打ち下げ花火
なのの
誰にも言えない恋
小学四年の夏休み、神社の祭りで花火が打ちあがり、大盛況を迎えていた時、私が失踪したと騒ぎになった。それは誰に相談する事もなく、誰に行き先を教えるでもなく、
それが誘拐された訳でもなく、神隠しに遭った訳でもなく、迷子になったわけでもない事は当事者の私がよくわかっている。
浴衣を着たまま家を飛び出した私は自らの意思で
誰も来れない場所、誰も居ない場所、祭りだというのに人混みは近くて遠い快適な場所。
そう、誰もが祭りを楽しみ、打ち上げ花火を見上げている時に私達は反対側にいたのだ。
「花火!花火よ!凄いね!足元から落下してゆく打ち上げ花火ってきっと誰も見た事ないよ!」
落ちて行くのだから打ち下げ花火なのでは?なんて思いながら、私は砂浜の反対側ではしゃいでいた。
さながら、巨大な線香花火のだとも思えるそれは、色とりどりで幻想的な空間を彩っている。
「そろそろ、袖から手を離してくれませんかねぇ、こちとら人様とあまり関わっちゃアいけねぇんですよ」
彼は少し困った感じに見下ろし、私を見ている。
屋台よりも背が高く、体が細い彼は人間ではない。
彼は細くて今にも折れそうな手で頭を掻きながら、私の言葉に耳を傾けていた。
***
花火が打ちあがる少し前の事、私は階段を上った所にある小さな
そこは人気がなく灯篭の明かりだけが
折角可愛い浴衣を着付けたというのに両親は仕事で来れないとドタキャンするし、着付けてくれたおばあちゃんも腰が痛くて出歩きたくないという。
こんな友達もいない見知らぬ町のお祭りを一人で楽しめっていう方が無茶だ。
そんな愚痴をこれでもかと誰も居ない林に向かって叫んでいると、ひょろりと背の高い何かが近づいて来る。
古風な
「おや、こんなところに幼子が。ここは人の来る所ではございやん、来た道を戻り皆と楽しく遊ぶがよろしい」
言葉が通じる相手だと言うだけで安心した私は相手の袖を掴んで顔を見つめた。
「あなたは妖怪?それとも神様?顔が見えないのはどうして?」
まるで顔にだけ
それが例え、怖い顔だって気にしない。好奇心に勝るもの無しを地で行く私は普通じゃない事に飢えていた。これでもし、喰われて死んだとしてもそれでも構わないと思う程に、荒んだ心が何でもいいからと刺激を求めている。
「これは好きな相手の顔に見えるハズなのですございますが、見えないとなるとまだ恋を知らないご様子、幼子であればそういう事も有りましょうな、ならば、のっぺらぼうの妖怪とでも思ってくだせぇ」
「そうなの、妖怪さんなのね、確かに恋はまだした事ないけど、素顔は無いの?」
「これはお面みたいな物ですから、一応の素顔はありやすよ?ですが、とてもとても、お見せ出来る物ではございやせん」
「ふぅん、私はどんな顔でも気にしないわよ、見せたくなったら見せてよね」
顔は全く見えていないのに、なぜか恥ずかしそうにしている感じがするのは不思議で面白い。表情がないのに表情がある。なんだろう、ちょっとこの妖怪が楽しくなってきた。
「そうですそうです、丁度今日はお祭りの日、屋台を見て回りながら歳の近い幼子を見つけて話でもすれば恋も見つかるやも知れねぇですよ」
「人混みは怖いの、一緒に行ってくれる?」
実際は全く怖くない。ただ、一人で行きたくないだけだった。
自分から声をかける気にもなれないし、この妖怪が一緒に見て回ってくれるなら行ってもいいくらいに考えるのはちょっとズルい考えかも知れない。
「これは難題を吹っ掛けてくる幼子だ。こちとら人前に出れない事は見た目から察して頂けると助かるんですがねぇ」
「じゃあ行かない。ここに妖怪さんと一緒に居る」
「ならば致し方ありやせん、裏道を通るとしやしょう」
