第38話 馴れ初め

 俺の見事な作戦によってお偉いさんの子供に名前を売ることができた。

 俺が彼らと仲良くなれば、クソ親父にも利があることだろう。


 我ながら本当にうまく目立つことができた。

 前世ではあんな風に人前に立つこともなかったから、結構緊張した。


 ……大丈夫だよな、あれでよかったんだよな。良かったと思うんだけど……本当に?

 ……なにか見落としたりしてない? 他人の怒りを買うとかミスしてない?

 ……出る杭は打たれる……嫌なことわざ思い出しちゃった。


 ………見事な作戦だったと信じることにしよう。


「俺の霊力が人より多いと知らなかったらできなかった作戦だな」


 今回の作戦において最も大切だったのは自分の実力を知ることである。

 陰陽術の指導の一環として、クソ親父の仕事風景を見学する機会があった。

 その時、クソ親父は墨へ霊力を込めたり、式神へ報酬の霊力を支払ったり、ちょくちょく霊力を消費していた。

 そして、日暮れには疲労困憊。夕食を食べてすぐに寝てしまった。


 クソ親父が全然家族サービスできない理由。それがこのとき初めて判明した。


「お父さん、霊力って僕があげてもいいの?」


「式神に渡す霊力はかなり多い。倒れそうになったらすぐに言うように」


 試しに俺が手伝いを申し出たら、意外なことに反対されなかった。

 自分の霊力が如何ほどか量れるぞと、俺は嬉々として霊力を使い———まったく減らなかった。


 え、クソ親父はこれくらいしか霊力持ってないの?

 こんなの10秒もあれば精錬に使いきっちゃうんだけど。

 これしかないのにどうやって妖怪と戦っているの?

