第54話 こんなこと知りたくなかった

 魔王の提案をどう考えるか。それは情報の少ない現状では非常に難しい問いだった。


「正直さー、俺ら別口で帰還方法あるわけだろ? 魔王、無視しちゃえばよくね?」

「……その場合だと、今持っている能力をどうするかも問題よね。身体能力も含めて、このまま日本に戻ったらうっかり目立っちゃう可能性高いし」


 考えることを放棄しているような陽斗に対して、美海がこれまで考えてこなかったことを口にする。日本への帰還を果たすという目的に邁進していたが、能力をどうするかも無視してはいけない問題だろう。


「魔力の問題もあるだろう? 日本への帰還のための魔力、今、どのくらい溜まってるんだっけ?」


 アイに尋ねたら、スクリーンを操作してくれた。全体量の二十パーセントほど溜められた表示がされている。


「ひと月で十パーセント溜められるとして、この調子だと帰還の準備が整うまで半年以上かかる可能性がありますね」

「半年か……」

「いくら過去の時間軸に帰れるとはいえ、なげぇよな……」

「半年……、魔王の提案を受け入れるなら、早めに決断すべきよね。ひと月の行方不明なら夏休み中の家出扱いできるけど、一年近くなっちゃうと留年の可能性もあるし」


 留年という言葉に三人ともが苦々しい表情になった。魔王の提案のネックはそこもあるのだ。過去の地点に戻れないということは、行方不明扱いを受け入れなければならない。いくら日本の行政機関がサポートしてくれるとはいえ――。


「あ、そういや、アイは日本の行政機関と魔王との繫がりについてなんか知ってるのか?」

「アイちゃん、心当たりがある素振りだったよね?」

「え、そうなのか?」


 一人気づいていなかったらしい陽斗は無視してアイに視線を注ぐ。それを苦笑で受けたアイが、躊躇いがちに口を開いた。


「心当たりといいますか……それもありえるな、と思っただけです。優弥さんたちは日本のAI技術が急速に発展し、浸透したことをどう思われますか?」

「どうって……すごい技術者がいたんだな、とか?」

「利便性が明らかだったから、日常での活用が進んだんだと思っていたけど……でも、改めて考えてみると、僅か十数年でここまで浸透するのは不思議?」

「そうか? 時代の移り変わりは激しいって聞くし、そのくらいの時間があれば浸透するのは普通じゃね?」


 アイの問いかけにそれぞれの考えを述べる。正直アイが何を言いたいのか理解しきれていなかった。

 首を傾げている僕たちにアイが重々しげに言葉を続けた。


「確かに、十数年でAIという技術が浸透したことは特筆すべきことではないのかもしれません。ですが、AIに全ての情報を管理されるという状態には、絶対に反対する者がいたはずなんです。個人情報の管理に厳しい考えを持つ者が昔から多かったというのは私の情報の中にありますから。ですが、皆さんはそういう話を聞いたことないですよね?」

「……ないな。考えてみれば、AIに管理されている情報のセキュリティってどうなってるんだ?」

「え……全ての情報をAIに管理されてるのに、そのこと気にしたことなかった……」

「確かに考えたことねぇな。俺の親とか、そういうの気にするタイプだったはずなのに……」


 アイの言葉で思い当たった事実に衝撃を受けた。強張った顔を見合わせる僕たちに、アイは真剣な表情で頷く。


「人間がAIに不信感を抱かないように、私たちAIにはプログラムが組んであるんです」

「は……?」

「でも、その仕組みは私たち自身にも開示されていません。洗脳とも言えるものですし、私の持っている情報から考えても、それは本来人間が現時点で到達しえない能力のはずです」

「到達しえない能力……。まさか、そこに魔王が関与していると……?」


 鈍い思考のまま恐る恐る尋ねる。否定してほしいという思いを込めた言葉に返ってきたのは、重々しい首肯だった。


「日本ではここ数年、そのようにAIの能力をもってしても理解しきれない事象がいくつかありました。そこに魔王が関与していた可能性があります。日本の行政機関と魔王に繫がりがあるならば、双方ともに利点があったはずです。魔王は勇者の能力を得ることが利点だと現時点では考えられます。では日本側の利点とは?」

