元勇者は秘めたる想いを口にしない

元勇者は秘めたる想いを口にしない

 晴れ渡る蒼穹が目に眩しく、空いた手で影を作り目を細める。

 温かな風にはためく洗濯物を眺めながら、やり終えたとばかりに息を吐くと、足元で眠っていた漆黒の獣がのそりと起き上がり、家の方へと歩いていった。

 その様子を目で追いながら、ナツキは小さく微笑むと洗濯籠を抱え直して後に続く。

 随分と、この世界に染まってしまったものだ。







 * * * *






 森を抜け、平原を渡った先にある切り立った丘の上、見晴らしのいい場所にぽつんと建つ木造の一軒家があった。

 独りで暮らすには大きすぎるそれは、ナツキが王国より賜った報奨だ。

 実りの良さそうな平原が広がる大地は、緑豊かでありながら住む者は彼女しかしない。

 この平原にたどり着くには、魔物蔓延る鬱蒼とした樹海を越えなければならず、たとえ腕の立つ冒険者であっても容易に踏み込むことができない魔境だからだ。

 彼女自身が施した強固な結界も相まって、魔物以外の悪意のある者はたちまち森の外へとはじき出されるという、ほとんど外の世界と隔絶された場所となってしまっている。

 

 ナツキがこの土地に居を構えたのは十年前。

 きっかけはそれよりも更に三年も前に、この世界から一人の命が失われたことだ。


 このアストリアスの神であった愛の女神サーナが、自ら愛を知りたいが為に、密かに非力な人間として俗世に降り立ったのがすべての始まりだった。

 彼女は旅の果てに、己を守り、慈しみ、共に歩んでくれる伴侶を得た。それは誠実でいて見目麗しい人族の青年だった。

 子を成し家族となってから穏やかな時を過ごしていた二人に、ある日突然災いが訪れる。

 サーナに恋をしていた別の男が、身勝手な想いのあまりサーナの恋人と子供を無残に殺したのだ。

 サーナ自身もまた、不意を突かれたことと非力な人の身であったことが災いし、その男に身体を欲望のままに貪られ、穢された。

 愛する者を目の前で踏み躙られた挙句に奪われ、愛する者にだけ捧げた身体を穢された女神は、嘆き悲しみ、愛を深い憎しみへと変えた。

 正気を失ったサーナは、汚れた人の身を捨てて魔に身を落とし、魔王と呼ばれるようになった。


 その日の内に、一つの人族の国が滅ぼされる。

 たった一人が暴走したことにより引き起こされた厄災。それは瞬く間に世界を覆い、破滅の悲鳴で満たしていく。

 サーナの強大な力によって、大地は瞬く間に枯れ、水は濁り、人々の心は次第に疲弊して荒んでいった。

 憎しみから生み出した魔の者たちをあちこちに放ち、手駒を用いて火種を作ると、様々な人種が入り乱れての大戦にまで発展させていく。

 そうして恨みと憎しみの負の連鎖が断ち切れぬまま、アストリアスは滅亡へと足を進めていった。




 崩壊の始まりから二年。


 アストリアスの危機に、国の一つであるオーランシアが藁にも縋る思いで手を出したのは、遥か昔に神々から賜った召喚術。国中の民から吸い上げた魔力を使い、異なる世界から絶対的強者である【神子】を召喚するという、大規模な儀式魔術であった。

 けれども、その非人道的ともいえる術を国の魔術師たちが血を吐くような努力で改良し、王自らが持つ膨大な魔力を極限までつぎ込むことにより、民の負担を最小限に留めることに成功する。

 そうして理不尽にも一人の少女を故郷から切り離し、この世界へと召喚したのだ。


 それが、ナツキであった。




 召喚の間から謁見の間に連れてこられたナツキはオーランシア国のアルムフェルト王によって、この世界に一体何が起きているのか、そして女神を狂わせた原因を聞くことになる。

