第2章 幼稚園編

第39話 幼稚園


 ついに俺も学歴社会に進出を果たした。


「この素晴らしき日に、たくさんの新たな出会いに恵まれたこと喜ばしく思い———」


 幼稚園の入園式。

 前世でも体験したはずなのだが、全く記憶にない。

 俺が幼稚園にいた頃の思い出と言えば、休み時間にブロック遊びしたり、砂遊びしたり、折り紙で遊んだり……一人遊びばっかりだな。


 だが、今世では違う。

 4歳以降の思い出は大人になっても、まぁまぁ記憶に残る。

 この幼稚園に通う子供は皆、同じ小学校に通うことになるため、しばらく縁が続くことになる。

 すなわち、これからの交友関係は将来的に役立つのだ。


 だから今世ではもっと他人と関わっていこうと思う。

 幼稚園児の相手をするのは大変だろうが、将来役立つコネクションが築けるかもしれないと考えたら安い投資である。


「頑張って、聖。お家に帰ったら幼稚園のお話聞かせてくださいね」


 お母様の後押しを受けながら向かった幼稚園初日。

 転生して新たな覚悟を胸に臨んだ子供達との交流は———


「待て待てーー!」


「あははは」


「うわ、こいつ速い」


「あはははは……はは……あれ? 意外と楽しい?」


 狭いようで広い幼稚園の敷地を全力で駆け回り、大人数で遊ぶ鬼ごっこは楽しかった。

 前世では人より足が遅かったから、狙われたらすぐに捕まって面白くなかった覚えがある。

 しかし、今は身体強化によって同年代を凌駕する脚力を手に入れている俺である。

 狭い敷地なので安全地帯はほとんどなく、ちょっと気を抜くと複数の鬼に囲まれるこの鬼ごっこは、なかなかちょうど良い難易度となっていた。


「やった、ひじりつかまえた!」


「捕まっちゃった。よーし、みんな逃げろ。次は俺が鬼だぞ」


 俺は紅白帽を裏返して逃げる子供たちを追いかける。

 遊具をうまいこと壁にして逃げる子供や全力疾走で逃げる子供、人の集まっているところで安心している子供、いろいろな子供がいる。

 1人を集中狙いすることなく、逃げきれたという達成感をそこら中の子供にプレゼントしながら、俺は幼稚園の庭を駆け回る。


 懇親会でもそうだったが、大人からすれば遊びにおける勝ち負けは割とどうでもよい。適度に鬼に捕まり、つまらなそうにしている子供に発破をかけ、難易度調整してあげるくらい余裕がある。

 子供たちの笑顔を見ていると俺まで楽しくなってしまう。幼稚園の先生の気持ちが少しだけわかった気がする。


「そうか、前世の俺はプライドの高い頭でっかちなガキだったから楽しめなかったのか。なら、今回はうまくやれそうだ」


「ひじりが来たぞ、にげろ~」


 こういうことを言われた前世の俺は、ムキになって追いかけ、結局追いつけず、集団遊びは楽しくないと一人遊びにハマったんだっけ。

 前世の忘れていた記憶を思い出しながら、俺は第2の幼稚園ライフを楽しんだのだった。


 お母様への報告も嘘偽りなく「たくさん友達が出来た」ということができた。

 やはり陽キャの卵たちは一緒に遊ぶとすぐに仲良くなれる。恐ろしいコミュニケーション能力だ。


 そしてなにより、幼稚園児は力が強くて足の速い奴が偉い。

 遊びを通して俺の強さを本能的に理解した同級生たちは、自然と俺をカーストトップと認識し始めた。

 忘れてたけど、幼稚園にも言葉にできないこういう空気あったんだな。人間って幼いうちから業の深い生き物だこと。


 そんなこんなで、俺はあっという間にクラスの中心人物となった。

 前世ではブロックで変形ドラゴン作ってた俺が、お外で遊ぶ陽キャ集団のトップに立つなんて、人生何があるか分からないものだ。


 とはいえ、俺の目的はお山の大将を気取ることではない。

 将来役に立つコネクションを作るのが目的である。

 どこかに権力者のご子息がいないかなと幼稚園内を探検していると、職員室から複数の声が聞こえてきた。


真守まもる君、また授業中に抜け出してしまって。いいかげん注意した方がいいかと」


「先生のご子息ですから、あまり大事にしないように。4年前でしたかね、真守君のお兄ちゃんが在籍していた頃、担任が注意したらお母様が抗議にいらっしゃったこともありました」


「モンペじゃないですか。面倒ですね」


「お父さんは立派な政治家なのに、どうしてそんな女性を選んだのやら」


「こら、誰が聞いてるか分からないんですから。そういう悪口は子供にもうつりますよ」


「はーい」


 働く大人達の哀愁漂う愚痴を盗み聞きしてしまった。

 園長先生の言う通り、どこで誰が聞いているか分かりませんよ。

 愚痴っていた先生は隣の担任だから、真守君はそこにいるだろう。水槽の陰に隠れていた俺は早速移動を開始した。


 一緒に外遊びをするメンツの名前はもう覚えている。

 大人しく砂遊びや遊具を使う彼らも顔見知りだ。

 つまり、真守君はインドア派に違いない。


 俺の推理をもとにお隣のすみれ組を覗くと、クラスの半数くらいが室内遊びに興じていた。

 誰が真守君か分からない。

 どうやって探すか検討していると、見知った顔があることに気が付いた。


「加奈ちゃーん」


 大きな声で呼べばいいのだろうが、他クラスに入るという謎の部外者感が相まって、声が小さくなってしまった。

 それでも付き合いの長い彼女は俺の呼び声に気付き、振り向いてくれた。

 

