第15話 おんみょーじチャンネル


 陰陽師の教育が始まると聞いて、俺は今日朝早くに目が覚めた。

 さっそく寝室からリビングへ向かう。

 かなりしっかりした足取りで廊下を歩く俺は、ワクワクする心を抑えられなかった。


「ますは、れいろく。だいろくせーれんは、どれくらい、の、つよさ、かな」


 前々から気になっていた霊力に関する情報。

 それを聞いてみたい。単語を話せるようになったとはいえ、クソ親父は赤ん坊の俺に仕事に関する話をしたことがない。

 きっかけがないと話を誘導することも質問することも出来ない。

 今日の教育とやらでいろいろ聞けるかも。そう考えると、ここ1年で増え続けた謎が解けるこの機会は楽しみで仕方がない。


 力強く襖を開けると、そこにはお茶を飲んで一息つくお母様がいた。


「あれ? ぱぱ?」


 クソ親父の姿がない。

 いったいどこにいるのだろうか。

 早く陰陽師について教えて欲しいのだが。


「パパはつい先ほどお仕事に行きましたよ。行ってらっしゃいしたかったのですか?」


 え?

 仕事?

 だって、一度仕事に行ったら最低でも3日は帰って来ないでしょう。平日は基本的に泊まり込みで仕事だ。昨日は俺の誕生日だったから帰ってきただけで……。


「おんみょーじは?」


「あら、聖はパパのお仕事に興味がありますか? ちょうどいいですね、朝ご飯を食べたら一緒におんみょーじチャンネルを見ましょう」


 おんみょーじチャンネル?

 俺の拙い口調に合わせたにしては流れがおかしい。

 困惑する俺はお母様の指示に従い大人しく離乳食を平らげ、リビングに戻ってきた。

 和室に似合わない大型テレビを操作するお母様。


 インターネットへ接続し、YouT〇beのアプリを開いた。

 慣れた様子で登録しているチャンネル一覧へ移動する。トップには子育て料理チャンネルがあり、その1つ下にお目当てのものがあった。


“おんみょーじチャンネル”


「これから毎朝見れば、パパのように立派な陰陽師になれますよ」


 クソ親父と同じでなくてよいのだが、陰陽師にはなりたい。

 そうか……今時の教育は動画で行われるのか……。

 俺が子供だった頃にはあり得ない手法だ。でも確かに、前世でも動画はちょくちょく見ていた。いつでもどこでも必要な人に必要な知識を教えることのできるこのやり方は合理的といえよう。


 お母様は早速“No.1 陰陽師のお仕事”を再生する。

 あっ、CM流れるんだ。

 30秒後、本編が始まった。


『こんにちは~。みんな霊力使ってる~? 私の名前は獅童しどうお姉さんだよ!』


『はじめまして。僕の名前は島羽しまうお兄さんだよ。今日から僕たちと一緒に陰陽師の世界をのぞいてみよう!』


 完全に教育チャンネルだった。

 公共放送みたいなお姉さんとお兄さんのコンビが陰陽師について教えてくれるようだ。

 多分、この後マスコットキャラが出るんだろうな。


『みんなは陰陽師がどんなお仕事をしているのか知ってる? 』


『僕や獅童お姉さんは陰陽師見習いを卒業して、陰陽師としてお仕事をしているんだ』


『分かりやすく説明すると、悪~い妖怪を倒し、困っている人たちを助けるお仕事です!』


『みんなのお父さんやお母さんは、とても立派なお仕事をしているんだよ』


 語り掛けるセリフから察するに、このチャンネルは陰陽師の家系にしかアクセスできないのだろう。

 そりゃあそうだ、身体強化の技術を秘匿するような業界なのだから。

 だがそうなると獅童家や島羽家の2人がこんな動画を公開しているのは矛盾する。


『私は妖怪を倒しているけど、他にもいろいろな役割があるって聞いたよ』


『そうだね。僕は妖怪退治ではなく、霊力の少ない人を守る、護衛というお仕事をしているんだ。他にも、霊的に危険な土地を清めたり、儀式で神様を鎮めたり、妖怪を遠ざける御守りを作ったり。陰陽師は霊や妖怪に関するあらゆるお仕事に携わっているよ』


 おおよそ予想通りな感じだ。

 陰陽師が妖怪と戦うだけの存在なはずがない。

 しかし、神様を鎮めるというのは思いもよらなかった。神社、ひいては宗教も陰陽師に関係するのかもしれない。


『それじゃあ、今日は私のお仕事、妖怪退治を一緒に見ていこう~』


 場面が変わり、スタジオから夜中の廃墟へ。

 獅童お姉さんの服装も本格的な陰陽師スタイルへ変わっている。


『今日の依頼は山で悪戯をする鬼火の退治だよ~。鬼火たちは山にある廃村に火をつけて火事を起こしちゃう悪い妖怪なんだ。そこで、私たち陰陽師が退治するのです!』


 建物の中を進む撮影班。

 時折カメラが壁を映し、そこに残る焦げ跡を見せる。

 大半はマッチで炙ったような小さな焦げ跡だが、いくつかは廃墟が全焼してもおかしくないような大きなものもある。


『鬼火は大きく成長すると大きな火を起こすことができます。しかし、小さいうちは力を使っている間しかものを燃やすことができません。この大きな焦げ跡を付けた鬼火はそろそろ本物の火を扱えるようになるでしょう』


