魔法使いになれなかった俺はヘンタイスキルを手に入れた

美しい海は秋

ヘンタイが異世界に舞い降りた

第1話

「もう少しで俺も魔法使いか…」


そんなことを独り言のように呟いた。

車の中に一人でいるから誰にも聞かれることはなく、ただ何かを喋っている怪しい男だろう。

それでもよかった、俺は自分のことを吐露したかったのだ。

もう少しで女性経験もなく俺は三十歳を迎えることになる。

そうなれば、魔法使いと呼ばれるものに俺は昇格できる。

そんなことを考え、ため息をつく。

俺だって本当はリア充してみてえけどさ…

相手がいないし…くそ…


「あー、魔法使いにでも転生してえなあ…」


そんな独り言を呟いたときだった、後ろから衝撃があり気づけば視界は暗転していた。



「ふあああ…って、なんだここは?」


見えるものは周りが真っ白な世界と、中心に椅子が二つある。


「夢か、なるほど…」


あまりにも急な展開に、たぶん夢を見ているのだろうと考えた俺は、周りを見渡す。

といっても、遠くを見ようとしても真っ白な世界の先が見えるわけではないので、結局のところはよくわからない。

夢を見ているのだろうから、いつかは目覚めるのだろうけれど、それにしてもリアルな夢だ。

とりあえず、こうしていても仕方ないし、椅子にでも座るか…

俺は置かれていた椅子に座った。

そしてボーっとするが何も起こらない。


「いや、夢なら何か起こってくれよ…」


ほら夢だったらね、現実ではありえないようなことを見るのが普通じゃん。

できたらほら、魔法使いになった夢とかね!

そんなことを考えていたときだった。


「あら、思ったよりはやくついたのね」

「だ、誰だ?」

「ふふふ、名前は言えないけど、神よ!」

「なるほど、神ねぇ…なるほど夢だな」

「夢だと思う?」

「だって普通に考えてさ、急にこんな場所にきたと思ったら、誰かわからない女性が目の前にきたとくれば夢以外にあり得ないって…」

「本当に?」

「本当に…」


ち、違うというのか?

でも、それ以外でこの状況であり得るとすれば…

あれか、気づかないうちに悪の組織の情報を知ってしまったせいで、こんなどこかわからない場所に監禁されているとか、そういう映像を拘束されて見せられているとかなのか?

わからん…

すると、目の前に先ほど急に出てきた女性は妖艶にほほ笑むと言う。


「あなたは死んだのよ」

「まじですか?」

「ええ、おおマジよ…」

「なんてことだ…」

「どうかしたの?」

「いや、だって今このタイミングで死んでしまったということは、俺は魔法使いになれなかったということですよ!」

「魔法使い?」

「そうです。俺がさっきまで生きていたとされている世界では、三十まで童貞を守りきると、魔法使いになれるという噂があるんだよ。俺はなりたかった…」

「いや、現実でなっている人を見たりしたの?」

「していない。だから俺がなるはずだった、第一号に!」

「そ、そう…相当あなたがおかしな人間だということがわかったわ」

「く…なんという裁き…」


確かに、急にこんな話をされれば困るだろう。

でも考えてほしい、俺だって三十まで守りきるというのは難しいものだったということを…

これまで幾度かの誘惑になんとか打ち勝っているのだからな。

そんなことを考えていると、女性はため息をついてから言葉にする。


「あのね、心の中で思っていても、あなたが何を考えているのかわかるのよ」

「な、なんと」

「だから、まずはこちらの話を聞きなさい」

「く…確かに、それでは聞こう!」

「急に偉そうになるのね。まあいいけど、あなたは、やったね。異世界転生者に選ばれました!」

「まじですか?ということはその異世界とやらで、俺は魔法使いになれるということですね!」

「いえ、あなたにそんな才能はなかったわ」

「こ、殺してくれ…」

「いや、異世界に転生させてやるって言ってるのよ」

「だが、俺は魔法使いになれないのなら、全ての誘惑に耐えてきた意味がないというのに…」

「知らないよ。なんで、そこは素直に喜ばないのよ」

「だって、マホウツカイチガウ…」

「うわ、急にカタコト…まあ、もう話していても面倒くさいから、異世界に送るから!」

「な、何?そういうのは俺の確認をと…」

「えーい!」


俺の意思など関係なく、女性に異世界とやらに送られてしまった俺の視界は、意識は真っ暗になったのだった。



目を覚ますと、そこはどことなく見たことがあるような気がする森の中だった。

といっても、森に囲まれた場所にいるだけで、どこかの遺跡のようだ。

それで俺は理解した。


「く…嫌な夢を見たな。ただ、理由がわかった。俺はさっきまで宇宙人に誘拐されていたんだな。納得した」

【違うわよ】

「うわ、な、なんだ?」

【あ、ちゃんと聞こえてるみたいね】

「の、脳内に直接響いてきやがるだと…」

【ふふふ、こう見えてもそっちの世界に召喚できるだけの力を持つ神だからね】

「ゆ、夢じゃなかっただと…」

【夢じゃないって、言ったでしょ。ま、信じられないというのなら、すぐ近くに小川が流れているから、顔を見てみなさい】


ここは素直に従うべきか?

