勇者の後物語
歯軋り男
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暗い森を1人の少女がただならぬ様子で駆け回っていた。闇夜に紛れているが、目を凝らしてよく見ると衣服は薄汚れていて服の切れ間からは綺麗な白い肌が顔を覗かせている。裸足で走り回ったせいか、足は泥と血で塗れていた。
「ハァ‥‥ハァ‥‥‥」
始めの方は凡そ尋常ではない速度で逃げ回っていた少女だが、今やその速さにも陰りが見えてきていた。その姿は過度な緊張のあまり憔悴しきっていて、一目で限界だと分かるがそれでも少女は足を止める様子はない。まるで何かに怯えるように
必死に少女が駆けずり回っている理由は至極単純。少女は追われているのだ
「くそが。絶対に逃がさねえぞ!あのガキ1人の為にあれだけやったんだぞ。」
遠くで男たちの怒鳴り声が聞こえてるので振り返ると、恐らく松明の光が此方に対して迫ってくるのが見えた。あちらの方が移動が速いので少女は隠れてやり過ごそうと考える。
「ここ、なら」
近くに見つけた大樹の根っこの部分に、小柄な人間なら隠れられそうな窪み。穴蔵があったので少女はすかさずそこに隠れ、息を潜めると騒々しい足音が地面を踏み鳴らしながら、気付かずに少女の隠れている方を通り過ぎていく
「くそっくそっ!ざけやがって。どこに逃げやがった、あのガキィ!!」
怒声を孕んだ声に、少女は身をすくめるが穴から自分を追ってくる奴らの顔が見えたとき体の震えが止まらなくなってしまった。目は血走り、例えるのなら悪鬼の様な形相。少女は震えを止めようと小さく丸まり自分の身体をしっかりと抱きしめるが、震えが治まる様子はない
「何で‥こんな」
自然と涙が零れ落ちる。拭っても拭っても涙は止まらない。ガタガタと歯が震えながらも、小さく言葉を紡ぐ
「お父さん。お母さん」
少女は泣きじゃくりながら、危険を察知して自分をいち早く逃がしてくれた両親を思い返す。2人はどうなってしまったのだろうか。村の人たちは?もしかしたらという絶望で目の前が真っ暗になる
分からない。どうして自分たちがこんな目に遭わなければならないのか。自分たちが何をしたのだ。分かっている事は、ただ一つ。追ってきている奴らは確実に自分を狙っているということだ
気が付いたら日が昇っていた
どうやら少女は何時の間にか眠ってしまっていたらしい。日の昇り具合から見て今はちょうど昼時であろうか
立ち上がってみると、寝たおかげか少しばかりの疲労感はあるものの、体力が戻り動けるようになっていた
「どうしよう、かな」
初めは村に戻ろうかと考えたが、あいつらが自分を待ち構えているかもしれないと考えると戻るに戻れない。そして、何より‥‥‥怖いのだ。両親が。村のみんながどうなってしまったのか知ることが
「大丈夫、だよね‥‥‥うん。大丈夫だよ!」
考えると不安ばかりが膨らむので、根拠などないが皆は大丈夫だと結論付けて少女は考えるのをやめた
《ギュルルルゥゥゥ》
「あはは、こんな時でもお腹って減るんだな。」
盛大なお腹の自己主張を前に少女は自身の真紅な髪の色に負けないほどに顔を赤らめる
「森の外にも町や村あるんだよね」
実は少女はこれまで村の外へ出た事がなかったので少しばかりの不安があるのだが、それ以上に他がどんな感じなのかと期待もあった。無論、この様な機会ではなくもっと別の良い機会で外の世界を見られれば楽しめたのは言うに及ばないが
「森は、うん。走れば、直ぐに抜けられるよね」
自信はないが、最悪日が落ちるより早くこの広大な森を抜けられれば問題ないと少女は考えるより早く、少女は脱兎のごとく駆けだした。
少女が走り出して、森を走破するまで時間はかからなかった。いや、それ処か比較的森に近い場所に位置する町の直ぐ目の前まで来ることが出来た