 獅童お姉さんは仕事中だからか真剣な口調へ変わっていた。

 常に周囲を見渡しているし、画面越しでも戦闘に携わる者としての気迫が感じられる。


 鬼火ってそういうものなのか。いつか俺もこういうやつと戦うのかもしれない。


 しばらく屋敷を探索した一行は外に出て廃村を回る。


『いました、鬼火の集団です。これから陰陽師として、悪さをする妖怪を退治していくよ~!』


 どことなく素人感漂う実況。

 しかし、今はそんなことよりも戦闘シーンだ。

 鬼火の集団よりかなり距離を取って立ち止まる。遠距離から攻撃できるのか。


『このお札に霊力を込め、私の意志に従って動かします。いけっ』


 獅童お姉さんは、なにやら文字が書かれた紙を懐から取り出した。お札に霊力を込めているのだろう、目を瞑ったままぶつぶつ呟き、カッと見開いて鬼火の集団に対してお札を投げる。紙を投げてもひらひら落ちるだけのはずだが、霊力を込められたお札は風をものともせずにまっすぐ飛んでいく。

 お札は意志を持っているかのように小さな鬼火を避け、中央にいた一番大きい鬼火にぶつかる。


 バボン!


 鬼火にぶつかった瞬間、お札から水塊が炸裂した。

 なんだあれは?! 物理法則を無視するにもほどがあるだろう。

 あっ、俺の触手も物理法則無視してた。

 やはり陰陽師の技術は興味深い。早くあの技を自分で使ってみたいものだ。


『やりました! 一番強い鬼火を倒したぞ~! 残った小さな鬼火はまとめて倒しちゃお~』


 そう言って次に取り出したのは砂状の粒が入った小袋。


『雨の御魂よ、清めの潮騒に力を!』


 詠唱! カッコいいけど、それを人前で言うのは恥ずかしくないのか。映像は全国へ広まってしまうわけだし。

 小袋からひとつまみ取り出したのは詠唱から推察するに清めた塩なのだろう。

 それを鬼火の集団へ降り注ぐように投げ上げた。


 それほど高く上げたわけではないのに、塩はなかなか落ちてこない。

 その間に、小さな鬼火たちが襲撃者へ襲い掛かる。


『よっと、はっ! この程度の攻撃は当たらないよ~』


 鬼火たちの体当たりは小学生のドッヂボールくらいの速度がある。

 反射神経が悪い人には避けられないだろう。しかもそれが連続して襲ってくるのだ。

 前世の俺には避けられる気がしない。


 そして、避けている間に時は満ちたらしい。


『清めの雨をくらいなさ~い!』


 勝ち確の状況に至ったことで余裕が出たのだろう、獅童お姉さんの声がスタジオと同じく明るいものへ変わった。

 塩が何らかの作用をもたらしたのだろう、晴れていたはずの天から雨が降り始めた。

 その雨は仄かに光っており、鬼火に触れるとその身を構成する火を打ち消していく。

 清めの雨、いったいどういった陰陽術なのだろうか。


『これにて任務完了! 悪さをする鬼火は全て退治されたよ』


 ここで場面転換され、舞台はスタジオに戻る。


『妖怪退治がどういうものかみんな分かったかな~!』


『陰陽術を駆使して華麗に鬼火を退治する獅童お姉さん、とってもかっこよかったね』


『みんなも陰陽師として勉強すれば、私みたいに妖怪を倒すことができるようになるよ~!』


『それじゃあ、今回はここまで。次回は陰陽師にとって最も大切な霊力について教えるよ』


『『ばいば~い』』


 と、ここで動画は終わった。

 チャンネル登録をお願いする必要は無いのだろう。


「はぁ~、強さんからお話には聞いていましたが、陰陽師はこんなお仕事をしているのですね」


 お母様も見たことがなかったようだ。

 てっきり履修済みだと思っていた。


「ママも、聖と一緒にお勉強したいと思って、見ていなかったのです」


 うふふ、と微笑むお母様は実母ながら可愛い。来月には2児の母となるなんて信じられないくらいだ。

 本当になんでこんな素敵な女性がクソ親父と結婚したのだろうか。

 あの男不器用すぎるだろう。そこが庇護欲を誘うのか?


 っと、そんなことより陰陽師の戦闘シーンだ。

 とても興味深かった。

 霊力を使っているのだろうが、いったいどうすればあんな魔法のような現象を起こせるのだろうか。

 触手と身体強化はわりと現実的な理論で実現するが、あれらは完全に別物になっていた。

 もっと動画を見れば同じ技を使えるようになるのだろうか。


「まんま、つぎ!」


 次の話は霊力に関する話だ。

 俺が知りたかった情報も得られる。もしかしたら早速技を覚えられるかもしれない!


 そんな意気込む俺にお母様は首を横に振る。


「毎日1つずつ見ましょう。一気に見たら飽きちゃうそうです」


 そんなことありません!

 俺の陰陽師へ掛ける情熱はそれくらいで冷めたりしない。その程度なら第弐精錬を探す段階で飽きている。これまで試してきたどんなものよりも強い好奇心を抱いた陰陽師という道。1日でもはやく歩みを進めたい。


「ほらほら、今日も元気に遊んでください。体をしっかり作ることも大切なことですよ」


 だめだ、お母様の意志を変えられそうにない。

 俺は大人しくリビングから出て廊下を歩く。

 もう陰陽師の動画が見られないなら、いつも通り不思議生物探しをするしかない。


 しばらく家を探索して、俺はついに気が付いた。

 大問題が発生していることに。


「ふしきせいぶつ、いない」



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