 彼は包み隠さず正直に語り、周囲が止めるのも聞かずに立ち上がるとナツキに頭を下げ、助力を求めた。


「この世界の人間ではないそなたに、このようなことを背負わせるのは間違っているのだと、我々も理解している。けれど、この世界の人間では神を打ち取るどころか、触れることさえ叶わないのだ。だから異なる世界の理を持つ者を喚んだ。そなたからすれば、我々は元の世界から切り離した憎き敵であろう。しかし、それでも……そなたの力で、どうか女神を悲しみから解き放ってほしい。どうか……頼む」


 こんなどこにでも居るような女に一体何ができるのか、何が何やらといった風なナツキは、口に出さないまでも、自身の置かれている状況に困惑を隠せなかったが、アルムフェルトの真摯な態度に加え、元の世界での生への薄さによって、早くも協力の意思を固め始めていた。


「王よ、発言の許可を頂けますでしょうか」


「許す」


「では正直に申し上げます。……ここに喚ばれたのが私でよかった」


「……それは、どういう」


「これが他の人間ならばとっくに発狂しててもおかしくないからです。価値観も倫理観も違う世界にいきなり放られて、まるで知らない世界を一気に託されるなんて、気をおかしくしない人の方がおかしいとは思いませんか?」


「それは、そうだな。己の身になって考えてみるまでもない……本当に、すまない」


「いえ……どうやら私は数少ない【おかしな部類】に入るようで……今の状況を少しだけ楽しんでいたりもするのです。元々、あの世界に未練などないからかもしれませんが」


「元の世界に未練がない?」


「あなたは薄情だと思われますか? 元居た世界を大切に思わず、この状況楽しむような人間は、この世界を救うに値しない悪い者だと、そう思われますか?」


 ナツキは闇よりも深い黒い瞳でアルムフェルトを射抜くように見つめる。それはまるで彼自身がどんな人物であるかを見定めるような強い眼差し。

 あどけなさが残る容貌には相応しくない威圧的な空気がナツキを包み、謁見の間に集まる貴族や騎士たちが空気に当てられゴクリと唾を飲む。

 アルムフェルトは意思の込められた視線を真っ向から受けとめると、少しの沈黙の後にこう答えた。


「わからぬ」


「えっ?」


 アルムフェルトの答えは実に端的だった。予想外の答えだったのか、ナツキはポカンと口を開けたまま気の抜けた声を出す。


「ナツキ、そなたの為人がまだわからない以上、今そなたの言葉を聞いても、水面をなぞるようなものよ。一目でその者の本質を見抜くことなど容易なことではない。こうして語らい、目を交わしてようやく僅かに見えるだけ。しかし……私はそなたを信じてみたいと思うのだ。私が持てるすべてを注ぎ込んで発動させた術、それで召喚されたそなたが悪しきものであるはずがないと……そう、私自身が信じてみたい」


 静けさに包まれた謁見の間にアルムフェルトの穏やかな声だけが響く。

 ナツキはアルムフェルトの言葉を聞いてほんのりと頬を赤らめると、少しだけ困ったような、嬉しいような何とも言えない顔をしてから小さく息を吐いた。


「……あなたは、とても優しいお方なのですね。どんな者であっても心を砕く……私の世界でもあなたのような方がいたらよかったのに」


 眉を下げながら自嘲気味に語るナツキは、少女とは呼べないほど達観したような表情をする。


「そなたは……世界を嫌っていたのか?」


「どうでしょう。嫌っていたというよりは、私が世界から嫌われていたと言った方がいいかもしれません。あの世界では私だけが異物でしたから。でもここに来た時……不思議と異物感が取れてしっくりきたんです。もしかしたら……私の本当の故郷は、ここだったのかもしれませんね。だから喚ばれたのかも」


