第10話 『総合文芸部というつながり』

 昼の二時を回っても、彩は部室に姿を見せなかった。

 彼女のことが気になったアキトは、様子を見にグラウンドへ向かった。

 グラウンドを一通り探してみたが、どこにも彩の姿は見当たらない。グラウンドの端では陸上部の部員たちが木陰に入って休憩しており、そこにはアキトと同じクラスの女子がいた。

 なのでアキトは彩がどこにいるのかを彼女にたずねた。


「彩なら少し前に黒川先生が用事があるって連れてっちゃったよ。なんか、昨日言ってた作文について話があるんだって」


 彼女は首にかけていたタオルで顔をふき、意味ありげな笑みを浮かべる。


「なになに? カノジョのことが気になるの?」


 うん、とアキトはうなずく。同時に不思議に思った。

 どうして急に「彼女」なんて他人行儀な言い方をしたのだろう。


「お、意外と素直だねえ。でもなんか私的には物足りないかなあ」


「とりあえず職員室へ行ってみるよ。ありがとう」


 アキトは校舎へ向かい、普通棟一階にある職員室を目指した。

 廊下を歩いていると、職員室の手前にある応接室から出てきた彩の姿が見えた。

 かなり急いで来たらしく、彼女は制服ではなく体操服を着たままだった。

 アキトが彩に声をかけようとした時、応接室から小奇麗な身なりの中年の婦人が出てきた。


「それではまた、よろしくお願いいたしますわ」


 婦人は背筋をピンと伸ばし、きびきびとした動作で歩いて、アキトのそばを素通りした。

 彼の存在に、婦人はまるで気づいていなかった。

 婦人の姿が遠ざかった後、彩はアキトのそばへ駆け寄った。


「アキ。なにしてるの?」


「彩がなかなか部室に来ないから、気になって様子を見に来たんだ」


「そうなんだ。ごめん。ちょっと急用が入っちゃって」


「さっきのおばさんと何かしてたの?」


「終業式の前の日に人権講演会があるでしょ。そこで私の作文を朗読することになったって言ったじゃない。その打ち合わせ、みたいなことをしてたの」


「そうなんだ。よくよく考えると、けっこうすごいことだもんね。全校生徒の前で朗読するんでしょ?」


「うん。まあ、ね。それより部室はまだ開いてるんでしょ。私は着替えてからすぐ行くから、アキは先にもどってて」


「わかった。じゃあまたあとで」


 部室へ向かうアキトを見送りながら、彩は小さくため息をついた。


 アキトが部室にもどってからしばらくした頃に彩はやって来た。

 彩は久し振りに部室へ来たことを謝り、部長はひさしぶりに彩が来たことを喜んだ。

 部長はさっそく彩にアキトへしたのと同じ質問をした。

 彩はすぐに部長が求めていた答えを示した。

 彼女は心の結びつきというものをごく当たり前に理解していた。


 その後、三人は最終下校時刻になるまで、三者三様に文化部らしく文化的な活動に取り組んだ。

 部長は小説の執筆を、アキトと彩は絵の練習をした。この二人は、壊滅的な美術のレベルをなんとかするために、総合文芸部に入部したのだ。

 美術部に入るという選択肢はなかった。

 すでに美術部は廃部になっているからだ。

 美術部だけではない。文芸部も、写真部も、合唱部も、かつて存在した文化部のほとんどは廃部、あるいは休部になっている。

 その主な原因は『代生』の増加だった。

 基本的に『代生』は部活動に参加することができない。『代生』であることを知られてしまう危険性があり、復学に支障をきたすと考えられたからだ。

 なので、部員数も少なく『代生』になる傾向が強い生徒が多かったいくつかの文化部はことごとく廃部となった。

 部室棟二階の最奥の部屋は、廃部や休部となった文化部の備品置き場として使われるようになった。

 そしてそれらを土台として、総合文芸部は成立したのだ。



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