#3
高校生活ももう一年目の折り返しを超え、次の年が迫ってきている。
そんなある日の体育の授業中。
「実はさ。夜風さんのことが気になってるんだ」
特にするべきことも決められていない自由時間。壁に背中を預けて合法的なサボりをしていると、
それに俺は、何をいまさらと返す。
「知ってるぞ?」
「え、知ってるの?」
コクリと頷くと、蒼は困ったようにはにかんだ。
「そ、そっかぁ。比良人って、相変わらずよく気づくよね」
「と言うよりお前が分かりやすいだけだと思うが」
「えーそう?」
声を掛けたり視線で追っていたりするのは度々目撃している。あれで隠せていると思っていたことが疑わしいくらいだ。
話題に上げられた夜風は、対角の壁際で友人と固まって座っている。彼女もどうやら俺たちと同じく積極的に体を動かしはしないようだ。
そんな風に蒼につられて様子を窺っていると、チラリと夜風もこちら側に視線を送ってきた。けれど見られていると知ってか、その顔はすぐそれとなく逸らされる。頬は若干赤らんでいた。
見る感じ、彼女の方も蒼に対して悪い感情は抱いていなさそうだ。むしろ割と良い感じなのではと俺は推測していた。
俺自身は彼女とまともに話した記憶はない。学年初めは隣席だったので、漏れ聞こえた会話から多少の性格を知っているくらい。
とは言えなんとなく、二人は放っておいてもくっつきそうだなという予感はあった。ましてや俺からのアドバイスなんて必要はないだろう。
などと友人の恋路を楽しみにしていると、不意に隣から呆けた声が聞こえた。
「……あれ?」
「ん?」
反射的に蒼を見れば、彼の表情はなんだか困惑に染まっていて。
ゆっくりと俺に振り向き、よく分からないことを尋ねてくる。
「……三付。僕らって、体育の授業を受けてるんだっけ?」
「なに言ってんだ? 体操服着てるだろ」
「……ほんとだ」
今更にもほどがある問いかけに、呆れてその姿を指差すと、彼は自分の体を見下ろし静かに驚愕していた。
ただその瞳は、どことなく焦点が合っていないように見えて。
「どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」
「いやその——」
蒼が事情を語ろうとしたその時。
虚ろに見えた眼差しが、元の色を取り戻す。
「——あれ? 今、何の話してたっけ?」
キョトン、と首を傾げる蒼。
会話をぶつ切りにしたその様に、俺は思わず不気味さを覚えていた。
「お前、なんか変だぞ」
「え?」
指摘しても蒼は「よく分からない」と言う。
まるで、一瞬にして記憶を失ったみたいだ。
けれど、夜風が気になっている暴露したくだりはちゃんと覚えていた。あの、妙な雰囲気だったわずかな間のことだけが、すっぽり抜け落ちているらしい。
それからもいくつか問いかけをしてみたが、真相は分からずじまい。頭の隅で、この現象に当てはまる記憶があった気がしたが、それを引きずり出すことはついぞ出来なかった。
結局消化不良なままでいると、蒼は自分のことながら脇に置いて、次の話題を投げてくる。
「それでさ、比良人は本当に神楽咲さんのこと好きじゃないの?」
「……なんで急にそんな話になんだ」
「さっきは僕の好きな人を言ったんだから、順番的にそっちの番でしょ?」
悪戯めいた笑みに、俺は肩を落としながら回答をはぐらかす。
そうしていつも通りの会話をしていれば、先ほどの不気味さはいつの間にか忘れてしまっていた。
そんな感じで一応は平穏のまま、高校生活一年目は、終わっていったのだった。
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