「‥‥‥着いた。此処が。大きい」
少女は自身の思惑を良い意味で裏切ってくれた自身の健脚を摩りながら笑みを溢す。そして少女は町に神妙な面持ちでおずおずと近づき、深呼吸を繰り返す
「スーハ。スーハ。い、いくぞー」
深呼吸を終えた少女はゆっくりと地面を踏み締めるように町に踏み入る
「こ、この一歩は小さな一歩だけど!私にとっては大きな一歩!」
堂々と高らかに少女は意味の分からない事を宣言していた。その言動と少女の他者と一線を画す目立つビジュアルに惹かれたのか町の住人の何人かが近づいてくる
「おい、あんたなんでそんなにボロボロなん‥‥‥だ!?」
近づいてきた住人の1人が直ぐに、何かに気づいた様子で、次にあからさまな嫌悪感を顔に出して叫ぶような声を出した
「こいつ、‥‥‥『ヒトモドキ』だ!!」
「え、ひともど‥‥‥??」
少女は自分がなぜいきなり指を差され、嫌悪感を丸出しにされるのか理解出来なかった。ただ、嫌な予感めいたものが今すぐ此処から逃げろと警告しだしている
「ねぇ、あなたはいきなり何をいってるの?」
首を傾げる少女を前に興奮した住人が騒ぎ立てると、野次馬たちがワラワラと集まり始める
「なに騒いでんだよ?」
「あれ見ろよ、ヒトモドキだってよ」
「うわ!ほんとだ。あの娘可愛いのに、化物かよ」
「可愛いのは誘って俺らを食うためじゃね」
「‥‥‥気色悪い」
「やだ!やだ!!誰でもいいから早く追い出しなさいよ」
「こ、この化物が!何しに来やがった」
「まさか……俺らを食いに来たとか?」
「おい!誰か冒険者呼んでこい!はやく!!」
その日、少女は初めて見た。恐怖が例えるなら伝染病の様に人から人へ感染していく様を
確証もなく憶測で放たれた言葉が歪んで曲解されていく様を
恐怖が狂気に変わっていく様を
「でてけ、このっ化け物!」
狂乱の果てに誰かが道端に落ちていた石ころを少女の顔めがけて投げつけた。放られた石ころは少女の額に見事に命中し、鮮やかな鮮血が噴き出し地面に赤色を加える
(‥‥??!)
その行いを誰も咎めたりはしない。誰も彼女を心配したりはしない。少女は未だに状況を把握しきれなかった
(な‥‥‥んで)
それを皮切りにそこにいる誰もが、狂気に呑まれ落ちている物を或いは身につけている物を少女に投げつけた
大部分は勝手に外れたが、それでも幾つかは少女に当たり身体のあちこちが切り傷だらけになる。
少女は痛みを我慢するように口元をギュッと噛みしめ反転し、急いで町から離れようとする
背中から歓喜に満ちた声が上がったのが分かった
「「やったーー!!!」」
「あいつ逃げ帰るぞ。ざまぁ」
「化物が」
「んだよ。大した事ないな!」
「あいつの顔見たかよ?」
「でも、化物が降りてくるなんておちおち出歩けないじゃない。怖いわよ。子供たちもいるし」
「あれなら冒険者じゃなくて俺たちでも倒せるんじゃね?」
それぞれが言いたい放題に少女の事を笑顔で口汚く罵る。まるで、自分たちの行動が至極全うで正常で当然かのように
少女にはなぜ彼らがこんな行動に出たのか理解出来なかった。だが彼らがこんな行動をした原因がまたしても自分であるということを少女は嫌でも理解した
(わたし、気付かない内になにか変な事しちゃったのかな?)
理由もなく彼らがあんなにも自分を拒絶する筈がない。理由もなく彼らがあんなにも怒ったりする筈がないのだと。
「駄目だなぁ、わたし」
少女は泣くのを我慢し、喉がつまりそうになりながらも声を出す
「悪いことをしたら謝らなきゃいけないのに。逃げちゃったよ」
身体中の痛みがまるで、ダメな自分を叱っているみたいだと少女は感じた
「うぅ……ぅ…!」
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