 影の妖怪と戦った時に使った第陸精錬霊素1粒も作れない量だけど。


 これでもクソ親父は霊力的にかなり優秀で、他人の3倍近く霊力が高いらしい。

 つまり、一般的な陰陽師はもっと霊力が低いということになる。


 俺は衝撃を受けた。

 現役陰陽師の総霊力がたったこれっぽっちしかないことに。


 俺は歓喜した。

 生まれて以来増やし続けた霊力がとんでもないアドバンテージとなったことを知って。


 クソ親父も俺の霊力がかなり高いことに気付き、なにやら考え込んでいた。

 ぜひとも今後の陰陽師育成計画を早めていただきたい。俺も早く式神召喚してみたいんだ。


 こうして俺は自分の力量が少し理解できた。

 俺が札に込めていた霊力は過剰だったようで、速度も持続力も圧倒的出力をもって実現できたというわけだ。

 ただ、陰陽師のプロフェッショナルとなるには霊力以外も鍛えなければならない。

 霊力はあくまでも陰陽術の燃料でしかなく、儀式の準備や装備の補充、依頼者との打ち合わせ、同業者との連携などなど、覚えるべきことは多い。

 霊力というアドバンテージを活かしつつ、プロフェッショナルと認められるような仕事をして行こうと思う。

 そうすれば、自然と有名になれるのではないだろうか。


「よし、頑張ろう」


 今日も今日とて不思議生物を罠にかけていると、珍しくなにやら考え込むお母様が不意に俺へ話しかけてきた。


「聖、貴方はどんな女の子が好きですか?」


 お母様、4歳児に何を聞いているのですか。

 ここで俺の好みを暴露してもいいのだが、さすがにそれは年齢的におかしすぎる。

 あっ、でも待てよ。この場で言っても問題の無い答えが1つあった。


「はぁ……、私は子供に何を聞いているのでしょうか。ごめんなさい、今の質問は忘れてください」


「僕、お母さんみたいな人と結婚したい」


 これは本心である。

 艶やかで長い黒髪に女優顔負けの美貌。2児の母とは思えないほどの若々しさで、公園でも人気者。

 見た目は当然として、どんなに忙しい時でも俺達に優しく、家族への愛情にあふれ、家事も完璧にこなし、いつも笑顔を絶やさない。

 碌に帰って来ない夫への協力を惜しまず、外では旦那を立ててあげ、内では甘え上手。


 性格も外見もスペックも完璧なお母様、もしも実母じゃなかったらプロポーズしてたね。

 まぁ、前世の俺では相手にされなかっただろうけど。


 嘘偽りない俺の申告に、お母様は満面の笑みをうかべる。


「まぁまぁ! 聖は嬉しいことを言ってくれますね。お母さんも聖が大好きですよ」


 お母様の豊満な胸に抱かれるも、全く性欲は湧かない。実母なせいか家族としての愛情しか湧かないのだ。

 その分この胸に抱かれると安心感がものすごくて……。

 命の危機を救ってくれたこのお胸様には一生感謝するしかないな。


「そうですよね、自分で好きな相手を見つけた方がいいに決まっています。強さんにもそう言いましょう。許婚なんていなくても、お父さん似の聖ならいくらでも女の子を魅了するに違いありません」


 ちょっと待ってお母様。

 今の会話って許婚を決める会話だったのですか?!

 俺の異性のタイプの話では?


 許婚……なんか憧れる関係だ。

 まず、将来的に結婚できる保証があるってことがすごい。

 俺なんて一生かけても彼女すら出来なかったのに。


 ラブコメでも許婚関係というのは必ず出てくる。大抵負けヒロインだったが。

 学生のうちから互いに異性を意識する女性がいるとか、そんな甘酸っぱい青春を送ってみたい前世だった。


 ただ、結婚相手の容姿や性格が変更できないという点は大きなマイナスだ。

 許婚がいる状態でお母様みたいなドストライクの女性に出会ったら、周囲の反対という障害が生まれてしまう。


 そして最終的に、俺の容姿を鑑みるとどっちがいいのか微妙と言えよう。

 乳児から幼児へと進化した俺は、ようやく自分の顔立ちを正しく評価できるようになった。

 正直言ってクソ親父似だった。

 お母様成分が入っているおかげか、前世よりはかなり見れた顔だが、人間の美醜はバランスが全てらしく、クソ親父によってほんの僅か崩されただけでイケメンから外れてしまった。

 パーツは不愛想なクソ親父にそっくりで、一重の瞼とかお母様の二重とチェンジしたい。

 総合的に見て、中の上といったところか。外見に気を遣えばそこそこイケメンに変身できる余地を残していると思われる。多分に希望的観測が混ざっていることは否定しない。


 つまり、俺に好きな相手が出来ても相手を振り向かせられるか微妙なところなのだ。


 だったら許婚がいた方がいいかなぁ。

 でも、相手を俺が選べるわけじゃないだろうしなぁ。親の決めた相手を好きになれるのか?

 そもそもの話、陰陽師の世界に許婚の風習が残っているとは思わなかった。

 僅か4歳にして許婚を作るかどうかを悩む日が来るなんて……!


 好みの相手……あっ。


「明里ちゃん可愛かった」


「あかりちゃん? ……あぁ、安倍さんの娘さんの」


 知り合いの娘みたいな言い方してるけど、相手お偉いさんだからね。

 さすがに許婚になることは出来ないだろうけど、とりあえず嗜好を伝えておきたい。

 あわよくば今のうちに彼女と仲良くなって好感度を稼ぎ、高校生になったところで告白。

 俺の将来はフツメンだから、顔立ちの関係ない幼少期に青田買いしなくては。

 目指せ現代の光源氏。


「確かに将来美人さんになりそうな子でしたね。お母さんも綺麗でしたし」


「僕のお母さんの方が綺麗だよ」


 もう一度ハグしてもらった。

 半分狙ったところもあるけど、事実を言っただけだ。

 本当にどうすればお母様みたいな女性と結婚できるのだろうか。


「お母さんって、どうしてお父さんと結婚したの?」


「あら、聖まで私たちの馴れ初めが気になるのですか」


「うん」


 この物言い、懇親会でも聞かれたのだろうか。

 お母様の反応を見るに、何度話しても話し足りない様子。

 将来の参考にぜひお聞かせください。


「私がまだ大学生だった頃、サークル活動が長引いて帰宅が遅くなってしまったのです」


 お母様、幼児には分からない単語が頻発していますよ。

 そして、次の展開が容易に想像できてしまう。


「その時は冬も深まり、日の入りがだいぶ早くなっていました。夕焼けと夜闇の混じった怪しい空が、今でも印象に残っています。後から聞いたのですが、そういう時が一番妖怪に襲われやすいのだそうです」


