晩餐会

「ふふ……何だか不思議な気分ですね」


 夜になり、クラウディア皇女のための晩餐会が行われる王宮内のホールに向かう中、シアがクスリ、と微笑みながらそう呟いた。


「あはは。確かにいつもなら、屋敷から馬車に乗って参加するわけですからね」

「はい……それもありますが、自由に王宮のサロンを利用したり、こうして大好きなあなたと楽しく会話しながら王宮内を歩いたり……今でこそ慣れはしましたが、それでも、やはり二年半前までのことと比べると……」


 そう言うと、シアがどこか遠い目で廊下の先を見つめる。


「何をおっしゃっているんですか。僕の婚約者、未来の公爵夫人という立場もありますが、それ以上に、あなたはこのように振る舞うに相応しい、誰よりも素晴らしい女性ひとなのですから」

「あ……ふふ、ありがとうございます。そうですね、そのようなお言葉も、あなたからたくさんいただきました……その度に、私の心が満ちあふれ、私が私のことを認められたんです……」


 シアが僕の右手を取り、愛おしそうに頬ずりをした。

 そんな彼女の頬の感触が、まるで絹のように滑らかで、羽毛のように柔らかくて……。


「コホン」

「「あ……」」


 僕達の後ろから、クリスがこれ見よがしに咳払いをした。

 チクショウ、せっかくのシアとのひと時を……。


「ふふ、行きましょう」

「シア……はい!」


 右手を嬉しそうに引っ張るシアを見て、僕は口元を緩めながら彼女を追いかけた。


 そして、会場へと入ると。


「ふわあああ……!」

「ふええええ……!」


 シアとクリスが、その豪華さと人の……貴族達の多さに、思わず声を漏らした。

 クリスはこういった晩餐会に参加すること自体初めてだし、シアもシアで、何度来てもこんな可愛らしい反応を見せてくれる。


 そんな二人を眺めながら微笑んでいると。


「フフ、久しぶりね」

「! サンプソン閣下! お久しぶりです!」


 聞き覚えのある女性の声がしたので振り返ると、そこにいたのはサンプソン辺境伯だった。


「サンプソン閣下も、今日の晩餐会に参加されるのですね」

「それはそうよ。元々、私が国境からクラウディア殿下とその一向を王都までお連れしたんですもの」


 そう言って、サンプソン辺境伯がクスクスと笑った……のも束の間で。


「フェリシアちゃん! 逢いたかったわ!」

「ふああああ!? ……って、サンプソン閣下!」


 いきなり後ろから抱きつかれ、驚きの声を上げたシアだったけど、その正体がサンプソン辺境伯だと分かり、パアア、と満面の笑みを浮かべた。


「ねえねえ、お持ち帰りしていい?」

「「駄目です」」


 唐突にそんなことをお願いするサンプソン辺境伯に、僕とシアは口を揃えて拒否した。


「ね、ねえ、ギルバート……こちらの女性は……?」


 僕の袖を引っ張りながら、クリスがおずおずと尋ねる。


「ああ、国境の街レディウスを治めておられる、マーゴット=サンプソン辺境伯だ」

「あ……ボ、ボクはクレイグ=アンダーソンです……」

「あら、あなたがあの……フフ、よろしくね、坊や・・


 そう言って、サンプソン辺境伯が右手を差し出すと、クリスは緊張した様子で握手を交わした。

 だけど、今の口振りからすると、サンプソン辺境伯も既に色々と知っていたか。

 それにしても、彼女の情報網は侮れないな。


 僕は感心しながらサンプソン辺境伯を眺めていると。


「ふええええ!?」


 突然クリスを抱きしめたかと思うと、サンプソン辺境伯が身体をまさぐり始めたぞ!?


「ふむ……ふむ……フフ! フェリシアちゃんと一緒に、あなたもお持ち帰りしたいわ!」

「うう……ひ、酷いよお……」


 どうやらお気に召したらしく、サンプソン辺境伯はそんなことを言い出し、クリスはクリスで涙目になっていた。

 あ、あはは……本当に、サンプソン辺境伯はしょうがないなあ……。


 僕は乾いた笑みを浮かべながら、そんな三人のやり取りを見つめていた。


 その時。


「うふふ……ありがとうございます、ショーン殿下」

「当然じゃないか。君は、僕の大切な女性ひとなのだから」


 僕の耳に、シアの耳に、不快な者達の声が届いた。

 振り返らなくても分かる。これは、ソフィアと第二王子だ。


「……小公爵様、フェリシアちゃん、どうしたの?」

「二人共……」


 サンプソン辺境伯とクリスが、僕とシアを心配そうに見つめる。

 はは……顔には出さないようにと思ったんだけど、やはり抑えられなかったか。

 というか、第二王子はともかく、どうしてソフィアまで今日の晩餐会に参加しているんだ?


 もちろん、プレイステッド侯爵は参加してもおかしくないものの、ただの・・・子息令嬢はお呼びじゃないはずなのに。


「ふふ……ギル、どうやら私の妹だった者が、わざわざ王宮まで醜態をさらしに来たみたいですね」

「あはは、本当ですね」


 せっかくこんな重要な場に姿を現したんだ。

 二人には楽しく踊ってもらおうじゃないか。


 僕とシアは、チラリ、とあの二人を見やり、口の端を吊り上げた。

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