第6話 昔話
「さぁ、聖。絵本を読んであげますよ」
夜、時代錯誤な行灯に優しく照らされた部屋でお母様が読み聞かせをしてくれる。
ここ数日毎晩同じお話だ。
「むか~しむかし、あるところに、峡部家の始祖、もみじ様が生まれました。農民の子として生まれた彼は、よく食べ、よく学び、よく働くとても良い男の子でした」
内容は教育的な要素が強い。子供向けの絵本なのだから当然か。
だが、その教育の目指す道が陰陽師一直線なのが面白い。
「ある日、彼が家の畑を耕していると、森の奥から妖怪が飛び出してきました。家族と共に慌てて逃げるもみじ様の目の前で、妹が転んでしまいます。逃げ遅れた妹のため、もみじ様は妖怪に立ち向かいました」
どう考えても無謀だ。
妖怪というのは話の流れ的に陰陽師でもそう簡単に倒せない強敵らしい。
妹を見殺しにしたくない気持ちは理解できるが、対抗策もないのに立ちはだかったところで死体が一つ増えるだけである。
まぁ、子供向け絵本にそんなリアリティーは求められていないわけで。
「妖怪が襲い掛かるその瞬間、もみじ様は頭に浮かんだ陣を地面へ書き込み、叫びました。“我、霊力を糧に異界と縁を結ばんとする者。我が呼び掛けに応え力を貸し給え!”すると、陣が光り輝き、光の渦から龍が現れました」
本当に龍を呼んだのかは怪しい。かなり脚色されているのではないだろうか。
汚い大人の心を持つ俺は、この物語を聞いて素直に感心することができなかった。
とはいえ、似たような出来事はあったのだろう。始祖というだけあって、もみじ様とやらは凄まじい才能を持っていたに違いない。
さて、この物語はとても分かりやすく我が峡部家の始まりを語ってくれている。
農民から一代で凄腕陰陽師となり、あっという間に成り上がり、美人な妻を得て幸せに暮らしましたとさ。おしまい。
まとめるとこんなものだ。
市販されている絵本とは違い、お家に伝わる手作りの品である。
そこかしこに陰陽師への啓蒙が紛れ込み、陰陽師はカッコいいんだよ、頑張って勉強してねという親の意志が介在している。
結構ボロイし、絵も古いし、昔から子育てには苦労させられたのだと察せられる。
「はい、今日はここまで。そろそろおねむの時間ですね。明かりを消しますよ」
そう言って行灯の火を消し、お母様が隣の布団に入る。
クソ親父はいない。
あの儀式を行った次の日にはまた仕事とやらに出かけて行った。
ここしばらくはお母様と二人暮らしだ。
どうやら泊まり込みで仕事をしているらしく、なかなか帰って来られないようだ。
ちょっとした単身赴任状態。ざまぁみろ。
まぁ、かつて社畜だったことを思い出せばちょっとだけ同情しないでもない。
お母様も寝息を立て、寝静まった寝室に再び奴らが姿を現す。
そいつらは日中にも表れ、寝ている俺の口元に近寄る。しかし、お母様が見ている前では手を出してこない。
赤ん坊のようなひ弱な存在だけを狙っているのだろう。
まーた気持ち悪いウジ虫と羽虫が近寄ってくる。
どう考えてもあの儀式で俺に食わせたおにぎりと関係しているのだろう。
おにぎりの中に卵が植え付けられていたように、羽虫がこの建物のどこかで繁殖しているのではないだろうか、俺はそう予想している。
ここ最近は人型よりも虫型ばっかり現れるのだ。そうとしか思えない。
だが、この状況は望むところ。
儀式で不思議生物を喰わされたことから考えるに、陰陽師として霊力を鍛えることが肝要なのではないだろうか。スポーツ選手における筋トレ的な。
そして、あの儀式によって、俺の霊力はかなり増えた。口から入る程度の不思議生物では俺に勝てっこないくらいに。
そうなれば、餌が自らやって来てくれるのはありがたい限りである。
「ぁぅ(ふっふっふ、俺の覇道の礎となるがいい)」
これぞまさに転生者だけが行える成長チートだろう。
積極的に不思議生物を口へ受け入れ、意識的に消化吸収する。
今のうちに頑張れば、きっと将来有望な陰陽師になれるはず。
負けた場合どうなるのか分からないのが少し怖いが、リスクを冒さずにリターンは得られない。
有名人になるため、俺は今日もこの気色悪い感覚と戦うのだった。
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