 お母様の語りが凄く滑らかだ。

 もう既に何度も語っているのだろう。


「帰路を急いでいると、いきなり私の目の前に大きな妖怪が現れました。前触れも何もなく本当にいきなりで、私は妖怪のお腹にぶつかって、尻もちをついてしまいました。その時初めて妖怪の全貌を捉え、私は恐怖で身動きが取れなくなってしまったのです」


 あれ、どんな姿をしていたのか教えてくれないの?

 R18な姿でもしていたのかな。

 いきなり姿を現すあたりは影の妖怪と同じだ。


「それからの時間はとても長く感じられました。妖怪がゆっくりと右腕を上げていき、その鋭い爪で私を切り裂こうとしました。縦に裂けた口が嬉しそうに歪んだのを覚えています。ただただ見つめていることしかできなかった私は、爪が振り下ろされ、死が目前に来て初めて“助けて”と叫ぶことができました。本当の危機に陥った人は助けを求めることも出来ないのですね」


 ほう、それは知らなかった。

 身振り手振りで教えてくれるお母様の過去話。

 恐怖に染まるお母様の顔、助けの来ない絶望的状況、そんな光景がまざまざと思い浮かぶ。

 いつしか俺はお母様の語りに没入していた。


「ですがその凶爪は私に届きませんでした。いつの間にか私を囲うように貼られていたお札が結界を張っていたのです。結界の中で茫然とする私を救ってくれたのは、あなた達のお父さんでした。たまたま近くにいた強さんが駆けつけてくださったのです。強さんに従う式神が妖怪を攻撃し、遠くへ追いやってくれました。そして、私を背に戦うあの人の姿は……とっても格好良かったのですよ」


 お母様が乙女の顔をしていらっしゃる。

 思った以上にテンプレな展開で、お母様のチョロさが心配になるほどだ。


「私を助けてくださった恩人にお礼をしようとしたのですが、強さんは仕事だからと拒否されて、そのまま去ってしまいました。それでも、どうしてももう一度会いたかった私は探偵事務所に依頼して——」


 ん?

 探偵事務所?


「お家を突き止めた私は強さんにお礼をして、それから交流を重ねて仲良くなり、結婚することになったのです」


 後半もう少し詳しく。

 どうやってクソ親父みたいなフツメンが美女と結婚したのかと思ったら、お母様の方がアプローチを掛けたのか。

 おっとりした性格だと思っていたけど、異性関係に関しては肉食なのかもしれない。

 そういえば夜の方もお母様が………。


「そうして、聖と優也が生まれたのです。みんなを救ってくれたお父さんに感謝しなければいけませんよ」


「うん」


 感謝はしてるよ。

 感謝は。

 毎日俺達のために働いてくれているその苦労を嫌と言うほど知っているから。

 だが、生まれてすぐに行われた誕生の儀あの所業を忘れるのはちょっと難しい。

 それに内心呼び慣れてしまった。

 とはいえあれから4年か……そろそろ許してやるべきかもしれない。


 それにしても、お母様の話を参考にするとしたら「女の子のピンチを救って惚れさせろ」という、超定番ながら発生条件激ムズな事態に、颯爽と駆け付けなければならないことになる。

 それだったら正攻法で美女を口説いた方がよっぽど現実的である。


 楽しそうに語りきったお母様は夕飯の準備へ向かい、俺は1人リビングで非現実的な妄想をどうやって実現するか思案するのだった。


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