第7話  襲来

 東京都庁前


 ババババーン。ドカーーーン。すさまじい音が鳴り響く。突然始まった戦闘の中、リクはベターーンと戦車の上に落ちてきた怪物と対峙していた。

 逆光だった物体が、目も光に慣れ徐々にピントが合いはっきり見えてくる。それは顔が完全にトカゲで、首が長く体をゴツゴツの鎧に覆われて所々プロテクターをつけている。のちにヨロイと呼ばれるようになるそれは、まさにオオヨロイトカゲのようだ。しかし二足歩行で腕は人間に近い。手には長く鋭い爪が光っている。一瞬で認識できたのはそれくらい。

 空から敵が降ってきた。まさにそんな一瞬の出来事と、見た事のない生き物を目の前に、瞬きをする事すら出来ずにいるリク。

 キョロキョロして周囲を伺うヨロイのトカゲ。ギロッと下に目をやる。目が合った。ハーーッと威嚇して戦車の下にいるリクに飛びかかる! その瞬間タッタッタッ! という音と共にヨロイの頭が吹き飛び血しぶきが飛び散る。

「ボーっとしてたら二秒で死ぬぞ!」

 アキラが助けてくれた。リクの顔にヨロイの血と肉片がへばり付いている。はっと我にかえり顔の異物を拭い次の行動を考える。しかし考える暇もなく次々ヨロイが飛び跳ねてやってくる。タタターン! タタターン! リクは無我夢中でマシンガンを撃ちまくる。何発かに一発は命中し、ヨロイが倒れていく。初めての殺人。いや殺トカゲである。

 戦車の上にいたヨロイは大きく見えていたが、実際対比すると人間よりは小さく見える。そしてすばしっこい。鋭い爪で人間をまるで野菜でも切るようにサクッサクッと切っていく。そうはさせまいと、隙間なく銃弾を撃ち込んでいるつもりだったが、なかなか当たらない。

 一瞬の隙をついてヨロイが隣の壕に入ってしまった。逃げ惑うジュンヤが目の前で切り刻まれて肉片が飛ぶ。その奥ではカズマが串刺しにされて内臓が飛び出しぐったりしている。閉じる間もなくやられたのか、視点が合わない目が開いてこっちを向いている。いつも脱落組だった二人。昨日まで汗だくになりながら一緒に訓練していた第二中隊の仲間たちが、次々と簡単に殺されていく。現実か夢かわからないが、とにかくトカゲの化け物が人間を殺している。

 リクはその場にしゃがみ、マガジンを取り替えながら自分の死が目前に迫っている事に気付かされていた。手が震えてスムーズにいかない。ふと見ると、左にいたはずのセナが後ろで後方に向けてマシンガンを撃っていた。敵は一方向からだけではなく。あらゆる所から出てきていた。わいてきたという表現の方が正しいかもしれない。三百六十度全てで戦闘が繰り広げられているのだ。

 リクに気づいたのかセナが後方で戦いながら叫んだ。

「リク! めちゃくちゃ怖いな!」

「やべーよ! 震えが止まんねー!」

 そう言うと、なぜか一瞬気が楽になったリク。カシャッとマガジンをセットして再び立ち上がり、戦闘に加わる。

 撃ってはマガジンを交換、撃っては交換を繰り返していると、都庁に辿り着いたヨロイが何十匹も外壁を登っていた。第一本庁舎のガラスを割り、中へ入って行くのも見えた。しかし、リクは目の前の敵を撃つ事だけで手いっぱいで、そちらにまで手は回らない。気になりながらもギリギリの所で自陣を守っていた。

 すると、前方に見えるヨロイが、亡くなった隊員のマシンガンを奪って撃ちだした。

「うそだろ?」

 大きめの独り言が口から飛び出す。今まで爪で戦っていたのにマシンガンも撃てる? 知的生物? よく見るとそのヨロイは、右目の部分にスコープの着いたイヤホンマイクのようなものを装着している。

「マジか! 勘弁してくれよ」 

 無意識に口をつく。どういう事だ? 訳がわからない。ヨロイがイヤホン部分に指を当て、何かしている。

「了解!」

「ええっ?!」

 しゃべった! 確かに〝了解〟って言った、しかも日本語! 心の中で叫ぶ。気のせいか? リクはパニックだ。考える。考える。でも分からない。分からないが、たぶん現実なのだろう。

