第6話 エルの遭難

「まぁ、ずっと封印されていた遺跡だからね、魔獣なんか迷い込んでいないでしょ。」


……そう思っていた時期が私にもありました。



「にゃぁぁぁぁ~~~~~~、こんなの聞いてないよぉっ!」

エルザは必死になって走り抜ける。

背後から迫る異形の魔獣たち。


『シンニュウシャ、ハッケン。シンニュウシャ、ハッケン。』


「うぅ、何かわけわからない事喋ってるしぃ。っていうか喋る魔獣って何よ。あんなの図鑑にも載ってないよぉ。」

通路の窪みに身を隠しじっとしていると、魔獣たちがその傍を通り抜けていく。


銀色に輝くその甲殻はかなり固く、エルザの剣で斬ることは出来なかった。

何度も何度も剣を振るい、斬るというより叩き潰してようやく1体の動きを止めるのに要した時間は10分強。ホッと一息……はつけなかった。

1体にかかりっきりになっている間に、いつの間に集まってきたのか、十数体の銀色の魔獣に取り囲まれていたのだ。


エルザにとって幸いなことに、魔獣の大きさは子犬程度で、移動する速度がエルザより遅かったことと、遠距離の攻撃手段を持っていないらしく離れていれば攻撃されない事だった。


もし遠距離攻撃の手段を持っていれば、囲まれた時点でアウトだっただろう。

とにかく、色々な幸運(不運?)の積み重ねにより、囲みを突破してこうして逃げ回っているのだったが……。


「ふぅ、行っちゃったかな?」

最後の魔獣が通り過ぎて、声が聞こえなくなった所で、エルザは通路の陰から顔を出して周りを見回す。

とりあえず見える範囲には魔獣の姿はない。

エルザはそぉっと通路にでると、銀色の魔獣が向かった方とは逆に方向へ向けて歩き出す。


「うぅ、お腹空いたよぉ。」

前回食事をしてからかなりの時間が経っているが、いつ銀色の魔獣が現れるかわからない現状ではのんびりと食事などしている余裕はない。


「もう何日経ったんだろう?ジェイクさんたち心配してるよね。」

正確な時間は分からないが、お腹の空き具合で逆算すると、1週間は経っているだろうか?


この遺跡に迷い込んで最初の五日程は特に問題もなかった。ただ、暗闇の中を剣先に灯した明かりを頼りに歩き回るだけで、疲れはするものの、身の危険など感じることはなく、食事も睡眠も十分に取れていた。


状況が変わったのは暗闇の通路を抜けて広場に出てからだった。

不意に周りが明るくなったのに気付いて、剣先に灯していた明かりを消し、辺りを見回してみる。

壁の中に一定間隔で埋め込まれた魔石があり、それが光を放っている。


一つ一つの光は淡いものであったが、それでも数があればそれなりの明るさとなる。

現に、この広場の中は、外の日中とはいかないまでも、陽が沈む少し前の夕暮れぐらいの明るさはあり、周りを調べるには十分すぎるほど明るかった。


その広場は遺跡の礼拝堂と似た雰囲気があったが、どこがどう似ているかと問われれば、はっきりと答えることが出来ない、そんな感じの場所であり、それ以外には特に変わったことはないため、エルザはそのまま奥へと進んでいった。


その後も、似たような広場があり、何か雰囲気を感じるが特別変わったところは見つけられずに奥へと進むという事を繰り返しているうちに、行きついた先で出会ったのがあの銀色の魔獣たちだった。


「たぶん、あいつ等がいた広場が怪しいよね。他の広場と違って祭壇っぽいものがあったし。……うぅ、不味いよぉ。」

携帯食を齧りながら、逃げ惑ってきた道を戻るエルザ。

食材はすでに使い果たし、残っているのは予備にと持ち込んだこの携帯食だけ。


本来であれば、この携帯食はお湯で溶かしてスパイスで味を調えればそれなりの味になるのだが、スパイスはすでに底をつき、いつ魔獣に襲われるかわからない現状ではゆっくりと落ち着いてお湯を沸かすことも出来ない。

