第9話 夕刻、出迎え、延長戦
「学園って、たしかここら辺……だよね。
マキビにー、どこかな?」
最近、マキビの帰りが遅くなりがちだ。
彼がいないと、夜ひとりで暗い廊下をトイレに行けない。
そんな気弱な少女が慣れない中層へ、学園、その校門前までひとりでやってきてしまった。
カーシャは放課後のマキビを探して、道をうろたえながら歩いているうち、マキビを焼き殺そうとした生徒らの膝にぶつかってしまう。
「野郎のせいで、俺たち危うく早退扱いにされるとこだったじゃねえか。
ふざけんなよ、なんで人間如きが、血統学を受けられるとか――これは制度からして、おかしいだろ」
「俺たちはまじめにやってただけなのに、なんで教官がやめさせられなきゃならん?
学園から消えるべきは、あのマキビとかいうくそったれだろうが。
――いったッ!!? んだよなんだ!?」
「きゃっ!!?」
空き缶でも蹴るようにして、少女を路上に一時駐車されていた軽乗用車のフロントドアまで蹴り飛ばす。
少女はせき込み、肋骨にひびが入ることとなる。
それ以上に痛みと恐怖で、その場にへたれてしまった。
「あっ……うぅ――コッホ――っ」
「ガキか、しかも人間かよ。
なんでこんなとこに?」
「ごめん……なさ……すけて――きびにぃ……」
「ほぅ――」
三人衆のひとりは、少女のか細い声を聞いて、おおよそを察した。
「たしか野郎って、孤児だったよな? てことはこのメス、ガキ」
「あぁ……あぁそういう、なら連れてってやろうぜ。
無論、俺たちで味見してから、ってなどうよ?」
「いいな、お前天才じゃん?」
マキビに対する、非常に陰険ないやがらせを、妙案のように嬉々として仄めかす。
いたいけな少女に手を出そうという卑劣漢どもが、まさに彼女の腕を引こうとしたとき、手前に血色の結晶片が遮った。
「なにを、しているの、あなたたち。
子どもを相手に」
「な、イアクタさん!?
べ、別に……俺たちはただ、礼儀を知らない人間のガキに、教育してやろうってだけで」
気弱な言い訳をしたのは、瘴気を授業で扱った少年だ。
「最っ低ね。
そんなにマキビ・ルーブラムに負けるのが悔しい?」
火炎を扱っていた少年は、苛立ちを募らせている。
カーシャを蹴とばしたのも、彼だ。
「なんで吸血鬼のあんたが、人間なんかを庇うんだよ。
こんなの、ただの血袋だろうが――さきにぶつかってきたのはそっちのガキだ」
「だからって、周りをよく見て歩けないほうも、どうなのよ」
「っ――学年首位だか、大公の子女だか知らんが、お高くとまりやがって」
火炎の少年は、相変わらず身の程をわきまえない。
もうふたりは、彼を引き止めようとするも、既に遅かった。
彼は掌のうちで、火球を生成する。
「おいよせって」「大公の娘に手を出したら、ただじゃ済まないぞ」
「なぁにやってやろうぜ、あの女を、ガキから引き離せばいい。
なにも傷つける必要なんてないんだからな!」
ふたりは彼の悪辣な頭の回転の速さに、舌を巻く。
「俺があのアマ抑え込んでやるから、その間にガキしょっぴいてこい!」
「よっしゃ……気合入ってきた」「おぉ、熱いね――よもやこんなところで、学年首位に挑もうとは」
すっかり乗り気であった。彼ら自身、三人でかかって、彼女ひとりに押し負けるつもりはない。同じ一年同士、スタートラインは同じのはずだ。
イアクタは、眉間に皺を刻む。
「ばっかじゃないの――んなやっすいプライドで――っ!!?」
「口より先、手を動かすんだな!」
何度目かの火球が彼から放たれる。
小規模なものを連続して、イアクタ自身ではなく、うろたえるばかりのカーシャへ向けて。
イアクタが割って入ろうとしたとき、視界を瘴気が襲った。
(私に当たらないよう、火球のベクトルを瘴気で押しのけて、視界まで器用に塞いで)
「くっ、対応と連携が速い!?」
彼女は苛立たしげに怒鳴る。
側面から、彼の仲間が割って入り、見事な連携で、彼女を囲った。
「まずい、このままだと――」
カーシャへ向けて、三人目の手が伸びる。
イアクタが振り返ろうとした瞬間に、もう片手で、三人目は瘴気を空間ごと膠着させ、身動きを取れなくする。
「三人がかりだ、いかに資質の高かろうが、あんた個人の対応力だって限られる。
せいぜいそこで、とどまっててもらおうか……俺たちの邪魔をしないでね?
