第7話 エルと伝説の剣

エルザが遺跡で消えてから半月が過ぎた。


「エルザちゃん……。」

「ジュリア、元気出せよ。エルザは大丈夫だ。」

ジョーがジュリアを慰めようと声をかける。

普段口数が少ない彼にしてみればかなり珍しい。


「あの様子からすれば、エルザが遺跡の地下階層へ入った事は間違いないだろう。普通の場所なら危険は多いが、ずっと閉鎖されていた遺跡だ。魔獣が入り込んでいることはないだろうからそれだけでも危険度は大幅に下がる。後は落ち着いて出口を探せばきっと無事に帰ってこれるさ。」


「でも……、もう半月よ?危険はなくても食糧がなくなるわ。」

「フンっ、あいつだって冒険者の端くれだ。携帯食ぐらい常備してるだろ?それにダンジョンになっているなら、食える魔獣の一匹や二匹ぐらい居るだろうよ。」

ジョブが馬鹿にしたような口調でそう言う。


言い方は悪いが、彼なりの心配の仕方だと思えば怒る気になれない。


「あの子は冒険者になったばかりなのよ。携帯食だって、それなりのコストがかかるのよ。そんなに多く持っているとは思えないわよ。それに水の問題もあるし、ジョブの言うように魔獣がいたら、それだけ危険ってことよ。……あぁ、私が誘ったりしなければ……。」


ジェイクたちのパーティはジュリアが魔法で水を出せるために、普段から水は予備程度にしか用意しない。だから既に水が無くなっているだろうとジュリアは悲観しているのだが、実はエルザはジュリアが水を出せることを知らなかった事と、アイテム袋に余裕があることもあって、普段からかなりの水を持ち歩いていることを知らない。

もっとも、知っていたとしても、限りがあることには変わらないので無用の心配と言うわけではないのだが。


「ジュリア、いい加減に切り替えろ。エルザの事は不幸な事故だ。そして良くあることだ……そうだろ?」

今まで黙っていたジェイクが言葉を発する。


「………わかってる。」

「分かっているならいい。あの遺跡には調査団が組まれて本格的な調査が始まる。エルザの運が良ければ助け出されるさ。俺達に出来ることはそれを祈ることだけだ。」


ジェイクも本音ではジュリア達と変わらない。だが彼はリーダーだ。リーダーは時として,冷たいと思われるような決断もしなければならない。


「明日、この街を出る。王都までの護衛依頼だ。朝早いから早く寝ろよ。」

ジェイクはそう言って皆に背を向け、自室へと去っていく。


「そうだな。切り換えようぜ。」

ジョーとジョブも同じ様に部屋へ戻っていき、その場にジュリアだけが残される。


「エルザ、ゴメンね。あなたのこと、ずっと覚えているからね……。」

ジュリアは虚空に向かって呟く。

亡くなった者をいつまでも忘れずに憶えていること……それがジュリアに出来る唯一の贖罪だった。


エルザが消えたメルク遺跡が、謎の爆発により崩壊した事をジェイク達が知るのは、もっとずっと後になってからだった。


 ◇ ◇ ◇


「うーん、やっぱりあの祭壇のある広場が怪しいね。」


エルザは大きな執務机の上に手書きの地図を広げて頭を悩ませる。


この部屋を見つけてから10日は過ぎている。保存棚に食材があった為、多少の余裕は出来たものの、出口を見つけなければ、いずれは食料が尽きてしまう。


エルザはこの部屋を拠点として、階層内を歩き回り、時には銀色の魔獣に追い回されて逃げ帰り、時には返り討ちにして捕獲したりしながら、階層の地図を作製した。


それで分かったことは、この階層の中心に、あの銀色の魔獣が集まっていた広場があり、そこを取り囲むように通路が造られ、要所要所に広場があると言うことで、中心にあるからには、何らかの意味があるのだろうとエルザは推測していた。


