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ガタンガタン。今にも壊れそうな音を出しながら荒れた道を荷馬車が走っていた


「もうすぐ到着だぞ。しかし、兄ちゃん。あんたみたいに若いのがこんな所に何かの用かい?なーんもねえとこだぞ」


運転席には齢60程度のふくよかな体型をした男性が1人だけだ。だが男は独り言ではなく、どうにも後ろの荷車の方へ声を掛けているらしい。荷車には藁やら瓶やら食べ物などが多く乗せてある為、人が座れるスペースなど殆ど無いに等しいのだが、ひょっこりと藁の山から、ローブを被った少しだけ垢抜けた表情の青年が顔を出す


「いえ用というか。唯、色々な所を見て回りたいって思っただけです」


「カーッ!立派!そんな若さで世界を見て回ろうだなんて、アンタ立派だねぇ。うちのアホ息子も少しは見習ってくんねえかねぇ!」


男性はガハハと聞いてて気持ちよくなる程に大仰しく笑うが、僅かに声のトーンを落として


「しかしだなぁ。兄ちゃんよ、ここら一帯は最近、人攫いやら盗賊やら物騒らしいからな。気を付けなきゃいけねーぜ?」


そんな男性の脅し文句に青年は少しだけ口元を釣り上げ


「心配ありがとうございます。ですが、こう見えても自衛出来る程度には剣に覚えがあります」


「ほ~兄ちゃん。剣に自信があるのかい」


感嘆した風な溜め息を男性は漏らす


「俺もこう見えて昔は結構慣らしてた口でな。魔物共相手にばっさばっさと大立ち回りさ 」


男性は剣を持ったかの様な仕草で、何もない空に向けぶるんぶるんと腕を振るう。だが急にピタリと腕を振るうのを止める


「‥‥‥魔王が死んで幾ばくか。こんな世界が来るなんて夢にも思わなんだ」


「勇者様には感謝してもしきれんよな」


「‥‥‥どこ行っちまったのかねえ。勇者様は」


男性はどこか懐かしむかの様に遠い目をする


「ハハ、いけねぇ。いけねぇ。柄にもなく感傷的になっちまった」


男性は直ぐに我に返り、恥ずかしそうに蓄えられた髭をぽりぽりとかく


「感謝‥‥‥ですか」


そんな男性の言葉に青年は寂しさと皮肉さを掛け合わせた表情を僅かに垣間見せながら蚊の鳴く声でつぶやく


「だったら、どうして‥‥‥」


「ん。何て言ったんだい?」


「いえ、なんでも」


最後に青年が口にした言葉は余りにも小さすぎて男性の耳には届かなかったらしい


「そうかい。‥‥‥おっ!兄ちゃん。リオール町に着いたぞ」



小さな町が青年の目に映る。辺境な土地だけあってお世辞にも栄えた町とは言えない。男性が馬車を止めると青年は眉を潜める


「やけに騒がしいですね」


「だな。何かあったのかね」


殺気立った人たちが、口煩く入り口前で誰かに対して喚いている


「だから化物が来たんだって!!」


「ソイツの特徴は?」


「少女の姿してて真っ赤な髪で服も血まみれで、あと、獣みたいな鋭い眼でそれから牙があって爪やツノもあって‥‥‥」



「はぁ……」



どこまでが本当なのかも分からない話をうんざりした様子で聞いてる2人組は冒険者だろう。人の話には誇張と主観が入り混じる。アテにならないことも多いからだ


「此処までありがとうございました」


青年は男性にペコりと頭を下げ馬車からタンッと軽快に降り立つ


「いいってことよ。あ、待ってくれ」


「はい‥‥‥?」


男性は荷物から食べ物を幾つか適当な袋に詰めて青年に差し出してくる


「‥‥‥僕お世話になりっぱなしですね。重ね重ね本当にありがとうございます」


袋を受け取った青年は男性の行為につい笑みを浮かべてしまう


「ガハハ。良いって良いって。助け合うのは普通だろう」


「普通ですか」


そんな事が出来るのが果たして何人いるのかと青年は考え、顔を曇らせる


「そう、ですね。別に特別でも何でもない。普通のことなんですよね」


青年は取り繕うかのような力ない笑みを即興でつくる


「おう!」


男性は青年のそんな表情に違和感を覚えることなく楽しそうに自分のお腹をポンポンと撫でて、また会おうな、兄ちゃん。そう言って馬車を走らせ去って行った


「‥‥‥さてと」


男性が去って見えなくなると青年はローブを目元深くまで被り、殺気立った人たちの元へ近づいて行く


「何か事件でもあったんですか?」


青年は冒険者を取り囲む野次馬の1人に声を掛け、何があったのか事情を聞いてみると男は血相を抱えた様子で、青年が聞いてきた以上の事まで自分から話してくれた