肩書きだけの、ナンバーワン」
「馬鹿に、してくれる」
彼女は唇を歯ぎしりとともに噛みちぎり、自身の権能を解放する。
「我が血統、我が家名、そして我が
――、『
大公家の吸血鬼が担う、固有の血統術であった。
周辺に吸血鬼が存在する場合、その使用される血からソーマの制御権を奪い、自分以外の吸血鬼の血統術を膠着させる。ただしこれは、自分以外周囲の吸血鬼すべてに適用され、発動時の術は敵味方に関係なく、膠着、術の発動を阻害してしまう。
吸血鬼を相手どるのに、特化した技術、『吸血鬼殺し』とも呼ばれる。
敵しかいないこの状況なら、なにも惑うことはない。
――これはくせの強い技術であった。
瘴気なら、これは体表に直接触れる。
そこからソーマのみを吸い上げるのは易いが、敵性なら、敵意がその不快感とともになだれ込むのを、術者は体表でいちいちいなす。
対吸血鬼の継戦能力にすぐれている、が、多用するのはこうした性質上、術者としては避けたいところだ。
また吸引できるのは、術者が直接触れた血にまつわるソーマのみになっており、すると術者が安定して術を行使したくば、敵である吸血鬼に、自然接近しなければならない。
イアクタも日頃ある程度まで、格闘技術は磨いているが、相手の視界を撹乱しての奇襲による短期決戦、などが彼女本来のバトルスタイルとなる。
「大公家の血統術だ気をつけろ、ソーマを吸われるぞ!」
火球男が叫んだ。
(彼女をまずは取り返す――)
「させるかよ!」
「!?」
彼女が割って入ろうとしたように、三人目がカーシャの襟を引こうとするところへ、一人目が行かせない。
「この猿がっ」
「抑え込めば、大公の血統術は俺に集中する!
今のうちだ、いけお前ら!」
「やってくれたわね――、あんたは、ここで殺すわ」
「ごっ!」
火球男は自分がカーシャを蹴とばしたように、イアクタの強烈な足蹴を正面から喰らうも、両腕の折れながらも、その場で踏みとどまってみせる。
「腕が砕ける痛みに耐えてまで、よくもこんなことに躍起になれたわね!?」
「下級貴族にだって、意地があらぁ!」
たとえ資質で上回ろうと、残りのふたりを逃せば、これはイアクタの敗北となる。
醜悪なクラスメイトは、思った以上の技巧派揃いだった。
これほど侮辱的な気分を、イアクタは生まれて初めて味わったかもしれない。
「振り切られる、私が? そんな……」
視界の端へ、三人目の背中と、泣き叫ぶ少女の声が遠い。
火球男の両腕を踏み台に、足に入れる力を、こちらも折れ砕けるほどの圧でもって、そこまでの
足など、すぐに治せる。これは私の、在り方にかかわる問題だ。
「させるわけ、ないでしょが!」
今度は瘴気の男が、仲間の盾へ入ろうと、瘴気を放つ。
「そんなもの、効くわけ――!?」
路上を飛んでいたら、トレーラーに弾かれた。
ほんの一瞬の瘴気に、見事惑わされている。
――不覚だ。
彼女の華奢な身体が、宙を無気力に舞う。
(コケにされて、挙句間に合わないですって?)
