無かったことにしたかった、私の恋。

「俺は良いけどさ、桜はかなり気にしてたよ。知らないうちに、莉子を怒らせるような事をしたのかも。でも避けられてるから、謝ることもできないって」

「違っ、怒ってなんかない。……有馬がちゃんとしないから、私が気を使って二人にさせてあげてるんじゃないの!」


勝手にやっておいて、怒るだなんておかしいって分かってるけど。理不尽に怒りをぶつける。


「本当に、避けてるんじゃないの?」

「当たり前でしょ。だいたい、どうして私が二人をを避けなきゃいけないの」

「それは莉子が一番よく分かってるんじゃないの。好きだよね、桜のこと。友達としてじゃなく、恋として」

「―—っ!?」


静かに言い放たれた言葉は、まるで雷のように私を襲った。

バレてる? 桜のことが好きだって、有馬に!?


驚いたけど、よく考えたらおかしな話じゃない。

私も有馬の恋心に、気づいていたんだもの。逆に有馬が私の気持ちに気づいたとしても、不思議じゃないもの。


「莉子も桜のことが好きって知ってたのに、俺が付き合い出したから。それで避けられてるんだって思ってた」

「避けてなんてないって。それに、何で今さら知ってたとか言うの! 誰にも言うつもりなんてなかったのに!」


誤解させたのは悪かったけど、そこには触れないでほしかった。

私の想いなんて、無かったことにしたかったのに。


「莉子には、悪い事をしたって思ってる。好きだって知ってたのに、桜と付き合うことにしたんだから」

「……黙って」

「でもお願いだ、桜の事は避けないでほしい」

「黙って」

「勝手な事言ってるのは分かってる。だけど……」

「黙ってってば!」


今まで圧し殺していた感情が溢れてきて、胸が張り裂けそうになる。


「桜はアンタの彼女なんだから、後はそっちで何とかしなさいよ。私の気持ちなんて、無かったことにさせてよ」


頬を涙が伝い、弱々しい声が漏れる。 


避けていたつもりはなかったけど、もしかしたら無意識のうちに、目を逸らそうとしていたのかも。

幸せそうな二人を、見るのが嫌だったから。


有馬はそんな私の背中に手を回して、落ち着かせるようにポンポンと叩いてくる。


「無かったことになんて、できないよ。俺は知ってるから。莉子がどれだけ桜のことが好きで、大事にしてきたかを。でも桜には言えなくても、せめて俺には吐き出してみないか」

「は? 何よそれ」

「隠すんじゃなくて、気持ちを全部ぶちまけてみて。俺が言うのもおかしな話だけど、俺だって莉子の幼馴染みなんだ。莉子の気持ちは、全部受け止めるから」


有馬は真っ直ぐな目で、私を見つめてくる。


思えば昔は何でも言い合えてたはずなのに、それができなくなったのはいつからだろう。

だけど今だけは有馬の言うように。溢れ出す思いを、全部ぶつけたかった。


「私、桜のことが好き」

「ああ」

「本当は有馬にだって、渡したくなかった!」

「ああ」

「どうして私じゃなくて、アンタなのさ!」

「それは本当に、悪いと思ってる。けど、これだけは俺も譲れない」


――っ!

そこはもっと、優しい言葉をかけたりしないのか!


でもこれで良い。もしここでゴメンなんて言ったら、蹴っ飛ばしてやってた。


「私から桜を取ったんだから、大切にしなさいよね、バカァッ!」


今まで溜め込んでいたことを、残さず吐露していく。

桜のことが大好きな気持ちも、失恋した悲しみも全部吐き出して。有馬はそれを、静かに受け止めてくれた。


誰にも言えない。知られちゃいけないって思っていた、私の恋。


だけどこうして吐き出すことで。有馬が受け止めてくれたことで、モヤモヤしていた気持ちが溶けていく。


夏の大三角が輝く星空の下。溢れ出す想いの全てを、私は有馬にぶつけ続けた。



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