第74話 意外な宝箱と鍵

 ピンクの光が辺りを満たしている。頭が狂いそうだ。


「……着いたけど、今すぐ帰りたい」

「右に同じ」

「頭いてぇ光景だなぁ……」


 惑星みたいに太陽の光を反射して光っているのではなく、見える光点全てが光を放っているらしい。

 辿り着いたのは巨大な球体の岩だ。その岩からピンク色の光が放たれている光景は、常識外れで理解しがたい。

 岩肌に足をつけて体を安定させ、ピンクの光で全身を染められながら目を細めた。そうしていても光が目を射して痛いくらいなのだから、その強さは相当だ。

 岩肌を歩きながら周囲を見渡す。


「確かに人体に悪影響が出そうな光ですよねぇ。早く帰りたいところですが……あ、あれです! 宝箱!」

「おっ……おお?」


 歓喜の声を上げかけたが、アイが指す物を見て疑問符がついた。

 アイは宝箱と言ったが、どう見ても小さめな石塔に見える。少なくとも箱ではない。


「あれ、石灯籠じゃない?」

「石灯籠? あ、光が灯るってことか?」

「もう光は要らねぇよ……」


 口々に感想を漏らしながら、石灯籠に近づく。

 上部は籠のように穴が開いていて、よく見るとその内部にろうそくのようなものがあった。

 だが、その他には何もなく、【レコードキー】をどうやって得るのか疑問が残る。


「陽斗さんか美海さん、そのろうそくに火を点けてください!」

「あ、やっぱりこれに火を点けるのね……」

「美海……頼む……俺、もう目が限界……」

「もっと頑張りなさいよ」


 陽斗が目を瞑っていた。ピンクの光に耐えられなくなったらしい。

 僕も目を瞑ってもいいだろうかと思いながら美海に視線を向けると、『優弥も逃げるつもり……?』という目で見られた。


「美海さん、早く早く!」

「ちょ、そんな急かさなくても……。分かったわよ。皆、目を閉じる準備はいい?」

「俺はもう閉じてる」

「知ってる。僕もオッケー」

「……目を閉じる?」


 ろうそくに火を点けたら、更に眩しくなるパターンだろうと思って、覚悟を決める僕たちと違い、アイが首を傾げていた。それは気になったが、美海が指先を石灯籠に向けたのを見て目を閉じる。


「いくわよ。――【点灯】!」


 瞼を赤く染めていた光が、一瞬にして消え失せた。いきなり真っ暗になったことに驚き、パニックになる。だが、目を開ければいいのだと気づいて、恐る恐る瞼を上げた。


「……は? 光は……?」


 辺りに満ちていたピンクの光が消え失せ、石灯籠に小さな光が灯っていた。


「石灯籠に光を灯したら、この地から放たれる光はなくなるんですよ。……説明してなかったですか?」

「してねぇな!」


 首を傾げるアイに、陽斗が瞬時に叫んだ。僕も陽斗に完全に同意だ。

 そうと分かっていれば、覚悟を決める必要なんかなかったのに。だが、アイの様子を見て、きちんと説明を求めなかったのも悪かったのだろう。


「……とりあえず、火は点いたけど、この後どうするの?」


 アイに怒るのも無駄に感じたのか、美海が話を進めた。僕もそれが気になっていたので、頷きながらアイに視線を向ける。


「たぶん、もうすぐ現れると思うのですが――」


 アイが答える声に被さるように、どこからか重低音が聞こえてきた。同時に岩肌が震える感覚が足から伝わってくる。


「来ましたよ!」

「結構揺れてるけど、大丈夫なんだよな?」

「大丈夫です。……あっ、見えました!」


 アイが指差す先で、石灯籠の土台部分に穴が開いていた。ろうそくの光が内側から穴に届いているのか、ほのかな光が放たれている。

 穴の中を確認するため、四人で顔を寄せて覗き込んだ。


「これを宝箱とは認識しがたいけど、確かに開いたし、なんか入ってたな」

「でも、これが【レコードキー】……?」

「予想の斜め上をいったぜ。ウケる」


 全然笑っていない陽斗の感想を最後に、全員の口が閉ざされる。

 本当にこれが【レコードキー】なのかと疑ってしまうほど、穴の中に鎮座しているのは予想外な見た目だった。

 一般的に想像するような金属製の鍵ではなく、カードタイプの物に見える。確かに日本ではカードタイプの鍵も、ホテルなんかでは多用されているが、普段の生活の中で見ることはそう多くない。

 だが、アイがこれを【レコードキー】と呼んだのだ。ならば間違いないのだろうし、早く入手して目的を果たさなくてはならない。


「……誰が取る?」

「手に取った瞬間から使用者が決まるので、私が」


 僕の問いかけを受けたアイが手を伸ばすのを見守った。何か特別な現象でも起きるのではないかと思ったが、何も起きずに【レコードキー】がアイの手に乗る。


「それで? どう使えんだよ?」

「まあ、そう急かさないでくださいよ」


 この先の展開はアイしか把握していない。だから、陽斗が説明を急かすのも仕方ないのだが、アイは含みのある笑みを浮かべて石灯籠に向き合い目を閉じた。

 これから何が起こるか分からず、陽斗たちと視線を交わす。集中しているアイに質問を重ねることはできず、沈黙を保つしかなかった。


 アイの様子を静かに見守ること数分。静かだったからこそ気づいた。足に触れる岩肌が震え続けていたことに。そして、その震えが大きくなって、鈍い音が放たれていることに。


「――なんかっ……!」


 警戒のために注意を呼び掛けようと開いた口は、不意に下から突き上げるような衝撃を受けて閉じた。

 何かが、来る――!?


「うおっ!? 地震か!?」

「っ……あれっ!」

「なんだ、あれ!?」


 状況の変化に混乱しながら、美海が指す方を見ると、岩肌に亀裂が走っていた。それは瞬く間に範囲を広げ、亀裂の周囲が陥没していく。

 僕たちは凄まじい揺れに、体を安定させるのに精一杯で、対処を考えるどころではなかった。


「――そろそろ大丈夫ですよ」


 アイがそう言ったのは、お互いを支え合う手をようやく離せるようになった頃。

 スタスタと歩くアイの後ろ姿に、思わず三人で顔を見合わせてからついていった。


「これは……階段?」


 亀裂の近くまで来て、ようやく全容が把握できた。

 亀裂の端から階段がのび、岩の内部へと続いている。美海がすかさず放った光で見ても、階段の奥に何があるかは窺えない。


「さあ、行きましょう!」


 満面の笑みで宣言するアイに手を引かれ、強制的に階段に足を掛けることになった。

 アイがこう言っているなら危険はないのだろうが、ひとまず説明がほしいと思うのは過ぎた望みだろうか。


「分かったから……アイ、説明!」

「そうよ! さすがに説明なしじゃ困るわ」

「ってか、こうなる前に説明してほしかったけどな!」


 ついて行きながらも口々に訴える僕たちを見て、アイはようやく説明不足を悟ったらしい。

 申し訳なさそうな顔で肩を落とした。


「……あまり言いすぎたら面白くないかなぁと思ったのですが」

「む……それは確かに」

「面白さを追求しなくていいんだよ!」

「陽斗もなんで納得してるのよ!」


 アイに同意を示した陽斗に、美海の喝が飛んだ。

 なんだかアイが陽斗に毒されてきているようで、頭が痛い。僕のAIなのだから、そっちに適応する必要はないんだが……。

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