でもお腹は空くので、仕方がなくそのまま齧っているのだ。


「ここから出たら、お風呂に入って、美味しいものたくさん食べて、フカフカのベッドで寝るんだ!」

エルザはやりたい事を口に出すことで、気弱になりかけている心に鞭を打つ。


「ん?これって……。」

疲れてきたので休憩しようと、少しでも安全な場所を探していたら、壁の感触がほんの少し違う場所があることに気づく。


じっくりと見なければわからないので、銀色の魔獣に追われていた時に気づかなかったのは仕方がないだろうと思いながら壁の周りを調べてみると、不自然な窪みを見つける。


エルザはそっとその窪みに手をあててみるが何の変化もない。そのまま別の場所を調べようかと思ったが、ふと思いついてその窪みに手を当てたまま軽く魔力を流してみる。

すると突然身体が引っ張られる感じがして、気づいた時には小さな部屋の中に立っていた。


「ここは?……なんだろうね?」

エルザは周りを見回す。


壁一面が本棚となっていてぎっしりと本が詰まっている。

壁際にはひときわ大きな机があり、その上にはいくつかの資料が開かれたまま放置されていた。その横に扉がついた小さな収納棚があり、本棚と逆の壁の前にはベッドが置いてあった。


「誰かの部屋?なのかな……ベッドがあるよぉ。」

ふらふらと吸い寄せられるようにベッドに近づくエルザ。

極度の緊張と疲れが判断力を鈍らせているらしく、エルザはそのまま何も考えずにベッドに飛び込み、数瞬後には深い眠りについていた。



「ふわぁぁぁ……ん、ここは?」

エルザは目を覚ますと、きょろきょろと周りを見回す。

見覚えのない天井、見覚えのない壁と本棚……。


「えっと、宿の部屋に本棚なんかあったっけ?」

まだ半分寝ぼけている頭で考えるが、今一つ思考がまとまらない。


「うぅ、頭が痛いよぉ。とりあえずご飯食べてギルドに行って……ギルド?」

ギルドに行って依頼を受けて、と考えたところで違和感に気づき辺りを見回す。

窓がないのにうっすらと明るい室内。壁一面の本棚と大きな執務机。自分が寝ているベッド……。


「あ、そっか。ここ遺跡の中だっけ。」

ようやく覚醒して思考が廻ったところで現状を思い出す。


「うぅ、不覚だよぉ。いくら疲れてたからって、安全確認もしないで……。」

思考がはっきりしたところで、自分がいかに危うい行動をしていたかに気づく。


部屋の中に魔獣がいないのは見てわかるとおりだが、トラップがあるかもしれないのに、碌に調べもせず、また、どんな危険があるかも考えずにそのまま寝入ってしまったのだ。


今回は、安全な場所だったらしく事なきを得たが、寝ている時に拉致されたり殺されたりする危険もあるのだ。そんな未来もあったかもしれないと思うと顔が青ざめてくるが、今はとにかく無事だったことを喜び、先の事を考えなければならない、と気持ちを切り替えることにする。


「とりあえず、ご飯だよね。ここは安全みたいだし、ここから出たら、今度いつ安全な場所に辿り着けるかわからないもんね。」

エルザはそう呟きながらお湯を沸かし、食器に携帯食を入れ、沸いたお湯で溶かす。


「うん、そのまま齧るよりよっぽどマシだよね。」

美味しいとはお世辞にも言えないが、それでも今までよりはマシな味であることには間違いなく、また温かいものを口にすることで、気持ちが落ち着くのを感じる。


食事をして一息入れたところでエルザは考える。久しぶりにゆっくりと休んだことで思考の巡りもよくなっている。


「まずは現状の再確認ね。……どうやらこの場所は安全みたいだから、ここを拠点にして探索するのがよさそう。……でも、むやみやたらと歩き回るのは効率が悪い……この部屋は普通に使われていたっぽい事を考えると、必ず出入りの方法があるはず……だったら、部屋の中に何かヒントが見つかるかも……。」