また、帰ってきた後や休む前などの時間を見つけては部屋の中の書籍や資料に目を通して、脱出するためのヒントを探していた。


当然ではあるが古代文明時代の資料なので、かかれている言語も古代文明時代のものであり、エルザが神殿で古代文字を勉強していなければ読むことも出来なかったであろう。

最も、古代文字そのものが未だ解析途中のものであり、エルザも勉強途中であるため、読める部分はほんの僅かだった。


それでもエルザはいくつかの重要なことを知ることが出来た。


まず、この部屋はクライス=クラインと言う、古代文明時代の学者の研究室だったこと。


彼の名は現在発見されているロストテクノロジーの発掘品の中で多々見られるためにかなり有名で、エルザも名前だけは知っていた。


そしてこの遺跡は、やはり神代のものらしく、クライスも遺跡を調べていたという事だった。


クライスの見立てでは、この遺跡は超古代の神殿であり破壊神を封じたと言われる、伝説の剣が眠っているのではないか?とのことで、クライスの生涯をかけたライフワークとしていたらしい。


クライスはかなり遺跡について詳しく調べていたが、それでも中枢部へ行くことは出来ず、エルザが睨んだとおり、祭壇のある広場に仕掛けがあるとクライスも書き残している。


クライスが広場を詳しく調べることが出来なかったのは、あの銀色の魔獣のせいだったらしい。


クライスの資料によると、あの魔獣は魔獣ではなくロストテクノロジーの魔道具の一種で、一度倒しても、しばらくすれば修理されて戻ってくるとのことだった。


それらを排除するためには、命令を出している魔道具を止めればいいのだが、その魔道具はどうやら中枢部にあるらしく、中枢部に行くためには魔獣を排除する必要があり、魔獣を排除するためには中枢部に行かなければならない、というジレンマに陥ったらしい。


またクライスがこの遺跡と外を行き来している方法は以外と簡単に見つかった。


資料によればこの部屋を出た直ぐそばに隠し扉があり、その中に入れば外へでる仕掛けが動き出すとのことだった。


その資料を見つけたとき、エルザはやっと帰れる、と思って喜び勇んで出て行ったのだが、現地に行ってみると、隠し扉は破壊され部屋の中には何もなく、ただ天井に大きな穴が空いているだけだった。


どれだけの距離があるか分からないが、この穴は地上につながっているかもしれない、とよじ登ることも考えたが、穴から銀色の魔獣が出てきたことで諦めた。


そして色々調べた結果、中枢部に行くしか脱出する事は出来ないという結論に至ったのが昨日のことで、それから今に至るまで、こうして地図を睨みつけているのだった。



「うーん、これをこうして………。……、ウン、コレならいけるかな?」

エルザは走り書きしたメモを見ながら、もう一度手順を確認する。


「通路のココとココを予め塞いでおくでしょ、そしてココをこうしておいて………。」

地図の上に駒代わりの小さな石をおく。


「それで、あの魔獣達をコッチにおびき寄せるでしょ、皆集まってきたところで、これをこうして落とせば………、ウン、閉じ込めることが出来そうね。後は念のため、通路のココを塞げば………大丈夫、十分時間がとれるわ。」

エルザは自分のたてた作戦に満足して大きな伸びをする。


「勝負は明日。今日はちょっと贅沢してゆっくり休むわよ。」

エルザは口に出してそう言った後、最近独り言が多くなった気がして、思わず口をつぐむ。


……仕方がないよね、話す相手居ないんだもの。

少し寂しくなったエルザはそのまま不貞寝することに決めたのだった。



「よし、準備は万全ね。」

エルザはこの部屋で見つけたミスリル製のショートソードを一瞥し鞘へ納めると、そっとクライスの部屋を出る。


周りを見回すが銀色の魔獣の姿は見えない。

「想定通りね。」


ここ数日のあいだ、魔獣達の動きを観察していて分かったことは、ある一定の範囲に近づくまでは、動かないこと、一匹にでも見つかれば、他の魔獣達も追いかけてくる事、目標を見失った後も暫くはウロウロしているが、一定の時間がたてば、広場に戻る事などが分かった。