 そう言いながら先ほどとは打って変わって緊張の欠片もなく笑うナツキに、アムルフェルトは呆気にとられながらも、つられて笑みを浮かべる。

 外見にそぐわないほど口が回る少女が、ここに来て初めて見せた年相応の笑顔。

 彼女の言葉が本当であるなら、これはただの召喚などではなく、彼女にとって魂の故郷への帰還だったのかもしれないが、だからと言ってナツキが手加減するわけもなく、一国の王を相手にひるむことなく次々と条件を提示していく。


「私にあなた方が求める力が本当にあるのなら、協力しましょう。ただし、条件があります」


「条件……それは?」


「女神を救うまでの衣食住の確保と、女神を救った後にどんな国にも属さないような土地に家を、無いのであれば、この国の中にそういった土地を作って私に下さい。後はある程度の金を。爵位や婚姻などを強制せず、一個人として人生を送れるようにして頂きたい」


 彼女の主張に、アルムフェルト以外の重鎮たちがザワリとどよめく。

 まさか喚び寄せた幼い駒が主義主張を貫くなどとは思っていなかったのだろう。あわよくば幼さに漬け込んで傀儡としようとしていたのかもしれない。

 アルムフェルトは、ナツキの言葉に苦い顔をするでもなく、顎に手を当てながら小さく唸る。


「どの国に属さない土地に婚姻の自由、爵位はいらぬ……か」


「私にとって爵位や地位の高い方との婚姻は魅力とは思えない。むしろ枷になるでしょう。神と対峙するような力ある者が、国一つに取りこまれることは新たな火種になるし、女神の件が片付いた後も、他国との新たな戦争に借り出されるようなこともあるかもしれない」


「そのようなことは―――」


「あなたが王であっても、けして無いとはいい切れないでしょう? 最悪そんなことになったら、私は間違いなく見限って、あなた達の言う力を使い国を滅ぼすでしょう。話をしている限り、あなたはそういう野心に燃えるような方ではないようですし、大丈夫かなとは思ってるんですがね。それでも……それくらい慎重な方がお互いの為だと、私はそう思います」


「強大な力を国に取り込むことは、他国との輪を崩し、逆に厄災を招く。そう言いたいのだな」


「えぇ。今の時点で私にそれだけの価値があるかどうかはまだわかりませんが、あなた方の事情で喚び出された以上、先に条件を提示するくらいは許していただきたいですね」


 美しい顔に穏やかな微笑を浮かべながらも、口にした言葉はまるで周囲を煽るようにも聞こえる。

 現にアルムフェルトを囲む騎士たちは剣に手を添えているし、貴族や文官たちは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 この場ではアルムフェルトとナツキだけが笑顔だった。


「皆、控えよ。……王を躊躇いなく強請ゆするか。面白い」


「他の世界から来た者にいきなり礼を尽くされても怖いでしょう?裏があるかもと思われるよりはいつも通り接した方が印象もいいでしょうし。それに、不敬だと言って切り捨てるのであれば切り捨てても構いません。……できるなら、の話ですが」


 そう言って挑戦的な視線を送るナツキに、周囲は我慢できないとばかりにいきり立ち騒ぎたてるが、アムルフェルトは面白いと声に出して笑い、周囲の者達をギョッとさせた。


「はははっ!聡明なのかよほどの馬鹿なのか。……そうだな。切り捨てるなどありえん!この私がどれほど苦労してそなたを喚んだと思っている。……安心しろ、条件はきっちり守る。そなたを喚び寄せた責任はしっかりと果たそう」


「では私も、この身に宿る力を使い、狂った女神を救いましょう」




 アルムフェルトとナツキは互いにニヤリと黒い笑みを浮かべると、それぞれ制約書に筆を滑らせる。

 条件が破られないように特殊な紙に特殊なインクを使った制約書を作らせたナツキは、それからすぐに国の指導の元でこの世界の魔術を学び、兵士たちと共に武器を手にした。


 前線に出始めると、血で血を洗う魔の者との戦いの日々が続く。

 単身、風のように敵の元に乗り込んでは躊躇いなく殲滅していくナツキの姿はまさに絶対的強者であり、仲間の兵士たちからは崇められ、魔の者達に乗じて攻め込もうと躍起になっていた他国の者からは大いに恐れられた。


