第76話 暫くぶりの帰宅

「やっと帰って来たな……」


 見慣れたリビングを眺め、ホッと息をつく。始まりのダンジョンを攻略していた時間は、そう長いものではない。だけど、精神的疲労は非常に大きかった。

 ソファにぐったりと身を預けて天井を見上げる。疲労感が手足を鉛のように重くしていた。

 美海も同様にソファに凭れていたが、アイはいつもどおりきちんと膝を揃えて座っている。アイに疲労という概念はないのだろうか。

 陽斗は……床に正座。始まりのダンジョンで、美海の前に引きずって来て、土下座させただけでは許されなかったらしい。一緒に転移で帰って来られただけ良かっただろう。


「予想以上に早く終わったよかったね」

「そうだな。もっと何日も行ったり来たりする予定だったし。目的は全て達成できてるんだよな?」

「そうですね。私たちの情報の扱いに制限をかけるのは終えています。魔王の情報に関しては、まだ精査しきれていない分をこれから作業しますね!」

「お願いね、アイちゃん」

「頼むよ。緊急で共有すべき情報はあるか?」

「ん~、後でまとめてで大丈夫です!」


 アイに情報のまとめを頼み、美海と視線を交わす。

 疲れているとはいえ、このダンジョンの管理状況を確認しておかなければならない。ワラドールに任せたままだし。だけど、全員でする必要もないし、休息が必要なのも事実。


「……陽斗、勝手な行動を許してほしい?」

「ほしいです、美海様!」


 陽斗が深々と土下座した。ダンジョンに置いて行かれそうになったことで、重々反省しているらしい。ならば、罰として仕事を任せるのもいいだろう。

 意見を乞うように視線を向けてきた美海に頷く。


「……じゃあ、不在時のダンジョン管理についての情報を、ワラドールと共有しておいて。何か問題があるようなら、陽斗の判断で対策を練るか、後から皆で対策会議。その判断もお願いね」

「……了解しました」


 悄然と頷く陽斗を見て、美海も僕もにっこり。これで心置きなく休息をとれる。

 ソファから立ち上がりながら、ふとアイに視線を向けた。既にアカシックレコードに接続して情報の精査を開始しているのか、目を瞑って静止している。

 アイも適宜休息をとるようにと言いたかったが、この状態では聞こえないだろう。暫し考えて、メモ用紙を手元に引き寄せた。


「作業がひと段落したら、休憩するように……っと」

「ああ、アイちゃんにも休んでもらわないとね。本人は問題ないと言いそうだけど」


 僕のメモを目にした美海が苦笑する。アイがそういう姿が目に浮かぶようで、僕も苦笑した。


「飯とかは休憩の後作る。一応魔力収納から、いくつか冷蔵庫に移しとくから、どうしても腹減ったらそれ食べて」

「おお! マジか! 俺、腹減ってたんだよ!」

「……私はいらないかも。とにかく寝たいわ」


 美海がいる限り正座を続けるつもりなのか、陽斗が床に座りながらも歓喜の声を上げた。それを呆れた目で見てから、美海がリビングを出ていく。僕も、食料補給を終わらせるべく動き出した。



 ◇◆◇



「休息は十分とれましたね? ……それでは、報告会の開始です~!」

 ――ドンドン、パフパフ!

「いぇい~!」


 満面の笑みで太鼓を叩き、ラッパを吹くアイに、陽斗がいつものように合わせて盛り上げる。僕も美海も、このノリにどうしても適応できなくて苦笑するだけだ。


「まずは陽斗さん、どうぞ!」

「よっし! 俺は皆が休んでる間に、ちょー頑張ったぜ! ワラドールとの話の結果のまとめは……これだ!」


 無駄にテンションが高い陽斗が、持ち運び用ディスプレイを示す。まさかのパワーポイントを使ったみたいな資料が作ってあった。


「なんか、凄く無駄な作業してない?」

「口頭での報告で十分だよな……って、これなんだ?」

「ふっふっふっ、よくぞ気づいた! これが共有したい、問題点だ!」


 もったいぶった口調で陽斗が説明を始める。このダンジョンを離れていたのは、そう長い時間ではなかったが、問題は生じていたらしい。

 城から更なる戦力が追加されたこと。人海戦術でダンジョンの攻略が進んでいること。駐屯地の指示役、王子の側近が何か企んでいるらしいこと。


「結構大事じゃないか……」

「えぇ。これ、後回しにしていい問題じゃないよね」

「だから、皆が起きてくるの待ってたんだろ? 俺一人じゃ、対応できねぇ!」


 あまりに開き直った態度だが、言いたいことは分かる。僕だって一人で対応しろと言われたら、途方に暮れていただろう。


「なるほど、そんなことになっていたのですね……。魔王に関する情報の収集に集中し過ぎました。そちらの情報も収集しておきます」


 アイが悄然と項垂れた。思わず美海と顔を見合わせて肩をすくめてしまう。

 どう考えても、アイに落ち度は全くない。魔王に関する情報の収集を頼んだのは僕たちなのだし、全てを一人で滞りなく進めろと要求するには無理がある。


「まあ、既に僕たちの情報について問題がなくなってるんだから、極論で言えば、この世界の連中のこと全部放置して日本に帰っちゃってもいいしな」

「そうよね。魔力の貯まり具合がちょっと微妙だけど、数日集中的に蓄積させたら問題ないでしょ」

「放置プレイだな!」

「……なんか違う」


 変なことを言いだす陽斗を軽く睨んでから、アイに微笑む。


「ダンジョンが完全攻略されるまでにはまだ時間がかかりそうだし、ぼちぼち情報収集頼むな」

「はい、もちろんです!」


 アイが真剣な表情で請け負ったのを確認してから、陽斗に追加の報告がないか聞く。どうやら、それ以外は特に問題はないようだ。


「では、私の報告ですね! 優弥さんたちの情報は全てこの世界からの流出制限を掛けた上に、そもそもアカシックレコード上で秘匿扱いにしています。私たちと同様に【レコードキー】を手に入れて情報を探ろうとしたら、秘匿事項も見られてしまうかもしれませんが、この世界からの流出制限はより強固な仕組みなので、解除されることはほぼないかと」

「うん、それはいい報告だな」


 アイの報告で、それぞれ安堵の息をついた。転移で日本に帰っても、余計な干渉をされないということだから。始まりのダンジョンの攻略の主目的は達成した形だ。


「魔王についての情報ですが……実に意外なことが分かりました」

「意外?」


 複雑そうな表情のアイに首を傾げる。何を言おうとしているのか、まるで分からなかった。

 不思議そうにする僕たちに、アイが視線を巡らせる。


「魔王は、恐らく……過去の勇者です」

「……は?」


 アイが何を言ったのか一瞬分からなかった。

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