第24話 天橋陣2

 クソ親父に持ち上げられてボートに乗り、俺達は湖の中心へ移動する。


「なんか光ってる。あれが天橋陣?」


「あれは天橋陣の中心だ。天橋陣自体はこの湖全体に築かれている。五芒星の各頂点には清めの塩と、充填用の札が設置してあり、これから中心の札へ霊力を注ぐことで起動する」


 陰陽師のことになると途端に饒舌になるクソ親父。

 前世の俺と似たような性格だなぁ。こんなんでよくお母様と結婚できたものだ。


「清めの塩を置きに行かなくていいの?」


「昨日のうちに準備しておいた。後は、仕上げだけだ」


 出来れば準備段階から教えて欲しいのですが。

 湖全体に陣を築くとか、スケールが大きくてワクワクする。

 いつか俺もそんな巨大円陣を作れるようになるのだろうか。


 気が付けば俺達を乗せたボートは光の中へ突っ込み、水底から昇る光に包まれていた。

 幻想的な光景に落ち着きなく周囲を見渡す俺。

 その向かいに座っていたクソ親父が立ち上がった。船の上なのに安定感がある。もしかして細マッチョだったりするのだろうか。


「部外者や不埒者に破壊されぬよう、中心の札は隠してある。——我この地を護りし陰陽師の一人なりて現世に留まりし御霊に架け橋を繋ぐ者なり」


 呪文のように唱えたクソ親父は突然手をシュババババと動かし始めた。


 あれは、印だ! 印を結んでいるんだ!


 すげー、あれが印か。本職のベテランはやっぱり手つきが違うなぁ。


 印と言えば大人気忍者漫画で有名だが、実際には真言密教より始まった精神統一の手段である。集中力を高め、戦闘に備えるためのものだった。

 その効果は現代のクレペリンテストでも証明されており、体は落ち着いていながら頭は集中状態に入れるのだとか。


 ここまではおんみょーじチャンネルのイントロ部分。

 この先は陰陽師らしい説明があった。


 一般人と同じ効果があるのは当然として、陰陽師の場合は霊力の流れを変える働きがあるらしい。

 血液のように体内を循環する霊力、それを動かすことでいろいろな作用があるのだとか。

 たとえば、今クソ親父が行っているように特定の霊力を作り出すことで封印を解除できる。鍵のような使い方だ。

 今更ながら霊力って何なんだ? 便利すぎるだろう。


 おんみょーじチャンネルで実演していた印は子供でもできる簡単なものをいくつかだけで、何の効果も発生させられないよう意図的にチョイスされていた。

 だから俺は3つしか印を知らないし、霊力の動きは微塵も変わらなかった。


 次々手を組み替えるクソ親父の手の動きは大変興味深い。

 俺がじっと見つめていると、不意に手の動きが止まる。

 そして、クソ親父の目の前の何もない空間に、フッとお札が姿を現す。


「開錠された」


「すげーーー!」


 なにこれ、手品か?! いや、陰陽術だ!

 ずっと画面越しにしか見てこなかった陰陽術を、ついに目の当たりにしたんだ!

 いま、いったい何が起こったんだ? クソ親父の霊力の流れが変わったのか?

