第14話 誕生日


 また少し時は流れ、俺は1歳となった。

 生まれて初めての誕生日。

 30歳を過ぎてからもう来ないで欲しいと願っていた誕生日が、待ち遠しくなる日が来るとは思いもしなかった。


「まんま、ごはん」


「はーい。少し待っていてくださいね、聖。とっておきのご飯を作っていますから」


 柔らかな笑みと共に俺に返事をしてくれるお母様。

 1歳の誕生日が近くなった俺は単語を解禁した。

 もちろん、最初の一言目は「まま」のつもりで口にした「まんま」である。

 クソ親父の前で言ってやった。


 それから少しずつお母様の真似をする振りしながら覚えた単語を増やした。

 「ぱ……ぱいや」はしっかり実行した。誕生の議のことは今でも忘れていない。

 お母様が全力で推してきた「ぱぱ」も、仕方がないので1ヵ月後には言ってやった。

 卵の恩もあるし。


 2ヶ月間の成長で、俺は堂々と二足歩行できるようになった。

 単語3つくらいは当たり前のように話せるし、ようやく制限から解き放たれた気分だ。

 完全に離乳食へ移行したこともあり、お母様の母乳エンハンスが使えなくなったのだけはちょっと残念である。


 そして、最も大切なのが霊力である。

 あれからも毎日コツコツコツコツ増加し、今では一日中精錬しても追いつかないほどの総生産量となっている。

 余った霊力は霊獣の卵に注いで無駄なく使用しており、また少し大きくなってきたところだ。11歳の誕生日が楽しみである。


 精錬の方もついに、第陸精錬の手法を見つけたところだ。多分、これであっていると思う。

 ものすごく時間がかかる作業なので量産するには年単位の時間が必要となりそうだ。


 どれもこれも順調。

 転生してから怖くなるくらい順調である。

 何度か死にかけていることを除けば、至って平和な日々を過ごしている。

 ……死にかけたら順調じゃないのでは?


「お待たせしました。夜ごはんの準備が出来ましたよ」


「おいししょう!」


「うむ、美味しそうだ」


 俺が生まれた日は大事な任務の最中で帰って来られなかったクソ親父だったが、今年は無事に帰って来られた。

 というか、去年のうちから有休をとっていたらしい。

 陰陽師界にも有休ってあるのか。


 俺の誕生日なので、今日の食卓は豪勢だ。

 ローストビーフやサラダ、ポテトなど、目にも鮮やかなごちそうの数々。

 俺は食べられませんけどね。

 離乳食に完全移行したのも最近だし、まだまだ柔らかいものや味の薄いものしか食べていない。

 身体強化すれば内臓も強化できると思うのだが……お母様の作る離乳食は美味しいから現状にそれほど不満はない。

 ただ、今日の美味しそうな料理の数々を目にすると、幼すぎることが悔やまれる。


「うむ、美味い」


「本当ですか? それは良かったです。腕によりをかけましたから。はい、聖も少しだけ食べてみましょうか」


「たべゆ」


 おぉ!

 久しぶりに食べる固形物。

 お母様が鶏肉をほぐしてくれる。引き締まった白い肉から肉汁がにじみ出るのを見て、俺の口内に唾が溢れた。

 俺はフォークを握り、子供用のお皿によそってもらったお肉を口へ運ぶ。


「おいしぃ!」


「たくさん食べてくださいね」


 お母様は俺が食べる姿を見ながら微笑んでいる。

 クソ親父も俺をチラチラ見てくる。

 子供というのはそんなに可愛いものなのだろうか。だったら前世で子供を作っておけばよかった。それ以前に嫁どころか彼女も出来なかったから、夢のまた夢なのだが。


 お腹がいっぱいになったところで、テーブルの上のお皿が片付けられた。

 その後、ダイニングの灯が消され、台所から1本のろうそくの明かりが近づいてくる。


「ハッピバースデートゥーユー♪」


「ハッピバースデートゥーユー」


「ハッピバースデー、ディア 聖~♪」


「「ハッピバースデートゥーユー」」


「聖、火を吹き消してください。ふーって」


 ワンホールケーキに一本だけ乗ったろうそくが揺らめく。

 2人の歌で祝福されながら、俺は火を吹き消した。

 唯一の光源がなくなったダイニングは真っ暗になる。

 お母様が電気を点けると、たっぷりイチゴの乗った小さめなケーキの姿が見えるようになった。

 すごく美味しそうだ。


「聖にケーキを食べさせて大丈夫なのか」


「はい、スポンジの代わりに食パンを使って、クリームは半分ヨーグルトで作り、赤ちゃんの体に負担がかからないよう甘さ控えめにしました」


 えっ、普通のケーキに見えるのに……いろいろ工夫されてたのか。

 俺が食べられるように、お母様はレシピを調べながら赤ん坊用ケーキを作ってくれたのだ。

 それだけでこのケーキの価値が爆上がりである。


「さぁ、聖はケーキを食べるの初めてですね。きっとおいしいですよ」


「いたぁきます」


 切り分けてくれたケーキの断面を見れば、確かに食パンで作られていた。

 ケーキに込められたお母様の愛情が感じられ、食べるのがもったいない気がしてきた。

 それでも一口パクリ。

 うん、子供の舌には十分甘い。


「おいひぃ」


「そう、よかったです」


 口いっぱいにヨーグルトクリームを詰めながら感想を述べる。

 俺の感動を伝えきれただろうか。涙さえ出てきそうな喜びの感情を。


 自分の誕生日をこれほど祝ってくれたのなんていつ以来だろう。

 1人暮らしを初めてからは外食するくらいで、他に特別なことはしなかった。

 連れ添いがいなければ、誕生日だろうが何だろうがずっと1人。自由気ままな生活も楽しかったが、いつしか忘れていたようだ。


 ———家族がいるって、こんなに幸せなことだったのだな。


「ほっぺたにクリームが付いていますよ。うふふ」


「聖も1歳になった。そろそろ陰陽師としての教育を始めるとしよう」


 なん……だと……。

 クソ親父が発したこの言葉が、俺にとって何よりの誕生日プレゼントとなったことは間違いない。


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