犯人の色はどんな色?

護武 倫太郎

問題編

「警部、現場付近で怪しい人物がいなかったか聞き込みをしたんですが、ちょっと問題が……」

 殺人事件の通報を受け、現場検証をしていた私の元に、部下の刑事が駆け寄ってくる。聞き込みの情報に矛盾でもあったのか、かなり困惑している様子が、どこか子犬のようでかわいらしい。

「一体何があったんだ?」

「それが、殺害現場から慌てて立ち去る犯人を見たっていう証言が4名から得られたんです」

「おいおい、4人も犯人を目撃しているなら、犯人確保も時間の問題じゃないか。一体何が問題だっていうんだ?」

 今回の事件は、閑静な住宅街の民家で起こった強盗殺人事件だった。被害者は有原ありはら 泰蔵たいぞう、72歳。自宅にいたところを、白昼堂々忍び込んできた強盗と鉢合わせし、殺害されてしまったものと見て捜査している。

 現場には争った形跡があり、金銭等がなくなっている状況等から、殺害は衝動的に行われたものと考えられた。だからこそ、犯人が逃走する現場を目撃した人物がいないものかと目撃証言を集めていたわけだ。

 しかし、現場付近には防犯カメラ等は無く、有原宅が強盗に狙われたの理由はその辺りにあるのだろうが、それ故に捜査は難航するだろうと思われた。そんな最中の目撃証言は非常にありがたい。

「それが・・・・・・、目撃者によって犯人の特徴が違いまして」

「犯人の特徴なんてのは主観が伴うから、多少の誤差はあるものだ。で、どう違ったんだ?」

「犯人が着ていたという服の色が4人とも全然異なっているんです」


「では、もう一度あなたが目撃した犯人の様子を教えていただけますか?」

 私は部下と二人で改めて4人の証人から話を聞くことにした。まず一人目は犯行現場の近所に住んでいる21歳の青年、緑川 たくみさんからだ。緑川さんはその名にあるように緑色の服を着ていた。

「はい、この辺は近所なんで大学の講義がない日もよく散歩してるんですけど、事件があった家の方から慌てて走って行った人物を見たんです」

「なるほど。その人物はどんな特徴がありましたか?性別や年齢、背格好や服装など、思い出せる範囲でかまいませんので」

「そうですね。黄色い服を着ていた男性だったと思います。年齢はよく分かりませんが、背は多分僕よりは大きかったんじゃないかな?」

 緑川さんの身長は160cmくらいと、男性としては低い部類だから、成人男性の平均的な身長ということになるのだろうか。

「ちなみに緑川さんは被害に遭われた有原さんと面識はありましたか?」

「えっ、特には無いですね。まあ近所なんで何度か見かけたことはありましたけど。もしかして、僕が疑われているんですか?」

「いえいえ、形式的なものですので」


 二人目の目撃者はやはり現場の近所に住んでいる、黄川田きかわだ 浩司こうじさん65歳だ。黄川田さんは、黄色い服を着ていた。

「黄川田さんが目撃された犯人はどんな人でしたか?」

「おう、俺はよ毎日ジョギングをしてんだよ。昔は国体にも出たことがあって、ちょっとは名の知れた陸上選手だったんだ。今でも走るのが好きでね、脚を鍛えてるってわけだ。でよ、ちょうど有原んちの前を通ったらよ、きょろきょろ周りを警戒するような怪しい奴を見かけたってわけよ」

 なるほど、黄川田さんは黄色い服を着ていて走りが達者なわけか。しかし、黄川田さんの身長は緑川さんと同じくらいだ。

「その怪しい人物はどういう特徴がありましたか?」

「おう、そいつは青い服を着ていたな。あと、背はあまり高くなかったと思うぜ」

「年齢とか性別はどうでしたか?」

「それもよ、怪しい奴だったから見てやろうと思ったら、こそこそ逃げ出しちまって分からねえんだよな。男か女かも分からずじまいよ」

「ちなみに有原さんのことを呼び捨てにしていましたが、親しい仲だったのですか?」

「まあな、有原とは一緒にゴルフに行く友達だったんだ。あんなに良い奴だったのによう」

 黄川田さんは、突然友人を失うことになった悲しみからか、涙を流した。

「あのやろうがもし犯人だったなら、通報されてでもあいつを追っかければ良かったぜ」


 三人目の目撃者は学校帰りの中学生、若干13歳の青柳あおやぎ 悠斗ゆうとさんであった。青柳さんの通う中学校の制服は、綺麗な青色をしていた。まだ入学して間もないからか、ぶかぶかの制服がかわいらしい。

「では、青柳さんが目撃した犯人の特徴を教えてください」

「はい。学校から帰っていると、有原さんの家の方から慌てて逃げていく怪しい人物を見ました。ですが、顔まではちゃんと見ていなかったので、お役に立てるかどうか」

「いえいえ、ご協力に感謝致します。では、性別や年齢、背格好や服の色は覚えていますか?」

「そうですね、男性だったと思います。背は高かったんじゃないかな。服の色は・・・・・・、あんな感じの色でした」

 そう言うと、青柳さんは郵便ポストを指さした。

「つまり、赤色ってことっすね。ところで、青柳さんは有原さんとはお知り合いでしたか?」

「はい、ときどき僕の家に遊びに来ていました。僕のおじいちゃんと仲が良かったみたいで。だからそんな人が殺されるなんて、怖いですね」

「犯人逮捕に全力を尽くしますので、ご安心ください」


 四人目の目撃者は有原さんの斜め向かいに住んでいる赤松あかまつ 修司しゅうじさんだ。赤松さんは在宅の仕事をしている46歳の男性で、身長が高くモデルのような見た目をしている。そして赤松さんは真っ赤な服を着ていた。

「赤松さんは、ご自宅を出ようとしたときに、偶然犯人を目撃したということでしたよね」

「はい、本当に偶然でした。有原さんの家から慌てて出て行く男を見たのです」

「男性だったのですね。他に特徴はありませんでしたか?」

「それでいうと、緑の服を着ていましたね。あとは、あまり背が高くない小柄な男に見えましたよ」

「なるほど。では赤松さんは有原さんとは面識がありましたか?」

「えーっと、これはあまり言いたくはないのですが、度々揉めてましたよ。うちで飼っている犬がうるさいとかなんとかで、怒鳴り込んできたこともあって。それこそ警察に相談にも行ってますし……。これって、私に疑いがかかってるんですか?」

「いえいえ、あくまでも形式的な質問ですので」


 全ての目撃証言に耳を傾けたところ、たしかに部下が言うように4人とも目撃した犯人像が異なっていた。

「ね、犯人がどんな色の服を着ていたのかさえバラバラでは、見当が付きませんよ」

 しかし、部下は気づいていないのだ。たったということに。

「良いかい?犯人はさっき聞き取りをした4人の中にいたんだよ。何しろ、その人物だけが嘘をついているのだから」

「えっ、でも4人が4人とも犯人の服の色をバラバラに答えているんですよ。なのに嘘の証言は一人だけっておかしくないですか?もしかして、誰かは犯人ではない人物について語っているとかですか?」

「いや、3人の目撃証言は全て、犯人について語っているよ」


 さて、ここで読者への挑戦状です。

 4人の目撃者のうち、唯一嘘の証言をしている犯人とは、一体誰のことでしょうか?

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