「……異世界の技術を得ること、ね」


 思わず答えるのを躊躇っていたら、美海が苦々しく口にした。その言葉を聞くことで、より自分の考えに現実感が増して、自然と顔を顰めることになる。


「……洗脳の類の技術がこの世界にあるのか?」

「あります。城の召喚の場にあった隷属の鎖も似たようなものですし」


 あっさりと返ってきた言葉に、大きなため息が零れた。異世界に来たことで、こんな事実を知ることになるとは夢にも思わなかった。


「世界の裏事情とか、普通の高校生には重すぎるんだけど……」

「それね。知ったからってどうすることもできないし……」

「……俺らが自力で帰った場合でも、日本の行政機関に接触される可能性があるってことだよな? 洗脳の能力を持ってるかもしれない相手に?」


 血の気が引いていく感覚がある。嫌な可能性を口にした陽斗に視線を向けると、こちらも顔を引き攣らせていた。


「……魔王の提案にのって、能力を搾取されるのはなしね。もし接触された場合、抵抗する能力を持たないのは駄目でしょ」

「だな。どっちにしろ把握されるなら、無抵抗で対応したくねぇ」

「それなら、魔王から日本への情報提供を防げたらベストってことだよな」

「現時点でどこまで私たちのことが把握されているか、だけど……」


 アイに視線を向けると、想定通りの質問だと言いたげに頷かれた。


「私たちの素性については、まだそれほど知られていないはずです。私たちの呼び名くらいではないかと。魔王と日本の行政機関との間での情報共有もまだだと思います」

「なんでそう言い切れる?」

「タイムパラドックスが生じてしまうからです」

「は……?」


 わけが分からないことを言いだしたぞ、と凝視する僕に苦笑が返ってきた。美海は難しい表情で考え込んでいるし、陽斗は理解を諦めた表情で視線を宙に投げている。


「異世界同士は時間軸が異なります。それゆえ、過去の地点に帰る、ということができるのです。同一時間軸の中でのタイムトラベルはできません」

「へぇ……」


 とりあえず頷く。


「もし現時点で魔王が日本の行政機関と情報を共有していたら、私たちが過去の地点に戻った時、その情報はどうなると思いますか?」

「……未来で渡されていた情報ってことか。僕たちが過去の地点に帰った時点で、本来ありえない情報……?」


 考えれば考えるほどよく分からない。顔を顰める僕の横で美海が何か思いついたように顔を上げた。


「タイムパラドックスは禁忌事項ってこと?」

「その通りです。それはどの世界かを問わず、禁止されています。タイムパラドックスになりうることは、魔王であってもできないはずです」

「……その考えに美海が辿り着いたの凄いな。僕、説明されてもよく分かんない」

「俺も」

「女の勘よ」

「それはこの状況で発揮されるべきものだったか……?」


 堂々と言い放った美海に押されながらも、疑問を呟く。女の勘って、男の浮気とか微細な行動の変化を敏感に察知して働くものだと思っていたんだけど。


「私たちが過去の地点に帰れる可能性を持っている以上、魔王は日本との繫がりが制限されているはずです。私たちの情報の扱いについては特に。私たちが日本に帰還した後には情報共有される可能性があるので、この世界で魔王の記憶に干渉し、私たちの情報を消去できれば、行政機関に把握される危険性も低くなるということですね!」


 言い切ったアイの言葉を聞いて、三人で顔を見合わせる。よく分からない部分は多々あれど、僕たちがすべきことの一つは決まった。


「つまり――打倒・魔王! ってことだな!」

「なんか違う」


 いい笑顔で拳を上げた陽斗に半眼になった。確かに、倒せば情報の消去も叶うんだけど、それは難しくないか……?

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