深夜の料理の謎

三日月黎

K高校文芸部の静寂

 午後四時三十分。K高校文芸部はとても暇な時間を過ごしていた。

 目の前にいるインテリ風な男、武田たけだ謙信けんしん先輩は仏頂面で原稿用紙を見つめている。どうやら、筆が進んでいないようだ。

 もう一人の無表情な男は那須なすらい。彼の方は黙って本を読んでいる。普段から目線の先は本という人だ。特におかしい点はない。

 おかしい点を挙げるなら、人が少なすぎるという点だろう。真夏ではあるもののこれほど人が少ないことは、重ね重ね言うが少ないのだ。

 おそらく、理由としてあげられるのは、クーラーが壊れて効かないこと。また、第二校舎の三階にも関わらず、風が一切吹かないことだ。しかし、それは第二校舎の位置が悪いことや、点検に来る業者が遅いのが原因である。

 それでも、ここまで気まずくなるほど人の入りがないことはなかった。二人の様子を伺うも、いつもとなんら変わりがない。ただ静かに書とたわむれているだけだ。

 わたし藍川あいかわふゆは思った。もしかしたら、わたしが帰った後にこの二人は仲良く話すのかもしれないと。男子というものは女子の前では話したくない話があるものだ。そういうことで、この静けさはわたしに早く帰ってくれとアピールしていると結論付けた。

 あいにく、わたしはこの沈黙をあと一時間半耐えれる自信がないため、帰るのもありだと思い始めていた。事実、することもないので帰ろうと思ったのだ。

「皆さん、お揃いかなぁ。こんにちは!」

 テンション高めに現れたこの人は来栖くるす凛華りんか先輩だ。可愛らしいサブバッグを腕にかけた彼女はいかにも健康的なJKだ。なぜこんな暗めの部活に入ってるのだろうとたびたび疑問に思う。

「ふむ、今日は人数が少ないね。四人とは……。過疎かそってるね!」

 元気そうに部員が少ないこと言われても、どうにもならない。先輩なりに、ここにいる自分たちを励まそうとしているのかも。

「相変わらず、ハイになってるようで悪いが、少し黙ってくれるか?」

「えへっ、黙らないよ。今日のわたしは恐怖の赤点補習だったから、もうテンション振り切ってるの」

「えっ、先輩それで遅れたんですか」

 思わず言ってしまった。先輩は基本部活で最初に来ているし、補習なんてものをするイメージがなかった。偏見だが、部長だし頭が良いと思ってたのだ。

「そうだぞ、藍川。こいつはおバカなんだ。部長だから、賢いという偏見は古いぞ」

 よく分からないが叱られた。天下の生徒会長がそういうことを言うのは容認しているようで少し問題があると思う。

「武田にそう思われるのはしゃくだけど、聞かなかったことにしよう。冬ちゃん、わたしのとっておきの話聞かない?」

「とっておきですか?」

「うん、今日はいっぱい喋りたい気分だからね。この文芸部に喋っちゃダメなんて規則ないし。それに、顧問の緩川ゆるかわは緩いから、大丈夫! 怒られないよ。だって規則は緩い、雰囲気も緩い、最後に——」

「お腹は緩いだろ? お前、本当にディスりすぎだぞ。一応、俺生徒会長なんだが」

「ふふ、そんなことでわたしを止められないよ。で、武田はおいといて、どう? わたしの話聞きたい?」

 ここで断ると泣きつかれそうな予感がする。さっき、彼女の赤点補習という傷をえぐってしまった罪もあるし、聞こうと思った。

「いいですよ」

「うぅ、冬ちゃんは優しいね。那須くんはどう?」

 首肯しゅこう。誰に対しても頷くという行動しかしない。わたしはそんな彼を『首肯の那須』と呼んでいる。ただ、発音が悪いと至高の那須に聞こえるので腹が立つ。ちなみに呼んでいるのはわたしだけなので、誰かが呼ぶこともなく、わたしがムカっとくるだけだ。短気だなと思われるだろうが。

「よし、多数決の原理で上杉と武田のサラブレッドには帰ってもらいます」

「別に反対してないだろ。ってか、上杉と武田のサラブレッドってなんだよ!」

「だって武田言ってたじゃん。うちの両親は武田信玄が好きで、上杉謙信も尊敬していた。だから武田謙信だって」

「それは言ったが、無闇に人の言った話を掘り下げるな。こう見えて日本史は苦手なんだよ」

 首肯の那須がぶんぶん首を振って頷いている。那須も日本史が苦手なのかもしれない。というよりも武田先輩の日本史嫌いが意外だった。確かに名前負けしやすい名前をしている先輩だが、三年生では成績トップだったはずだ。いやはや、生徒会長も苦労してるんだなとしみじみ思う。

「藍川、生暖かい目で見るな。ったく、どうなってるんだ、この文芸部は」

 と言いつつ、文芸部に参加するために、多忙な生徒会の仕事を高速で終わらせるこの先輩は、案外この時間が癒しとなっているのかもしれない。ツンデレなのか。

「ということで、満場一致! さてさて、今日はあっついし、もう黄昏時たそがれどきなので少し怖い話をします」

 凛華先輩が怖いネタを持っているふうに思えないが、皆彼女の声に耳を傾けた。

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