#2

「比良人さん帰りましょうっ」

「……ああ」


 終礼を終えるとすぐ咲がやってくる。高校生になって少し経ったが、放課後は変わらず彼女と並んで帰るのが通例だった。

 当然、咲の完成された容姿もあって周囲からは大変目立つ。今も隣席の女子が、慣れない様子で咲をコッソリ窺っていた。

 咲に急かされ席を立つと、更にもう一人寄ってくる。


「二人は帰り、いつも一緒だね」


 愉快そうな笑みを浮かべる猪皮は、そう冷やかすように言った。彼は色恋沙汰に興味があるらしく、頻繁にちょっかいじみたものを仕掛けてくるのだ。


「羨ましいなー。僕にも恋人が欲しいよー」

「だからそういうのじゃねぇって」

「あら、比良人さんってばつれないですわ」


 猪川のからかいに否定を返すと、咲が頬を膨らませる。そう非難されると思わず前言撤回しそうになってしまい、いやいや、と自分の心を矯正した。


 求婚を受け入れるわけにはいかない。

 とは言え、その理由はもう分からなくなっていて。


 答えを求めようと咲を見れば、その象徴的な髪と同じ金の瞳で見返され。

 そうして目が合うと、彼女はいつも微笑みかけてくる。

「……っ」

 油断していた俺は、つい反射的に顔を逸らしてしまい——その時、



 ゴスッ。



 背中に、殴られたような衝撃があった。


 急いで振り返るが、誰もいない。と言うかそこは窓で、人が立つスペースもない。


「どうかなさいました?」

「……いや、何でもない」


 咲に心配をかけられるも、俺自身で答えを持っていないから誤魔化す。

 それとなく周囲を探ってみてもやはり何もない。

 一体何だったのだと思うも、騒ぐほどではなく忘れることにした。


「じゃ、独り身の僕はバイトもあるんでさっさと帰るね」

「別に俺も独り身だけどな。まーじゃあな」

「本当、比良人さんてば強情ですわ……。猪川さん、また明日ですわ」


 咲と揃って猪皮に手を振る。彼は軽い笑みを見せてからその場を立ち去ろうとするも、その直前、隣席の女子にも一声かけた。


夜風よかぜさんもじゃあねっ」

「えっ!? あ、ああうんっ!」


 突然の挨拶に女子——夜風は驚いたように振り向いていて、その反応に猪皮は満足そうにして去っていった。

 間違いなく彼は、夜風のことが気になっているのだろう。

 少しばかり猪皮が他人の色恋を面白がる心境を理解する。そしてそれは、隣席女子の友人も同じようだった。


「あっれー? 繋、猪皮君と仲良かったっけー?」

「いやっ、まあたまに話す程度だよっ」

「おーいいじゃん。けど繋、ちょっと変態っぽいとこあるから心配だなぁ」

「へ、変態じゃないでしょ!?」


 姦しい会話から、どうやら相手もまんざらではないことを知る。

 とは言えこれ以上の盗み聞きは良くないだろうと俺は意識を切り替え咲へと向いた。


「んじゃ帰るか」

「はい。それでは腕を組んでも?」

「良いわけないだろっ」


 左腕に抱き着こうとしてきた咲をすかさず回避しつつ、それでも距離は近いまま並んで歩く。

 周囲の視線は変わらず痛いが、もう中学時代から続くこと。

 それに今更、咲を追い払えるほど非情にはなれなかった。



「あの二人、ほんと仲良いよねー」

「うん、そうだね」

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