 十メートルは跳べる脚力を持っていて、人間より遥かに優れた身体能力がある生き物が、知的頭脳を持ってしまったら勝てる訳ない。ヤバすぎる。ヤバい。ヤバい。そんな事を考えながらも手を休めるわけにはいかない。休む事なく撃ち続ける。

 いつ終わるでも無く銃撃戦は続き、戦車の砲弾も飛び交い、新宿のビル群はどんどん灰色の煙に包まれていった。

 

 幾分かの時が過ぎた時、ようやく変化が見えてきた。ヨロイの数が減ってきている。しかしそれは撃ち殺しているからではなくヨロイが徐々に撤退をしているように感じた。優勢なのか? なぜ今撤退? どこに消えていっているのか? 頭の中がクエスチョンでいっぱいだ。

 みるみるヨロイがいなくなり、徐々に銃声が減っていく。さっきまでの銃撃戦が嘘のようだ。

「打ち方やめー!」

 と隊長の声。静まりゆく戦場。

「打ち方やめー!」

 もう一度隊長が叫ぶ。

「打ち方はじめー! の号令は無かっただろ!」

 後ろのセナがボヤいた。

 肩で息をしている二人。

 爆音から静寂に変わった空間。

 耳がキーンと鳴っている。

 一瞬、時が止まったような感覚になった。

 本当にヨロイはいなくなったのか? 

 砂埃が少しずつ引いていく。

 目を凝らし辺りを観察する。

 ヨロイの姿は確認されない。

 大丈夫だ。

 生きてる。

 自分は生きてる。

 二人は握っていたマシンガンを手から滑り落とし、崩れ落ち背中合わせでしゃがみこむ。砂埃が汗に絡んで顔が酷く汚れている。

「終わったー」

 リクが呟く

「初任務完了」

 セナが吐き出し二人同時に

「怖かったーー!」

 と倒れる。少しの間横になり、空を見上げて、生きている事を確認。すると、セナがムクっと頭を起こしリクの泥だらけの顔を見て言った。

「砂漠にでも行ってきた?」

「おたくこそ、そのメイク流行ってんの?」

 と、セナが近づいていき

「汚ねえ顔」

「お前のほうがヤバいぞ」

 リクがセナの頭を軽く小突くと砂埃がフワッと舞い上がる。そして二人抱き合う。

「よかった。リク生きててよかった」

「うん。うん。いっぱい死んじゃった、みんな死んじゃった」

「みんな死んじゃった。たくさん死んでしまった」

 二人とも涙が溢れてきた。顔はクシャクシャだ。

 と、セナが思い出したかのように言った。

「リク。宇宙人じゃなかったぞ」

「そうだな、なんだったんだろ。キモかったな!」

「すげーキモかったー。トカゲか? こんな顔してたぞ」

 と言いながらトカゲのマネをするセナ。

「なんだそれ! 似てねー! ははは」

「ははは」

「しゃべってたの見た?」

 リクがあの驚きを思い出す。

「嘘つけ」

「ホントだって! マイク付いてたし!」

「リク、やべーな。幻覚見ちゃったか」

「いや、マジマジ! あれ? 幻覚? 幻聴かなー?」

「まあな。これだけ嘘みたいな事があったんだから、しゃべってもおかしくはないか」

 少し間があき、ひと息ついて周りを見渡したリク。

「行くか」

「おお」

 と二人立ち上がった。

「風呂入りたいな」

「そうだな。でもまだやる事いっぱいだぞ!」

 重たい足を無理やり動かし壕を出た。

 この戦いの中で、喜び、悲しみ、怒り、興奮、失望。喜怒哀楽を数分で味わった二人。リクが最初に思った事は、〝風呂に入りたい〟だった。だが、今から遺体とトカゲの回収作業が残っている。   

 これから急ピッチで謎を解明していくだろう。ヨロイの解剖、侵入ルート、どこから来てどこに帰ってどこに隠れているのか、誰が操っているのか、奴らの目的。思い当たるクエスチョンを全て解きほぐしていく事だろう。そして、これで終わるはずもない、すぐまた来るであろう危機に備えるのである。ヨロイとの戦いは始まったばかりだ。

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