 成人していないような少女にしてはあまりにも死に慣れている様子に、アルムフェルトが話の折になんとはなしに聞いてみると、ナツキはあっけらかんとこう答えた。


『あぁ……私、元の世界では、こういう世界でいうところの勇者やってたんです。だから言ったでしょう? あっちでは【異物】だったって。……喚ばれたのが私で本当に良かったですねぇ。これが一般人ならとっくの昔に死んでるところですよ』


 家族が居て友人が居てという話を聞いていたことから、てっきり穏やかな環境でぬくぬくと育っているものかと思っていたアルムフェルトだが、彼女の口から零れたのはよりにもよって勇者と言うお伽噺の中の存在。アルムフェルトはたいしたことないと笑うナツキに、驚きを通り越して心底呆れてしまった。


 そうして戦い続けて一年が過ぎ、ようやく悲しみに狂った女神の元までたどり着いたところで、ナツキは物理でもって女神と話し合った。最後には女神の美しい顔かんばせを容赦なくぶっ叩いて魔を浄化し、正気に戻した上でじっくりと諭してから天界へと送り返すことに成功した。


 彼女を狂わせた原因は一番先に彼女の手によって始末され、これ以上世界を潰していも意味がない。

 そんなことをし続けるよりも、天界にいるだろう大切な人たちの元へと帰った方がよほど有意義だと懇々と語って聞かせると、女神は涙ながらに天へと昇り消えていった。

 女神が狂気から逃れ地上を去ったことにより、魔の者は一気に消滅し、操られていた魔物たちも各地へ散っていった。

 次第に枯れていた大地も芽吹き始め、水は元の美しさを取り戻して戦の傷跡も薄れてくと、人々は少しずつ平和に向かって歩みを進めていった。


 一方、成すべきことを終えたナツキは、制約書の通りにオーランシア内の魔境と呼ばれる土地を貰い、そこに家を建てて土地全体に強固な結界を張ってから早々に隠居生活を始めた。

 国の介入を許さない土地で独りきり、悠々自適の自給自足生活を大いに楽しむことにしたのだ。


 しかし、そんな生活もすぐに終わる。






 * * * *





「ナツキよ、そろそろ昼飯の時間だぞ」


 ナツキよりも二回りほど大きな身体を持つ狼が、漆黒の体毛を靡かせながら鼻息を荒げてそう言った。

 そんな狼を微笑ましく思いつつも優しく鼻筋撫でると、それだけでひどく満足そうに唸りを上げる。

 ナツキは小さく笑みを零し、洗濯籠を改めて持ち直して、家の方へと歩き出した。


「はいはい、わかってますよ。っていうかいつまで居るんですか、アル。あなた、執務はどうしたんです?」


「そんなもの、とっくに終わらせてあるわ」


 どうだと言わんばかりにグイと仰け反る狼は大層可愛らしく、ナツキは思わず心の中で悶える。

 中身が【アレ】でなければなおのこといいのだが、この芸術なまでに美しい体躯に文句などつけようもなく、ついつい手を伸ばしてはもふもふとした上質な毛の心地よさを堪能してしまう。