「ひじり、なぁに」


「真守君ってどの子か知ってる?」


「まもるくんはねぇ~。あの子」


 授業中に抜け出すという話だからてっきりやんちゃ坊主なのかと思ったら、インドア派に恥じない大人しそうな外見だった。

 一番の特徴を挙げるなら髪だろうか。緩めな癖毛がフワフワしていて、見るだけで親の愛情を感じさせる。

 面立ちはシュッとしていて、将来的に顔面偏差値63くらいのポテンシャルを秘めている。

 ただ、インドア派のサガか、ちょっと猫背気味なのが心配だ。


 そんな彼は熱心にブロックを積み上げ、直方体の何かを作り上げている。


「加奈ちゃんありがとう。また今度遊ぼうね」


 加奈ちゃんとは今でもちょくちょく遊んでいる。

 殿部家の長男君も交え、4人で遊ぶことが多い。遊ぶというか俺は面倒を見る側だが。

 だから今回は目的を優先させてもらおう。


「ねぇ、何作ってるの?」


「………」


 返事がない。

 俺が話しかけていること自体気が付いていないようだ。

 子供達との交流を重ね、彼らとどういう風に付き合えばいいのか分かってきた俺は、しっかりと正面から目を見て話しかけた。こうすれば初めて会う子供とも仲良くなれる。

 ……はずだったんだが、この子は違うタイプらしい。


「真守君、何を作っているの?」


 今度は気づかないなんてありえないくらい大きな声で至近距離から話しかけた。

 しかし、真守君はこちらをちらりと見てすぐに視線をブロックへ戻した。


「………」


 あ、この感じ、俺知ってる。

 前世の俺と同じだ。

 突然知らない相手に話しかけられて対応に困っているんだ。

 なんて返事をするべきか、どう行動するべきか、正解を探して脳内会議中なのだろう。


 こういうタイプにグイグイ行ってはいけない。

 静かに隣に居座って、時間をかけて彼の心を開かなくてはならない。

 俺だったらそうしてほしいと思う。


 ということで、俺もブロック遊びに興じることにした。

 前世の家にあったブロックとはタイプが違う。変形ドラゴンシリーズを再現するのは難しそうだ。


「ちょっと箱を動かすね」


 こういうブロックの器には大抵お手本となるモデルの写真が貼ってある。

 これを模倣するだけでも結構楽しかったりする。

 その模倣の果てに変形ドラゴンシリーズが出来たのだから、子供の創造力は馬鹿にできない。


「………」


「………」


 黙々とブロックで遊ぶ。

 真守君に話しかけたりしない。

 まだ彼の中で俺は部外者である。

 ここで話しかけても迷惑するだけだ。


 この日は最初に話しかけて以降、何もやり取りせずに休み時間を終えた。


 次の日も、「こんにちは、俺もブロック使うね」と挨拶だけして、以降は無言でブロックを組み上げた。


 次の日も、そのまた次の日も、土日明けの月曜日にも、彼の隣でブロック遊びを続けた。


 そんなある時、今日もまた外遊びに混ざってくる先生に容赦なく鬼を押し付け、園庭からすみれ組へ来た俺はブロック遊びを始めたのだが、隣に座る彼から声が掛けられた。


「それ、欲しい」


 彼がそう言って指さしたのは、俺が集めていた青ブロック。

 鋭意製作中の貨物船の船底部分に使おうと思っていたのだが、別に青でなくても問題ない。

 俺は一言「いいよ」と言って青ブロックの山を渡した。

 その日、これ以上会話は発生しなかった。


 ここで「おっ、仲良くなれたかな」とか考えるのはコミュニケーション能力の高い奴だけだ。

 真守君のようなタイプは一度会話した程度で心を開いたりしない。

 少なくとも俺はしない。

 心の中に入れる親友は厳選するタイプなのだ。


 そんなこんなで1ヵ月経った。

 

「………」


「………」


 俺達の間にはまだ会話がない。

 黙々とブロックを組み上げるだけである。


「それちょうだい」


「いいよ」


 ただ、こういう事務的な会話は頻繁に交わされるようになった。

 彼のなかで俺の存在が“よく知らない怖い人”から“話しかけても大丈夫な人”にランクアップした証拠。

 これは大きな進歩だ。

 そろそろ俺から話しかけても大丈夫だろう。


「ねぇ、何作ってるの?」


「………」


 まだダメだったか。

 彼の心の壁は前世の俺よりも高いのかもしれない。

 気長に交友を深めますか、と、諦めかけたその時、隣から小さな声が聞こえた。


「………らいおん」


 隣に顔を向ければ、ブロックを凝視して黙々と創作を続ける真守君の横顔があった。

 これは……少し仲良くなれた証かな。


「格好いいね」


「………」


 返事は来なかった。

 しかし、彼の心がちょっとだけ開いた事実に、何とも言えない感動を覚えた。

 不純な動機で仲良くなろうとしていたが、これだけ毎日アプローチをかけていると、本当に仲良くなりたくなってくるから不思議だ。

 彼より先に俺の方が絆されてしまったのかもしれない。



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