9 父は祖母の状態に高笑いする

 祖父が書き付けてくれた住所は思ったより遠かった。

 帝都から出る列車の本線と支線を使ってまる一日かかった。

 男爵家の所領だという。

 ただし父は領主の別荘には住んでいないのだと。

 途中、人々に聞きながらその住所を探して行く。

 そしてたどり着いたのは、あちこちの人々の家とそう作りの変わらない家だった。

 一応入り口には「診療所」の看板が出してある。

 俺はそこの入り口に立ち、ぐっ、と拳を握った。

 何年ぶりだろう。

 最後に見た父は、憔悴しきった一人の男に過ぎなかった。

 診療所、と出している以上、医師の仕事をしているのだろう――

 ぎい、と音を立てる扉を開くと、休憩時間なのだろうか、白衣の腕をまくった男が窓際でお茶を呑んでいた。


「どなたかな。今は休憩時間だ……」


 そこまで言いかけて、父の表情が変わった。


「アル…… アルゲートか?」

「父さん」


 するりと昔の呼び方が出てきた。

 懐かしい声。

 俺はそれをちゃんと覚えていた。

 茶の入ったカップを置くと、こちらへ進んでくる。

 俺もまた、父の方へと近づいていった。


「ここがよく判ったな」

「お祖父様に教えてもらったんです」

「……あのひとがか。いや、でもお前のお祖母様が反対しなかったか?」

「いいえ、今はどうも、ぼんやりする日が増えたと」


 俺は祖父からの話を伝えた。

 すると父の表情が豹変した。


「ははははははははは!」


 眼鏡の下の瞳をかっと開き、思い切り大声で父は笑った。


「天罰だ! メアリにしたことの半分でも降りかかってきやがったな! は! ざまぁみろ、そのまま悪夢に死ぬまで苦しめられるがいい!」


 そしてそのまま、反り返って笑い続ける。

 その目には涙が浮かんでいる。


「父さん……」


 さすがにその姿に俺は不安になる。

 一体、何がそこまで。


「アルゲート、お前は聞いているのだろう? お前の母さんは気が触れて自殺したと! 何故だと思う!?」

「父さん!」


 俺は父の両肩を押さえる。

 逆に俺も父から両肩を掴まれる。


「お前の祖母、私の母だけじゃない。メアリが神経を病んでいった原因は、誰よりも今のお前の養母、私の姉、エルダのせいなんだ」

「母上の」

「ああ、そう言う様にしつけられたのだな。お前には仕方が無いか。済まない、あの頃はメアリのことを思い出す全てのものから遠ざかりたかった。私は逃げたんだ。そう、こうやって、仕事に、貴族の生活からも……」


 父はそう言うと、力が抜けた様に診察椅子にがくん、と腰をかけた。

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