二つの部屋

「シア、暗いので足元に気をつけてください」

「は、はい……」


 シアの手を取り、僕達はゆっくりと階段を降りる。

 ゲイブが先頭に立って進んでくれているので、危険なことはないだろうが、用心に越したことはない。


 すると。


「坊ちゃま、思ったよりは深くありませんでしたぞ」

「そのようだな」


 すぐに地下へとたどり着いた僕達は、ランタンを掲げて辺りを見合わす。

 ふむ……設定どおり、部屋は二つあるな。


「ギギ、ギルバート……そ、その、どの部屋を調べるの……?」

「もちろん、両方の部屋だ」


 震える声で尋ねるクリスに、僕ははっきりとそう告げた。

 だけどクリスの奴……大丈夫か? 心なしか、顔が青いように見えるが……。


「クリス、体調が悪いなら無理しなくてもいいんだぞ?」

「ひゃい!? だだ、大丈夫だよ! げげ、元気だから!」

「そ、そうか……」


 明らかに様子がおかしいし、とても大丈夫には見えないんだけどなあ。


「シア、リズ、申し訳ありませんが、クリスの面倒をお願いしてもいいですか?」

「はい、お任せください」

「かしこまりました!」


 うん……二人に任せておけば、とりあえずは問題ないだろう。

 ということで、まずは手前の部屋から足を踏み入れる。


「……さすがに五十年間閉ざされているだけあって、ほこりがすごいな……」


 ハンカチで口元を押さえながら、部屋の中を見回す。

 そこには、大量に山積みされた書類の他に、錆びた錠前がかけられた木箱がいくつかあった。


「どれ……ゴホッ、ゴホッ」


 書類を一つ手に取ってほこりを払うと、僕は思わず咳き込んでしまった。

 だが……はは、この書類こそが、僕達の求めていた証拠の品だ。


「クリス、見てみろ」

「う、うん……」


 書類を受け取ったクリスが、ランタンの光をかざして一つ一つ目を通す。

 そして、一枚一枚めくる度に、クリスの表情が険しいものに変わっていった。


「こんな……こんな取引が、僕のひいお祖父様に隠れて行われていたなんて……っ!」

「落ち着けクリス。まずは全てを調べ尽くしてからだ。それに、それはアンダーソン家の無実を晴らすために必要な、大切なものなんだ」



 怒りのあまり書類を叩きつけようとしたクリスを思いとどまらせ、僕は背中を撫でながらたしなめる。


「坊ちゃま。この木箱の中身は、どうやらご禁制のもののようですぞ」


 錠前を剣で無理やりこじ開けたゲイブの言葉を受け、僕達はその木箱へと駆け寄ると……へえ、禁止薬物だけでなく、あの『ヴェネナム・ルパナム』も入っているじゃないか。

 さすがに五十年も経っているから、同様の効果があるかは分からないけどね。


「で、ですがギル、書類はともかく、このようなものまで残しておく必要はあったのでしょうか……? 普通であれば、処分してもおかしくはないと思うのですが……」


 木箱の中を見つめながら、シアが尋ねる。

 だけど、そこに気がつくなんて、さすがは僕のシア・・・・だな。


 そう……数々の書類や禁止薬物などが隠されているのには、理由がある。

 その理由については、すぐに明らかになるだろう。


「よし、では次は隣の部屋を確認しよう」


 僕の言葉にみんなが頷き、僕達は隣の部屋へと移る。

 だけど、そこは証拠の品々があった部屋とは打って変わり、部屋の中央に机と椅子が一つずつあるだけの殺風景な部屋だった。


「ここは……何の部屋、なんだろう……」


 シアの背中に隠れながら、クリスがポツリ、と呟く。

 何の部屋か、か……。


「……みんな、机の真上の天井を見てみるといい」

「天井……っ!?」


 それ・・を見た瞬間、全員が息を呑んだ。

 何故なら、そこには一本のロープが垂れ下がっていたのだから。


 それだけで、みんな理解しただろう。

 この場所で、何者かが自殺を図ったということを。


「ギル……」

「はい……おそらくは、初代アボット子爵でしょう……」


 いや、おそらく・・・・などではなく、間違いなくアボット子爵なんだけどね。


「だ、だけど! どうしてアンダーソン家を奪ったアボットが、自殺なんてするのさ! そんな真似をしておいて、今さら罪の意識にさいなまれたとでもいうの!」


 到底納得できないクリスが、大声で叫ぶ。

 まあ、クリスの気持ちは大いに理解できる。


 自殺までするほど悩むなら、最初からこんな真似をしなければよかったではないか、と。

 だけど、初代アボット子爵はこんな真似をしなければならなかったのだ。


 たとえ仕えし主君を裏切り、奈落の底へと突き落したとしても。


「……この机を見てください。一見、何の変哲もない古びた机ですが、机の幅に比べて、引き出しの奥行きが少ないと思いませんか?」


 引き出しを開け、僕はみんなにそれを示す。


「と、ということは……ここに何かあるのですか?」

「ああ」


 リズの問いかけに、僕はゆっくりと頷いた。


 そして。


 ――バキッ!


 僕は強引に引き抜いた引き出しを分解した。


 そこには、一冊の本……いや、日記があった。

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