第10話 『わざとらしい予兆』

 山の手の街から大通りへともどってきた時、アキトもそれなりに疲れを感じていた。


「なんか、人が多すぎて、めまいがしてきた……」


 そんな彼に追い打ちをかけるように、スピーカーで巨大化されたヒステリックな声が大通りのほうから轟いてきた。


「アンドロイド反対! 私たちの社会に、人間もどきのアンドロイドは必要ない!」


 何事だろうと目を向けると、警官に誘導されながら大通りを練り歩く一団が見えた。

 彼らは反アンドロイド市民連合と書かれた横断幕を広げ、スピーカーを片手に声を張り上げていた。いわゆるデモというやつらしい。

 その先頭には、上品な身なりの中年の婦人がいた。


「みなさん! アンドロイドは決して人間を幸せにしません! アンドロイドは人間の心を狂わせ、大切なものを奪い去っていきます! 友人を、恋人を、家族を奪います! 人間から人間らしさを、心を奪います! 私たちはアンドロイドの危険性を知り、その存在に危機感を抱かなければなりません! アンドロイド反対!」


 アンドロイド反対! とデモ隊は繰り返す。

 アキトはすぐに関心を失くしたが、透は物珍しそうにデモ隊を眺めていた。


「へえ。これがデモってやつか。初めて見たな……。ん? おい、なんかこっち来るぞ」


 透の言う通り、デモ隊の先頭にいた婦人がなぜかこちらに近づいてきた。


「あらあら。やっぱりあなただったのねえ。こんなところで会うなんて、まあまあまあ」


 婦人は透の隣にいた彩に声をかける。


「え、ええ。ほんと、偶然ですね」


 彩は少しぎこちない口調で答えた。

 二人のやりとりを見て、アキトは以前に学校で婦人を見かけたことを思い出した。

 まあそれはどうでもいい。それより彼には気になることがあった。


 どうして彩は、この人と偶然出会ったような振りをしているんだろう。


 彩が演技をしていることは、すぐわかった。

 といっても、彼がその理由を問い詰めることはない。

 彩には彩なりの事情があるのだろうと考えていたからだ。


「こうして出会えたのも何かのご縁ですわねえ。そうだわ。よければ一緒にお昼でもいかがかしら。かねてからあなたとはゆっくりお話してみたいと思っていたんですの」


「ええと……」


 彩は透のほうを見る。


「俺はべつにかまわねえぞ。アキトはどうだ?」


「僕もだいじょうぶ」


「なら決まりですわね。活動は一時までに終わる予定ですから、その後ということで。場所はそちらが決めていただいてかまいませんわ」


 わかりました、と彩はこれから行く店を婦人に伝えた。

 婦人と別れた後、彼らは目的地の店へ向かった。

 そこは大通りから少し離れた裏通りにある古民家風のカフェで、店内は欧州の絵本の世界を思わせる内装が施されていた。単に調度品をそれっぽく統一しているだけではなく、全体の空気感が異国のそれを感じさせる。やはりここも例のドラマのロケ地になっていたらしい。

 約束の時間までまだまだあるが、何も注文せずに居座るのも失礼なので、アキトと透はアイスコーヒーを、彩はアイスカフェオレを注文した。

 ハクアは何も頼まず、アキトの隣に座って本を読んでいた。

 時計の針が午後二時を指しても、婦人は現れなかった。

 アキトは時々窓の外を見たが、婦人が来る気配はない。

 先に食事を頼むのも失礼なので、三人は空腹のまま婦人を待った。

 アキトが窓の外を見るたびに、雲行きは怪しくなっていた。

 どうやら一雨くるらしい。



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