自分が奴らの非道を知って、立ち向かって……力及ばず。
この前だってそうだ、私は口先では正しいことを言っているつもりで、私自身の力では、なにも成しえていない。膝が震えている、マキビにそう言われた時だって、赤面するほど恥ずかしかったというに――また。
「きみが優しいひとで、俺はいま、救われてる」
路上に落ちそうになった少女の身体を、青磁色の目をした少年が、受け止める。
*
三人目、仮に結界男と呼んでおこうか。
イアクタを振り切ったところで、道を角にまがり、息せき切っているが、その肩口に白光を放つ十字剣がレンガ壁ごと射貫き刺さるや、カーシャを取り落とす。
彼女が落ちる前、苦い顔でルスキニアがその身体を抱き受けた。
「吸血鬼を殺せる剣って、知ってるか。
……まぁ、今回は加減しているけど」
怯えるやつの肩口から引き抜けば、硝煙のようなものが、細々と止まらない。
「失せろ、瘴気使いの馬鹿野郎も連れて、とっととな」
――このことは、正門前にいた全生徒が目撃してる。
どのみち、ルスキニアはただで済まそうつもりはない。
「大丈夫、マキビは俺の友達だ。
あいつなら、すぐに会えるよ」
やむなく触診で、肋骨の折れていることに気づくが、それを顔に出すわけにもいかぬ。
彼女に不安と恐怖を与える要因は、少しでも除かないとならない。
*
火球男が、イアクタのいなくなってから、腕を回復させていると、その背後から巨躯の影が覆い――、彼が気づいて振り返った時には、右の肩口から先が弾け、溶け落ちている。
灰色の機体が、夕焼けをバックに佇む。
その顔は黒地、青磁のスリットラインが横走り、妖しげに発光していた。
その右手に担われる、銀の斧は、刃面に彼のおびただしい血を『焦げ付かせ』て、路面を垂直にたたき割っている。
「甲冑機だと、なんでこんなところに、さっきまでこんなのいなかっただろ!!?
血は足りてるはずなのに、傷が回復しない!?
うあぁあああああああああ――ッ!」
彼が焼きただれた肩を押さえて悶えていると、今度は背後から、血だらけの少女を抱いた少年が、つかつかと歩いてくる。
「授業だからこの前は、壁役に徹したけど。
お前……人間が吸血鬼を殺せないとでも思ってる?」
「貴様っ、いったいなにを――ッ、俺の腕を、俺の腕ぇえええええええ!!?」
「っ」
舌打ちとともに、路上に転がっていた肩先を、彼のところへ蹴り飛ばす。
そこへ一輪車がおり悪く過ぎ、一度踏みにじられている。
潰された腕へ、野郎は慌てて駆け寄って、抱き寄せた。
「俺の腕、ウデェ、ツ、ツカナイ、ツカナイヨォ!?
ナンデ、ナンデぇ!!!」
阿呆みたいに――いや実際阿呆なのだが、すっかり知能指数が吹っ飛んだ間抜けな顔で、マキビを見上げるものだから、こっちだって反応に困る。
というか……ずっと、この場についてから、表情を作ることを忘れている自分がいた。
奴はすすり泣きながら、校舎の保健室へ、よたよたした足取りで出戻っていく。
「ふざけんなよ……カーシャ巻き込んで延長戦だと、あいつら?」
声の震えるマキビの憤りがどれほどか、イアクタにはわからない。
本気で怒っていることだけは、伝わっていた。
「――ごめん」
「なんで、あんたが、謝んの。
私じゃ、守れなかった。私が、悪いのに。
この甲冑機は?」
「……迂闊に呼ぶものじゃ、なかったな」
マキビが指を鳴らすと、彼と同じよう、青磁色に目を光らせた黒猫が路上に忽然現れ、啼いた。
「にゃー」
哀しげな声とともに、マキビの肩口へ駆け上がる。
ぼろぼろのイアクタは、ずっとぼんやり、灰色の人形を見ていた。
やがてその足元に、紅色に発光する結晶が輪をなして、その輪へと、人形が吸われて消える。
「消え……た?」
「いまのは見なかったことに、してくれ。
その代わり、回復に血を分けるから」
「あぁ、ありが、とう……ごめん、助かる」
お姫様だっこ、というやつのほかに適切な呼び方は知らないが、こんな状況でわざわざ茶化すような、野暮なやつもいない。
イアクタは彼の首へしがみつき、彼の血を啜った。
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