 あちこち撫でられては尻尾を振り回している人懐っこい黒狼が、まさかオーランシア国王であるアルムフェルト本人であるなどと、一体誰が思うだろうか。


 女神を救い終えたナツキがこの家に移住してから、アルムフェルトは王族の避難経路のひとつとして、この家と城を転送陣で繋いでもらえるようにナツキに頼んだ。

 確かに一騎当千のナツキが居て、尚且つ魔の森と切り立った崖に挟まれたこの家は、世界のどこよりも安全である。

 ナツキはアルムフェルトの熱意ある説得に押され、渋々転送陣を繋ぎ、王族のみが通れるように細工を施した。

 それからと言うものの、彼は周囲の目を盗んでは度々この家にやってきて、他愛もない話をしては去っていく。

 次第に飯を強請ねだるようになり、挙句に昼寝スポットとして使うようになる始末。

 始めの内は追い返していたナツキも、彼女が動物好きであり、獣化した姿にめっぽう弱いと知ってからは、あざとくも愛らしい狼の姿で彼女にすり寄るようになり……

 今では半ば諦めて、こうして苦言を呈すのみとなってしまっている。


「まったくもう。ご飯食べたら帰って下さいよ。元々は緊急時に逃げ込めるようにしただけであって、私的に利用させる為に城とこことを転送陣で繋いだわけじゃないんですから」


「……わかっておる」


「わかってないから毎度懲りずにここに来るんでしょうに……」


 ナツキがふぅとため息を吐きながらそう言うと、アルムフェルトは身体を青年の姿へと形を変える。そしてナツキの腰に手を回して彼女の身体を優しく抱き締めた。

 スンスンと鼻を鳴らした彼が機嫌良さそうにナツキの首元に頬を寄せると、首元にかかる吐息がこそばゆく、ナツキの頬が思わず熱くなる。

 とっさに腰に回されていた手を指で抓って引き剥がすと、ジトリとした視線をアルムフェルトへと向けた。


「くすぐったい。セクハラ禁止」


「せくはらなどではない。ナツキの匂いを嗅いでいただけだ」


「なおさらタチが悪い。……はぁ、もういつからこんなネジが外れたような人になったんだろう……初めて会った時は誠実でかっこいい人だなぁとか思ったのに」


 小声でブツブツとぼやいた言葉を、狼の耳はしっかりととらえていたようで、アルムフェルトはニヤリと不敵な笑みを作ると、ゴツリとした無骨な指をナツキの頬へと滑らせる。


「ほう、そのようなことを思っていたのか。よし、結婚しよう」


 頬をスルリと撫でる感触と、蕩けるような甘い視線を送る紺碧の瞳に一瞬意識を取られていたナツキは、すぐに我に返ってアルムフェルトの手を弾く。


「……するわけないでしょう。何度も言いますけど、条件を忘れたんですか? アルが今の立場に居る限り、そんなことはありえません。私はここでのんびり暮らしたり、たまに世界を見て回ったりしたいんです。せっかく元の世界での勇者なんて馬鹿みたいな仕事から解放されたんだから、自由気ままに過ごしたいんです!」


 家の扉に手をかけて室内に入りながらそう言うと、アルムフェルトは頭からひょこりと覗いている耳をペタリと下げて寂しそうな顔をする。


「うむ……そうなると、あれだな。あれから十年だし、そろそろ王位を退いても……」


「アル……あなた自分がまだあと何百年生きると思ってるんです? あなたみたいな規格外の魔力を持つ人は総じて長命なんですから、まだまだ国の為に馬車馬のように働きなさい」