でも、本当に今の状況が夢かどうかなのかを確かめるためにも必要なことなのかもしれないな。

そう思った俺は、確かに近くに流れる音が聞こえる川に近づいた。

この場所は遺跡があるからか、太陽がしっかりとさしていて、その小川には自分の顔がしっかりと反射していた。

すると、そこには…


「わ、若返ってる⁉」

【ま、そういうことよ。これで異世界に来たってことがわかった?】

「いや、夢じゃないことくらいしかわからないな…」

【それなら水にも触ったりしなさいよ】


そう言われて、恐る恐る川に手を入れた。

水はしっかりと冷えており気持ちよかった。

だから、考えた。

このままこれで顔を洗えば…

すぐに実行に移すために、俺は両手でしっかりと水をすくい、顔にかけた。

ひんやりとした水はしっかりと顔を濡らして、気持ちよかった。


「く、これで目覚めないということは、本当に異世界に来たということか…」

【ま、そういうことよ。これでわかった?】

「異世界に来たということはわかった。それで、俺は何をやればいいんだ?」

【自由にしてって言いたいところだけど、世界を平和にしてほしいわね】

「世界を?」

【ええ…まあ気にしなくても、厄災というべきか、あなたの敵はあなたが拒んでもやってくるわ】

「なんだと…」

【ほら、さっそくお出ましね】


そう脳内で言葉がしたので、周りを見ると、そこには物語でしか見たことがないモンスターがいた。

あれはゴブリンというやつか?

異世界漫画なんかによく登場する見た目に似ている。


「あれを倒せばいいのか?」

【そうよ、ほらぱぱっとやっちゃいなさい】

「任せろ!」


俺は何も考えず、気づいていないゴブリンに殴りかかった。

ただ、殴った感触は痛かった。


「いてーーーーー」

「ギャ?」


ゴブリンは何かあったのかというような顔をしている。

これは俺がダメージを受けただけ、どういうことだ?


「おい、おかしいぞ」

【あれ?あんたに与えられるスキルは肉体強化系のものだったから、そのまま使えるものだと思ったけど、どうやら違ったようね。少し調べるから待ちなさい】

「いや、こっちはお前の言葉を信じて攻撃しちゃったんですけど…ねえ?ゴブリンがこん棒を構えてこっちに殴りかかってきそうなんだけど、聞いてる?」


へ、返事がねえ…

あいつ、本当にスキルとやらを調べているというのか?

というか異世界に転生するくらいで、それも世界を平和にするようなスキルを持っているなら、ゴブリンくらいで苦戦するようなものだとおかしいんじゃないのか?

おいおい…

こちらに近づいてきたゴブリンはこん棒をふりかぶっている。


「ギャギャギャ」

「くそ、逃げるしかねえ」


俺はすぐにその場を後にしようと後ろに飛びのいた。

それによりゴブリンが振ってきたこん棒は空をきる。

あ、あぶねえ…

転生して若返った体じゃなかったら、絶対に今の避けれてねえよ。

って、そんなことを考えている暇じゃねえ。

俺は一目散に後ろに向かって走り出した。

ところが、すぐに木に引っかかってこける。


「いってー…くそ、急にこんな体になったから本来の運動能力と違いすぎるってことか」

「ギャギャ」

「ち、転生しても、結局何もできないのか…」


俺は諦めていた。

だって仕方ないことだからだ。

どの世界でも何も成し遂げることなく死んでしまうのか?

でも、ただでは終われねえ!

なんとかしたかった俺はすぐに近くにきたゴブリンのこん棒の振り下ろしを両手でクロスするようにして防御した。

ゴブリンを殴ったときに痛かったことから、そんなことをしても意味がないはずだった。

ただ、ゴブリンのこん棒はクロスした両手によって防がれていた。


「痛くねえだと…」


俺は恐る恐る目を開けると、しっかりと防いだ手には何かが握られていた。

それは人肌程度に温かく、そしてすべすべとしていた。

何かわからないでいると、また頭にあいつがしゃべりかけてくる。


【ふう、ようやくスキルがわかったわ】

「へえ、それでなんだったんだ?」

【そ、それはね、〝ヘンタイ〟よ】

「えっと、言ってる意味がわからないんだけど?」

【わからないというのなら、手に持っているものを広げてみなさい】


そう言われた俺は手に持っていたものを恐る恐る広げてみた。

そこにあったのは純白の女性用下着だった。


「ま、待ってくれ…状況が理解できないんだが…」

【そうね、とりあえず…かぶりなさい】

「いや、被らないよ。というか、どうしてちょっと温かいんだよ」

【そ、それはさっきまで履いてたやつだからよ】

「な、なんだと…」


じ、自称神が履いていたものを今手に持っているというのか?

意味がわからないが、確かにこれを持っていることで、先ほどよりも力が湧いてきているのは事実だった。

俺はゴブリンのこん棒を弾くと、少し痛みが引いた足で立ち上がり、後ろに少し下がる。

そのとき頭にまた声が響く。


【ほら、はやく被らないと死んじゃうわよ】

「い、いいのか?」

【し、仕方ないでしょ、呼んじゃった人が簡単に死んでしまうのは見てられないもの】

「そうだな。俺もこんなところで死ぬわけにはいかない…くそ、こんなもので力を得たくはなかったが仕方ない。俺に力を貸せ!」


これから起こることに、俺自身もなんとか格好つけたかったから、思いっきり強い道具を使うような口調で下着を広げると、頭にかぶった。

こ、これは…

まだ確かに、少し人肌を感じる。

それに…か、神もいいにおいがするというのか!

力が湧いてくる。


[ヘンタイスキル 肉体強化発動]


頭の中にそんな言葉が響く。

なるほど、本当にスキルが発動したということなのだろう。

先ほどまで怖いと思っていたゴブリンが怖くないと思えるほどには力が湧いていた。

ゴブリンもそれに気づいたのだろう、慌てて襲ってくるが先ほどと違い、動きが遅く感じる。

こ、これがスキルでえた強さだというのか…

俺は振りかぶってがら空きになっていたゴブリンのお腹を殴りつけた。

吹っ飛ぶゴブリン。

戦闘初勝利は、どこかフローラルな香りがしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る