男は興奮してたからか、話の段取りは支離滅裂で余計な情報も挟んできたので、青年は頭で要点だけを整理し直し組み立てる


今から丁度二時間前に突然人に酷似した化物が町に来た。特徴は血に濡れた髪と服装で、瞳はそれと対照的な群青色。角を生やし口は裂け爪は槍の様に尖っていたらしい

町に襲来した際に突然住人を襲い見かねた人たちが一致団結し、なんとか勇気を振り絞って追い払ったのだそうだ。

化物が逃げた所は鬼の森と呼ばれている場所で普段は恐れて誰も寄り付かない場所らしい。

また腕の立つ有志を募って5人の若者が武器を持って化物を退治しに向かったたがそれっきりらしい。

そして今現在は冒険者ギルドに討伐依頼をしている真っ最中というわけだ。


(どこまでが本当なのか)


青年は話を聞いた住民が過度に興奮して話すため、鵜呑みにする様な真似はせず参考程度にしようという考えだった


「分かりました。ありがとうございます」


適当に世辞を投げ、青年は直ぐに足の鍔を返し村から出ようとする。目的は鬼の森だ。


「お、おいあんた。何処行く気だよ?まさか!」


青年は住民に引きとめられてしまったので心にも無い言葉を口にする


「‥‥‥化物退治ですよ。僕強いですから」


「心意気は買うけど、やめておいた方が良いよ」


突然会話に入ってきたのは2人組の冒険者の片割れだった。大方、面倒な聴取を相方に任せ自分は逃げたのだろうと青年は推測する


「へぇ。そうですか、心遣い痛みいります」


青年はもう耳を貸さず、話を切り上げ歩を進める


「こらこらこら。人の忠告は最後まで聞きなさいってば」


そいつは青年の前に回り込み、手を広げ通せんぼする形となる


「君は死にたいの?君みたいに森に行って5人も帰って来てないんだよ!?」


「仮に僕が死ぬとして貴女に関係が?」


「関係無いからみすみす死なせるなんてアタシはゴメンだね!」


なんだこのお節介焼きは。どうしたものかと青年は内心思慮する。どうにか穏便に森へ向かう方法を考え立ち往生してしまうが妙案は浮んでこない


「そんな顔したってだめだからね!」


「大体君は鬼の森の場所知ってるの?」


一瞬だけ見定めるように視線が鋭くなる。青年は身を竦めながらも指でちょんちょんと地面を指す


「?」


そいつには青年の行動の意図が読めなかった様で、頭からクエスチョンを浮かばせていた


「足跡で追えます。その化物と5人の若者たちのね」


「‥‥‥そ、そんなことできるんだ。ふーん。観察眼は優れてるようだね。なら今度は私と手合わせして実力見せて貰おうかな。私が認めたら同行を許す!」


「はい?」


待て。どうしてそうなる。しかも何だ同行って。なんでお前の許可が必要なんだ。口に出したかったが堪える

青年は僅かに困り果てながらも思索に耽るのを他所に少女は武器を構える


「どうしたの。構えないの?」


「待ってください。今考えをまとめてるんで」


青年は明らかに自分より年も腕も下の女の子を斬り伏せるのと、戦いもせず脇をすり抜け森へ向かう。どちらがより問題が少なく済むか考える


(悪人じゃ無い人と戦うのは……無しだな。)


仕方なしと脇をすり抜ける為の初動の一歩を踏み込む───


「てめえこら!フレメアなにしてんだ」


より先に、少女の相方であろう少し歳が上であろう少年が来てゴツんと拳骨を喰らわせる


「痛いよ。兄さん!何するのさ」


涙目で頭を抑える少女。どうやら、この2人は兄妹らしい


「こっちの台詞だ!お前こそなにしてんだよ。人様に武器なんて向けてからに」


「自殺志願者を止めようとしたんだよ!」


「自殺志願者だぁ?」


少年は青年の方を見るとわざとらしく大きな溜息をつく。そして、鼻につく感じで言葉を紡ぐ


「あんたって強いの?」


この問いに青年は眉を僅かにしかめながらも、表情を大して変えず


「そこそこかな」


別に青年の答えなど初めからどうでも良いと言ったふうに、明後日の方をみながら


「ならあんたも来て良いや、けど三人で向かおう。危険だしね」


青年にとっての危険はこの脳筋少女だろう。

とりあえず面倒を避けれたと胸を撫で下ろす中、少女は少年の決定に納得いかなそうにしたが、少年には頭が上がらない様で渋々ながらも武器を収め何もいう事はなかった


「よろしくね!でもあたしからは離れないでよね!」


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