも終わりだなぁ。
宿題やらなきゃ……面倒くせ。
肝試しよりも休み明けの学校のことを考えていたその時、気持ち悪い空気が突然辺りを覆った。
この感覚、覚えがある!
俺は腰に下げた刀の鯉口を切った。
瘴気の発生源は俺達の視線の先、広場の中心に出現した。
こいつ、強い。
一目見ただけで分かる。
俺が初めて戦ったやつと同じくらいだから、脅威度4か。
あの時はびびって実力を発揮できなかった。でも、今なら本気を出せる。この時のために特訓してきたんだ。俺だって気を修めた武士の1人、爺ちゃんみたいに妖怪を倒してみせる!
「お前たちは逃げろ! こいつは俺が倒す!」
聖はしっかりしているから、純恋を連れて家に戻るくらい大丈夫だ。
最悪勝てなくてもこいつらが大人達を呼んでくれる。
いや、負けることなんて考える必要はない。
俺が本気を出せば、絶対に倒せる!
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