本当にあった怖いおはなし

山井縫

第1話 「彼女は逸る心を抑えきれない」

 その日、浜田宮子は自宅マンションで友人の木村朋子が来るのを待っていた。

 時刻は午後2時少し前、約束の時間がすぐ迫っている。


「そろそろ来るかな」そう呟やいたと同時くらいに、


 ピンポーン。


 ドアチャイムがなった。


 彼女は自分の部屋を出て玄関に向かおうとする。


 部屋の間取りは1LDK。リビングを抜けキッチンを抜けた先が玄関だ。


 が、


 向かう途中で奇妙な事に気が付いた。


 インターフォンのスピーカーから『ジー』という異音が流れてくるのだ。


 先程の通り、インターフォンは一度押すと、

 

 ピンポーンと音を鳴らし、途切れる。

  

 しかし、音が止まった後でもボタンを押し続けていると『ジー』というノイズを起こす。今聴こえているのがそれなのだ。


 つまり、友人はインターフォンを鳴らしたまま、ボタンに指を押し続けている?

 

 「何やってんだろ。あのこ」


 なんだか妙な気がした。


 ノイズ音は彼女が玄関に向かうまで続く。


 やがて到着すると彼女は扉をあけて、


 「お待たせー」


 言って顔を覗かせた。同時に音も止む。


 しかし、


 「あれ?」


 彼女は当たりを見回しながら訝しげに声をあげる。


 扉の外には、誰もいないのだ。それどころか辺りを見回しても人影はなかった。


 首をかしげながら、まごまごしていると少し離れた廊下の先、マンションの階段から足音が聞こえる。


 目を向けると朋子が上がって来るのがみえた。


 そして彼女は宮子が目を向けている様子を見て言った。


 「あれ、どした?何してんの?なに、私の事まちきれなかったとか?」と笑いかけてくる。


 一瞬、その様子を見て彼女がイタズラをしてとぼけてるのかなと思った。


 宮子が扉を開けるのを見計らって階段に身を潜めた。


 そして、今の今、上がってきたかのように振舞った。


 いや、しかしそれも変だ。『ジー』というノイズ音は扉を開ける直前まで聞こえていた。

 

 朋子が犯人なら一瞬の内にその場を離れ、階段へ向かったことになる。そんなことが可能だとは思えない。いや、朋子以外にも出来ないのではないか。

 

 結局その時点では謎のまま。不思議な出来事として浜田宮子の記憶に残ることになる。


 しかし、奇妙な話はこれで終わらない。


 浜田宮子と木村朋子の共通の友人で岸屋妙子という女性がいる。


 その妙子がこんな経験をしたという。


 ある日、彼女は木村朋子の家に遊びに行っていた。


 暫く、おしゃべりに興じていたが、途中朋子が、


「ごめん。ちょっと、家を空けなきゃならないんだ。すぐ帰ってくるから留守番しててくれない?」


「いいよ、いってら~」


 妙子は快く引き受けた見送った。


 その間、雑誌を読んだり、家主の朋子が買っているヨークシャテリアと一緒にじゃれて遊んだりと時間を潰していた。

 

 30分くらい経過しただろうか、玄関の方からガチャンと扉が開くような音がした。ゴソゴソとなにやらやっているような気配もある。


(ああ、もう帰ってきたんだ)


 思うと同時くらいにヨークシャテリアも気づいたのだろう。


 ご主人様の元へかけていく。


 そして、暫くワチャワチャ犬と人が戯れているような音と雰囲気が流れてくる。


 妙子も手持無沙汰になり、朋子を迎えようと玄関先へ顔を覗かせた。


 しかし、


 そこに人の姿がない。


 ヨークシャテリアだけが、キョロキョロとあたりを見回しながら、キャンキャン吠え声をあげる。


 「なにこれ?今、明らかに誰か入ってきたよね」


 思っていると、


 「ただいま~」


 そこへ家主の朋子が戻ってきた。


 「どうしたの?なんかあった?」


 怪訝な顔で問う朋子。


 妙子は混乱しつつ聞く、


 「いや、あんた今戻ったの?ちょっと前に一度玄関入ってきたりしなかった?」


 「何それ。しないよ。ちょっと、なにいってんの?」


 そう答える朋子の口調と顔に嘘はないようだった。


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 これが、女性二人の経験したことである。


 不思議な話ではあるがものすごく不思議というほどでもない。


 勘違いですまそうと思えばすませられるかもしれない。


 事実、体験者二人もその時は口に出すことはせずスルーしていたようだ。


 しかし、やはりそれは心の澱の中に留まったまま吐き出されるのをまったのだろう。


 たまたま、ある時宮子と妙子が二人だけでいる時に、


「実は、こんなことがあってさ」


 宮子の方からこの話を切り出した。


 それに驚いた妙子は、


「え、そんなことがあったの?実は私も……」


 と自分の経験を話したのだ。


 そして、気づく。なんだか似たような話だよね、と。


 宮子の経験は、友人を家でまっていたら、インターフォンを鳴らされて出たらだれもいなかった。その直後に友人が現れた。


 妙子の経験は、友人の家で留守番をしていたら、玄関に誰かが入ってきたが、確認するといなかった。その直後に友人が帰ってきた。


 そして、共通するのは友人「朋子」


 状況として、宮子に対しては約束の時間が迫ってきていた。妙子には対しては飼っている犬を残し、友人に留守番を頼んでいた。


 それかと二人は思った。


 彼女の早く「そこへつかなければならないという気持ち」が形を成したではないか。


 生霊という言葉がある。自分の魂や想念を自分の分身として誰かに飛ばすというもの。


 恋愛絡みのいざこざや激しい恨みを抱いている相手に知らず知らず飛ばしてしまうなどとも聞く。


 彼女ら二人が経験した内容からすると、そのような生生しさは感じられずもっとカジュアルなもののように思う為、それを生霊というものなのかは定かではない。


 が、いずれにせよだ。


 宮子と妙子の意見は一致した。


 きっと彼女は逸る気持ちを抑えられなかったのだろう、と。


 

 

 

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