バキッという細い木の枝が折れた様な音と共に、灯篭がひっくり返った。
周りを見渡すと、全ての物がひっくり返り、地面より下向きに生えている。
足元には夜空が、頭上には何もない闇が広がっていた。
「ねえ!なにこれ!何なの??これが裏道?凄いわ!」
「あっしはそう呼んでおりやすが、有体に言うのでしたら
「反対側なのね!それが一番しっくりくるわ」
多分、走り回っても誰にもぶつからない空間に私の気分は限りなく高まっていた。
下りの階段を上り屋台の並ぶ場所に出たけど、屋台までひっくり返ってるから買う事も出来ない。
それが面白くて、つい笑いが込み上げてくる。
「どうでしょうか、仲良くなれそうな幼子はおられないですかな」
「そんなことより打ち上げ花火が始まるみたいよ!海岸の方に行こうよ!」
私達が海岸に辿り着いた途端に、打ち上げ花火の一発目が打ち上がった。
ドドーン、パラパラパラー
花火の打ち上げ場の裏側にやってきた、そこは一般客は立ち入り禁止の区域、滅多に見れない光景に胸が高鳴る。さらには真下に飛んで大きく開く花火を見つめ、両親がドタキャンした事も忘れて
この空間の全てが私の物みたいに見えた。
次々と打ちあがる花火の音が心地よく、妖怪と私しかいない特等席は私に現実を忘れさせる。
そして、袖から手を離して欲しいと言う彼の言葉に漠然と不安を感じた。
「私は元の場所に戻されるの?」
「左様でございますな、この裏道は人が来る所ではない事を、あなた様はもうお気づきでございましょう、さすれば素直に帰るのが宜しいかと、あっしの気の変わらぬ内に」
そう言われた私は更に裾を強く握り、絶対離さない事を意思を表した。
「ずっと、一緒に居ちゃダメですか」
「いやはや、こいつァ困りましたな。花火に夢中になって手を離せば、それでよかったのですが、そうもいかないご様子。ならばどういたしやしょう」
帰るなんて絶対に嫌だと思った私は、両親の事を思い出し悔し涙があふれてきた。
「帰りたくないよ!だって、お父さんもお母さんも、私なんかよりもお仕事の方が大事なんだもん、私はきっと貰い子なのよ、じゃなきゃこんな事にならないわ!」
「本当にそう、お思いで?」
「うん、そう思ってる」
「さすれば、あれはなんでございやしょうかね、慌てふためき声を上げ、誰かを探すご夫婦が見えやしょう、実の子であれどなかれど、親である事には変わりなく、子を思う気持ちに違いはないと存じやす」
「お父さん……お母さん……来てくれたんだ……」
「ほら、こんなのでよければ涙をお拭きなさい。可愛い顔が台無しでございやす」
差し出されたボロボロのハンカチを受け取った時、うっかり袖から手を離してしまった。
その時、そのまま帰らされると分かってしまった。
再び袖を掴もうとするが、届かない。
急激に離れようとする妖怪に、まって!と叫び追いかける。
その時、薄っすらとお面に写って見えた妖怪の顔はとてもやさしい顔をしていた。
気が付けば、小さな
打ち上げ花火が終わりを告げる様に最後の一斉打ち上げが始まる。
その圧倒的な光に何故か涙が
何かを忘れていると思いながら、ハンカチで涙を拭う。
その手に持ったボロボロのハンカチを見た時、私は思い出した。
素敵な出会いと、素敵な体験。
また来たら、会えるだろうかなどと思いながら階段を下った。
階段下には私を探す両親が居て、それから屋台を周り、楽しい祭りは終った。
それから、三年の月日が経って、ようやくこの町に訪れる機会が出来た。
まだ祭り日ではないというのに、私は黒い服のまま小さな
誰にも言えない初恋の相手と会う為に。
打ち下げ花火 なのの @nanananonanono
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