だから、ここ数日魔獣と出会っていないので、全部の魔獣が広場に待機しているはずなのだ。


エルザはなるべく音を立てないようにして、予定通りに通路を塞いでいく。


三時間ほどの時間で、何とか予定通りに通路を塞ぐことが出来た。後は上手く誘い出して所定の場所まで誘導するだけだ。

エルザは大きく深呼吸をして、気持ちを整えると、魔獣を誘導するために広場へと飛び込んでいった。



「ふぅ、何とか上手くいったわね。後は祭壇を調べて……と。」

銀色の魔獣達を離れた場所に誘導し、閉じ込める事に成功したエルザは広場にある祭壇をじっくりと調べ始める。


「あった。これね。」

エルザは目的の窪みを見つけると、そっと手を添える。


この窪みについては、クライスの資料にも記載があった。

クライスは、この窪みが中枢部に至る為のスイッチだと推測をしていたが、何をどうやっても仕掛けを動かすことが出来ず、何か見落としているのだろうか?と記されていた。


その事について、エルザは一つの仮説をたてていた。

ここは超古代文明の神殿らしい。また、古代文明の遺跡の仕掛けを動かすには魔力が必要だということ。そして神殿であるならば、そこで必要な魔力は当然聖属性なのではないだろうか?と。


そう考えれば、地上の礼拝堂でジュリアが魔力を流しても仕掛けが動かず、エルザが触った途端に動いたという事にも納得がいく。


クライスが仕掛けを動かせなかったのは、彼が聖属性を持っていなかったからだとエルザは考えていた。

だから、魔力を流した途端に目の前の景色が変わっても、驚くことはなかった。

なかったのだが……。


「って、こんなの聞いてないよぉぉぉっ!」

エルザは全力で走っている。


『ケイホウ、ケイホウ。シンニュウシャハッケン!』


エルザの後ろから体長3mはある銀色の魔獣が追いかけてくる。

時々、巨大なはさみのついた腕を伸ばしてくるが、ぎりぎりの所でかわすと、その先端が床にめり込み回収するまでの間動きが止まるので、その間に出来るだけ距離をとる。


どれくらい走っただろうか?そろそろ限界と言う頃に、前方にT字路が見える。


エルザが少しスピードを落とすと、魔獣は即座に距離を詰めてくる。

捕まりそうなギリギリの位置で、魔獣のハサミをかわしスピードを落とさずわき道にそれる。

魔獣は急な方向転換について行けず、そのまま前方へと走り去っていった。


「行っちゃったかな?」

エルザはそぉっと通路から顔を出す。

勢いがついていたせいか、見える範囲にあの魔獣はいない。


「助かったぁ。」

エルザは壁に手を突き胸をなで下ろす。

「って、っわわっ!」

ホッとしたのも束の間、エルザが手をついた途端に足元が崩れ落ちる。


「にょわわわぁぁ~。」

エルザにとって幸運だったのは、落ちた先がスロープになっていたことだ。そうでなければ、深い底に落ちた衝撃で大怪我を負った事だろう。


「にゃわわわぁぁ~……。」

だが、当事者としてはそんな事まで考えが及ぶはずもなく、奇声を発しながら転がり落ちていくのだった。



「ふぅ、酷い目にあったよぉ。」


どれ位転がり落ちたのか、ようやく止まることが出来たエルザは、ゆっくりと立ち上がり、身体に異常がないか確認する。

あっちこっちぶつけて、打ち身程度の痛みはあるが見行動に支障はない。もちろんヒールで癒すまでのものでもなかった。


「で、ここはどこなんだろう?」

エルザはキョロキョロと辺りを見回す。

あたりは薄暗くハッキリとはしないが、大広間ぐらいの広さがあることは分かる。


周りを見回しているうちに、段々目が慣れてくると、今まで気付かなかったものが目に入ってくる。


「アレ、何だろうね?」

広間の中央付近の床が少し盛り上がっていて、そこに棒のようなモノが突き立てられている。


「お墓……かなぁ。」

ここからではよく分からないので近付いていくと、その詳細がはっきりと分かってくる。


「アレって、もしかして……。」

棒の正体に気付いたエルザは思わず駆けだしていく。


「やっぱり剣だよ。コレってもしかして伝説の剣?」


世界が混沌の危機に陥った時に姿を現すという伝説の剣。それは自らの持ち手を選び、呼び寄せるという。選ばれし者だけが使える伝説の剣だが、選ばれない者は、どれだけ怪力の持ち主であっても抜くことが出来ないと言われている。


「私、選ばれたの?」

エルザは、ほのかな期待を胸に、そっと手を伸ばした。



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