 くぅ、自分以外の霊力を可視化できないのが残念過ぎる……。


「すごいか?」


「すごい!」


 だって、ファンタジーでしか存在しなかった魔法のような現象が、現実に起こっているんだぞ。興奮しないわけがない。

 しかもそれが、いずれ俺にもできるというのだから、期待に胸が膨らむばかりだ。


「そうか……」


 クソ親父も息子に良い恰好出来て嬉しそうだ。しばし俺のキラキラした視線を受けた後、目の前に浮かぶ札を手に取り、目を瞑る。


「何してるの?」


「……」


 返事がない。

 無視しているのではなく、よほど集中しているのか俺の声が届いていないようだ。

 おんみょーじチャンネルで習ったことを思い出すに、札に霊力を込めているのだろう。

 後で聞いた説明によると、複雑な文様の描かれた札には陣へエネルギーを供給する機能があり、札を通して陣を起動していたのだとか。


 そして、たっぷり30分ほど経ったところで湖全体が光り始め、クソ親父の瞼がゆっくりと上がる。


「地に縛られし御魂に天より救いの手を差しのべよ。穢れに囚われし哀れな子らに新たな道を示し給え。いま、我が霊力を糧に天橋陣を起動せん」


 誰かに宣言するようなその言葉と共に、天橋陣がひときわ強く光り輝く。

 すると、湖の周囲にいた人々がブラックホールに吸い込まれるように湖の上に引き込まれていくではないか。

 まるで不思議生物のように輪郭がおぼろげになり、粒子の尾を引いて天へと昇っていく。


 光の帯は湖の中心で集約され、光の柱が形成された。

 なんとも幻想的な光景だ。


 やがて全ての人々が空へと消えていき、光の柱も消えた。

 それと同時に、クソ親父の持っていた札も現れた時同様、何の前触れもなくその姿を消した。


「ふぅ……これで仕事は終わりだ。戻るぞ」


 幻想的な光景に見惚れていた俺は、岸にたどり着くまでその余韻が抜けなかった。

 クソ親父に手を引かれてピクニックシートへ戻ると、お母様が迎えてくれた。


「お疲れさまでした。お茶を飲んで一休みしてください」


 クソ親父はここまでしっかりとした足取りで戻ってきたが、よく見ればかなり疲労しているようだ。タダでさえ老け顔なのに、頬がこけてフツメンから浮浪者顔になっている。

 天橋陣は俺が想像していたよりも霊力を消費するらしい。

 やはり不思議生物吸収による最大霊力アップは必須だな。


「お父さんの仕事を近くで見てどうでしたか、聖。格好良かったでしょう」


 そう尋ねてくるお母様の顔はとても自慢げだった。

 どう考えても顔面偏差値の釣り合わないこの夫婦、なるほど、こういうところで好感度を稼いでいったのか。

 俺もプロの陰陽師になれば自然とモテるのかもしれない。


「本来なら、3人でする仕事を、お父さんは1人でこなしてしまうのですよ」


 3人分を1人で?

 そりゃあ疲労困憊もする。

 お母様に膝枕してもらっている羨まけしからん男だが、それだけの仕事をしたということだ。


ひと眠りしたことで霊力が回復したのだろう、クソ親父はさっきよりマシな顔でお茶を飲んでいる。

ここで俺は、ずっと聞きたかったことを尋ねた。


「周りにいた人たちって、全員幽霊だったの?」


 俺が陰陽師関係者だと思っていた人たちは天橋陣によって天へ昇って行った。つまり、人ではなく人魂だったということ。

 前世であれば心霊現象を体験してビビりまくっていたことだろう。しかし、不思議とあまり動揺はなく、納得するような気持の方が大きい。


「そうだ。やはり、聖にははっきりと見えていたか」


 クソ親父曰く、陰陽師の才能がある人間には魂や妖怪を見る力があるという。世間一般で言うところの霊感というやつだ。

 力ある妖怪や現世に繋がりの強い存在は一般人にも見えるが、そうでない弱小妖怪なんかは陰陽師にしか見えないのだという。

 なお、レンズ越しに撮影するとか、霊脈の上であるとか、抜け道はある。


「ここは霊脈の上だからな。麗華でもメガネを掛ければ見える。聖なら見えて当然だったが……」


「この歳ではっきり見えるということは、それだけ素質があるということですよね! 聖はとっても凄いということですよ」


 そう言ってお母様が俺を抱きしめる。

 陰陽師の才能があることに俺よりもお母様が喜んでいる。


 そうか……俺が幽霊を見えたのは当然のこと……だから本能的に怖れを感じなかったのか……。


「ねぇ、もっと教えて」


 どうやって札から陣へ霊力が移動するのか、霊力がどう作用するのか、天に昇った霊魂はどうなるのかetcエトセトラ

質問攻めにしたが「疲れているからまた次の機会に」と言われてしまった……。


 こんなすごい仕事が持ち回りでやってくるとか、やはり陰陽師の世界は面白い!

 もっと陰陽術について知りたいし、今まで以上に我が家の召喚術も見てみたくなった。

 今日の職場見学は、俺に更なる陰陽師熱を起こしたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る