 アルムフェルトの言葉を即座にぴしゃりと跳ね除けたナツキは、しょんぼりしている尻尾に目をやりながら、少しだけ罪悪感を抱く。

 強い意志を秘めていたはずの紺碧の瞳はゆらりと揺れ、不安や弱さを曝け出してしまっている。

 玉座に座る彼は威風堂々とした面持ちであるのに、ここに来る彼はまるで迷子の子供のようだ。


 父である王を早くに亡くし、若くして国を背負い歩むことになってしまったアルムフェルトは、たくさんの者に囲まれながらも、その心は常に孤独だった。

 魔力を多く持つものは、大抵長命であるが、アルムフェルトが生まれながらに持つ魔力量はまさに規格外であり、それが彼を更に孤独へと追い込む。

 潤沢な魔力は、常に肉体を全盛期である二十歳前後の状態に整えてしまう為、老化はおろか、怪我さえも瞬く間に治ってしまう特異な体質となってしまっていた。


 彼は今後、慕ってくれる者達を看取りつづけなければならない。何度も何度も、それこそ世界の終わりまでずっと。

 それがたまらなく怖いのだ。だから、ナツキの元へと足を運ぶ。彼女を欲しいと口にする。


「ナツキ……」


「そんな顔しないでください。まるで私がいじめてるみたいじゃないですか……」


「どれだけ待てばよいのだ。百年か? 二百年か? その間にもそなたは他の男の元へと去ってしまうかもしれない。突然私をおいて居なくなってしまうかもしれない。そう考えただけでも恐ろしくて夜も眠れない。……私と同じ時を共に歩める唯一は、そなただけ」


 アルムフェルトはナツキの華奢な指を絡め取るようにして手を握る。風で少しだけ冷えていた手は、アルムフェルトの熱が移ってじわりと温かくなる。


 ナツキを召喚した時、アルムフェルトが限界まで注ぎ込んだ魔力が縒り合い、この世界のナツキの身体を形作った。そして元々持ち得ていた彼女の魔力と混ざり合うことによって、魂に刻み込まれた魔力の器が大きくなり、アルムフェルトと同等の魔力を得る結果となった。

 ナツキもまた、アルムフェルトと同様に不老となってしまったのだ。


 それがわかった時、ナツキは少しだけホッとした。

 自分だけは彼を置いて死ぬことが無くなったから。どうしてそう思うのか、本当は気づいているのだが、それでもそれを言い出す時は今ではない。

 ナツキはアルムフェルトの指をキュッと握り返すと、彼の為だけに笑みを浮かべる。


「あなたの所為で私まで長生きすることになったんですから、私が住みやすいように、もっと頑張ってください」


 意地の悪い返し方だとわかっている。


 それでも、困ったような顔をしながら優しく指にキスを落とす彼の姿が見たいから、ナツキは愛していると言葉にしない。


(私の唯一も、きっとあなただけ。)


 この言葉を口にするのは、彼が重荷を解いた時。

 それはきっと、ずっと先なのだろう。








 END








********


ナツキ


腰まで伸びた黒髪に黒い瞳。背はやや小さめだが、スタイルはそこそこ良い。

猫のようなきつめの目元にはほくろが二つ。

現代に近い世界で勇者をしていた少女。

異世界からの侵略を阻止するために、この世界で少女だけが持つ唯一の力を使い、常に前線に立って戦い続けていた。説得(物理)が得意。


勇者と言われつつも、影で化け物と罵られていることを知っており、世界を背負わされる重圧と、周囲から向けられる様々な感情に精神が摩耗し、心身ともに追いつめられていたところをアルムフェルトによって召喚された。

本人は勇者としての責務から解放されたことを喜んでおり、条件をきちんとのんだ上で民と女神の為に頭まで下げたアルムフェルトに敬意を抱き、女神を救うために力を貸すことにする。

女神救済後は辺境の地で一人、自由気ままに生活しているが、転送陣を使って遊びに来るアルムフェルトに呆れながらも、心の中では好意を抱いている。




アルムフェルト


黒髪に紺碧の瞳。彫刻のような美しさを湛え、王特有の威厳もあって近寄りがたい。

長身でしなやかな肉体を持つ美青年。

オーランシア国の王。正気を失った女神と、彼女によって蹂躙される世界をどうにかしようと、大規模な召喚術を行使し、ナツキを召喚する。

責任感が強く、王でありながら、時に頭を下げることを厭わない実直な性格。

アストリアスを創造したラキュサリア神の眷族、天狼の末裔であり、自身も巨大な漆黒の狼の姿になることができる。

規格外な魔力を持つ為に不老化しており、全盛期の姿から成長していない。傷もすぐに治る為、ほとんど不死に近い存在。


召喚によってアルムフェルトと同じような存在となってしまったナツキに、時を重ねるごとに少しずつ惹かれていくが、いまだいい返事はもらえていない。

今は獣化によるお近づきを狙っている。




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