ヤンデレ吸血鬼学園純愛ADVの最下層モブに転生したら、すぐ死にかけます

手嶋柊。/nanigashira

第一部「孤児院と脈なし幼馴染を守るやり方」

第1話 親ガチャどころか孤児ですが

「待てよお前、その金いったいどこで作ってきて――、本気で言ってるのか?」


 孤児院で同期にして、幼馴染のクレオという少女が、侯爵家の手篭めになっていたのを知ったところから、モブである俺の話は始まる。

 物心ついたときから、マキビという名前だけあった。

 本名は漢字というもので当てるらしいが、字を教わらないまま育って、『真備』と書くのだというそれ自体が、単なる『図形』にしか見えなかった。

 ――今日までは。

 クレオという少女は、育った孤児院を大切に想っている点では俺と共通していた。

 急に引き取り先が気になったから、調べてみれば侯爵家。

 どうりで「なにも言わずにいなくなった」わけで、そりゃ男に抱かれるため、だなんて、なまじ外聞に障る。

 そのことがわからなかった俺は、ほんの数分前、真実を知るまで、彼女と稚拙な口論をやっていた。

 なんでなにも言わず、孤児のみんなや俺の前からいなくなった?

 その答えが、これだ。

 この時代、吸血鬼による人間との支配層交代シンギュラリティが起きて、五百年以上が経っている。そのため、一部の特例や血統を除いて、爵位というものを担うのは、この社会では殆どが公然として「吸血鬼」であり、侯爵というやつもまさしくそうだった。

 俺は、吸血鬼という存在が嫌いだった。

 いや……たぶん今日、この機をもって、本当は「嫌いになる」はずだったし、事実あの変態な人外らを嫌いになっている。

 人の血を吸い、まぐわいは基本的に享楽以上の価値がない。

 意図して種を遺すこともできるが、軽く人の血を啜ってたやすく長命を得られてしまう種が、進んで世代の交代をしようとはならないし、当代自らが至高の個体として、研鑽を積みたがる。爵位持ちの家柄は、三百年近く当主が変わっていない、なんてのもざらにあることだ。

 侯爵というのも、人外ゆえの特性を活かした老獪なじじいであり、年頃の生娘を入れ食いするとはもっぱらの噂だった。

 そう侯爵だ、“こーしゃく”じゃない。

 公爵と侯爵の違いも、俺はさっきまでまるで知らなかった。


 孤児院にふらふら、憔悴しながら戻った俺の顔色を、年下の子たちが下から見上げて心配する。


「マキビにー、大丈夫か?

 クレオねーに会いにいったんだろう?」

「あぁ、……会えなかったよ」


 少年たちを心配させないよう、頭を撫でて、夕食後の歯磨きをするよう、向こうへ促す。

 それから狭苦しい自室へ戻り、啜り泣く。

 この部屋は二段ベッドで、上の段はクレオが女の子ってことでずっと占有していた。

 俺の物心ついてから、ずっと。

 間違いなんて起こりようもなく、監督役のマザーが起こしに来る、貧しく些細で、代り映えのなく――でも俺にとってはかけがえのない、そんな日々はとうに終わっている。

 昔のままだと想っていたのは俺だけで、とっくにあの子は、大人の階段を上っていた。

 その事実に、自分は想像以上に打ちのめされたらしい。

 ……でなくて、なんで前世がどうとか。

 記憶が混濁している。

 クレオと喧嘩別れした後、呆然とその場に立ち尽くしていたら、急に頭の中に、自分とは違う男の人生の記憶が流れ込んできた。

 まったく違う文明、ゲーム機のコンソールや、見たこともない四角いスリムな機械や建築物が、そいつにとっての「現代社会」らしい。

 気をやってしまっているんじゃないかと、正直今でも疑っているのだが――自分の現在、実体験に重なって――やがてかつての人格が馴染んで、整理できてきたら、わかったことがある。

 蒸気機関と吸血鬼の暗躍する、アドベンチャーゲーム。

 ニッチなジャンルだったから、まだまだ困惑も大きいが、たぶん間違いない。

『ヴァンパイア・フラスコ』というヤンデレ純愛・加えてスチームパンク要素のある女性向け十八禁恋愛アドベンチャーゲームだ。

 マキビという少年は、本作の鬱シナリオ部分の多くを牽引し、時折ファンの間で批判のやり玉にさえ上げられがちな、愚昧なるモブキャラである。おかげで顔だけはそこそこのキャラクターデザインなのに、ゲームでメインターゲット層の女性ユーザーからのヘイトがやばかった。

 本編シナリオ上でも、マキビがクレオの非処女バレしてから、自室で嗚咽するシーンはあったし、それを機に彼の迷走も始まることになる。

 が、現在の「俺」が泣いているのは、クレオの処女性を今さら信仰しているからではない。あいつが『オッサン専』だというの、そしていまの侯爵との関係を個人としたらまったく不快に感じていなかったことが、それを最期まで知らなかったマキビとのすれ違い、そして彼の迷走に拍車をかけていくことを『ゲーム知識』としてもう知っていた。

 ただの「マキビ」であれば、クレオの処遇というか処女性に固執して、侯爵に直談判行ったら、彼女や孤児院の存続なんかを盾に脅迫されて、紆余曲折のち暴走を遂げ、大体人間の女主人公と、契約したヴァンパイアであるパートナーのヤンデレイケメンに見苦しくて介錯される。

 最悪の場合、クレオを自ら手にかけて、殺してしまう分岐もあった。


 泣いているのは、自分に気のないとわかっている幼馴染を救わなければ、今自分が世話になっている孤児院の経営が、遠からず怪しくなってしまうからだ。

 矮小なモブキャラとしての自分の保身になんて、こだわっている場合じゃない……。

 しかもなんら身分に後ろ盾のない、親ガチャどころか孤児って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る