ブツブツと呟きながら考えをまとめるエルザ。


考えていることを口に出すのは、彼女の癖である。エルザ自身気づいていない癖なので、時には思いっきり恥ずかしい目にあったりすることもあるのだが、治らないから癖なのでしょうがない。


ふと思いついてエルザはアイテム袋の中を確認する。

地上での調査で見つけた物の中に、使えるものがないかを確認したかったのだ。


野営道具一式に、解体用のナイフ、松明とランタン、予備のショートソード、携帯食料三日分……これらはエルザ自身の持ち物だ。


その他には、材質不明の壺や皿など、古代文明時代の道具と思しきものが数点、遺跡に来るまでに狩った魔獣の素材と魔石が数点。肉は食材として使用したのでもう残っていない。後は指輪やネックレスなどの装飾品が数点……これらは、無事戻れたらジェイクたちに返さなければならないものだ。


「使えそうなものはないかぁ。……あと食事が心許ないね。」

三日分の携帯食……一回の量を減らして切り詰めたとしても1週間が限度。

後、水の問題もある。水はギリギリまで切り詰めても10日が限度。


「人間って、飲まず食わずで何日生きられるんだっけ?」

残された時間を考えて、絶望的になるエルザ。


「ウウン、私は最後まで足掻くよ。」

エルザは不安な考えを振り払うと、生きるための道を探すことにする。


「まずは、この部屋の中を調べましょう。きっと何かあるはず。」

エルザはそう言うと机の横にある収納棚の扉を開ける。

中には数本のポーションと水差しに肉の塊や野菜などが少量だが残されていた。


「ポーションは大丈夫だと思うけど……これって何万年か前の食材だよね?」

見た目におかしなところはなく、おかしな匂いもしない。腐っているわけではなさそうだが、それでも保管されていた期間を考えると少し躊躇するのはしょうがないと思う。


水差しを取り出し、コップに中の水を移し、恐る恐る口をつける。

咥内に爽やかな味が広がり、喉を潤す。気づけばコップ一杯の水を飲み干していた。


「美味しい。水ってこんなに美味しかったっけ……ってあれ?」

水差しはそれほど大きいものではなく、どう見てもコップ2杯程度の容量しかない。そしてさっきコップに注いだので、中身は半分ほどになっているはずだ。

だけど、水差しには水がなみなみと注がれた状態で残っている。


エルザは試しにもう一度、コップに水を注ぐ。

水差しの中は半分まで減るが、じっと見ているとだんだんと水が増えて、水差し一杯の状態まで戻る。


「……なるほどね。水属性の魔法が掛かっている魔道具ってことね。」

よくよく見てみれば、水差しの取っ手部分に小さな魔石が飾りのようについている。

この魔石の魔力分だけ水が生成されるのだろう。


エルザは試しに、魔石に手を当てて魔力を流してみる。すると、身体から魔力が引き抜かれる感じが一瞬起き、同時に輝きを失っていた魔石が輝きを取り戻す。


「私の魔力でも問題なさそうね。」

エルザはポーションと水差しをアイテム袋に入れ食材は戻す。


「状況から考えると、この棚はロストテクノロジーの産物で、状態保存か時を止める魔法が常時掛かっている魔道具……なんだと思うけど。」

そうと考えなければ、食材があのような状態で残っているわけがない。


この魔道具を持っていくだけで、裕に一財産は築けるだろう。

「とりあえず、水の心配はなくなったし、食材もあれだけあれば切り詰めれば一月は持ちそうね。……ちょっと覚悟が必要だけど。」

エルザは、わずかではあるが生き延びる可能性が出てきたことに安堵するのだった。

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