新たな犬

「分かった。なら、オマエは今後、この僕に絶対服従のになれ。それが嫌ならさらし首だ」

「っ!?」


 僕の提示した二択に、褐色イケメンは息を呑んだ。


「っ!? そ、それは……この俺を生かすというのか……?」

「そうじゃない。教団の一員であるオマエという存在は、間違いなくこの世から消す。そうじゃないと、あの連中が色々と絡んできて面倒臭そうだからな」


 この褐色イケメンが生きていると分かれば、ヘカテイア教団はこの男と家族であるリズを始末しにくるだろう。

 そうなれば、シアにまで危険が及んでしまう可能性も否定できない。


 なら、この機会にコイツは他の連中同様、僕やサンプトン辺境伯に殺されたことにし、リズについてもコイツを絶望させるためとして僕にさらわれ、目の前で殺されたていにしておけば辻褄つじつまが合う。


 僕やサンプソン辺境伯は教団に狙われることになるだろうけど、アルカバン司祭以下を皆殺しにした時点で今さらだしな。

 シアについても、呪いが解けたことを知っている教団の奴はいないし、準備が・・・整わない・・・・限りは・・・しばらくは狙ってこないだろう。


 ……守らなければならない人間は、少なければ少ないほどいい。


「それで、どうするんだ? 別人になって僕のとなり、ヘカテイア教団を滅ぼすのか。それとも、ここで死んで二度と妹に会えなくなることを選ぶのか」

「っ!?」


 僕は殺気を込めながら、褐色イケメンにもう一度問いかける。

 これにひるまずに生きることを選ぶなら、まあ、ラスボスとの戦いで壁役にしてやってもいい。


 そうじゃないなら、ここでお別れだ。


 すると。


「っ! 決まっている! 俺は……俺は、アンタのになる! そして、妹を苦しませた教団の連中に、一人残らず地獄を見せてやるッッッ!」

「そうか」


 犬歯を剥き出しにしながら吠える褐色イケメン。

 僕は軽く頷くと、控えていたジェイクに首で合図を送った。


「え? い、いいんですか?」

「ああ、構わない。それに、下手な真似をすれば彼女がどうなるかくらい、理解しているはずだからな」


 ジェイクは戸惑いながらも、牢の鍵を開ける。


「今日からオマエは、そうだな……“ハリード”とでも名乗っておけ」

「ハリード……わ、分かった」

「『分かった』じゃない、『分かりました』だろう」

「わ、分かりました!」


 なお、ハリードという名は、小説で王立学院の教師となった時に使った偽名だ。

 本名の“アフメト=ヴァルダル”は、シアを庇って死ぬ間際まで出てくることもないし、僕もハリードのほうが馴染みがあるから、永遠にこの名前でいこう。


 それと……ふむ。礼儀やその他諸々、ついでに戦闘技術を身につけさせるためにも、王都に帰ったらモーリスに預けることにしよう。

 何より厄介払いもできるし、シアから遠ざけることにもなるので、一石二鳥だ。


「さて、じゃあハリードの妹……リズも食事が終わった頃だろうし、様子を見に行くとするか」

「はい!」


 僕の言葉に、ハリードは嬉しそうに返事をしてついてきた。


 ……コイツ、に順応するのが早いな。


 ◇


「兄さん!」

「リズ! よかった……よかった……っ!」


 部屋へとやって来ると、早速ハリードとリズが再会を喜び、涙を流しながら抱き合っている。


「そ、そうだ……俺はあの人……「ギルバートだ」……ギルバート様のとなってお仕えすることになった。これから俺の名前は“ハリード”だ」

「に、兄さん……」


 いや、何で妹になんて報告の仕方をするんだよ。言い方があるだろう。

 ハア……コイツを含め、どうして小説のヒーロー達は揃いも揃って馬鹿なんだよ……。


「ギル……?」

「そのー……実は……」


 僕は、先程の地下牢でのハリードとのやり取りについて説明した。


 ヘカテイア教団から離脱した以上、狙われないように別人になりすます必要があること。

 この国で新しく身分を得るために、僕の部下とするのが手っ取り早いと思ったこと。

 もちろん、本当はこれまでの行いに対する罰であることと、小説の中でシアに色目を使うヒーローだからという、器の小さい理由だということは絶対に言わない。


「なので、リズさんにも僕達と一緒に王都に来てもらおうと思っています。まだ身体も本調子ではないでしょうし、王都ならブルックスバンク家で守れますから」

「あ……ありがとうございます……! ありがとう、ございます……っ!」


 僕の言葉に、リズは涙を零しながら何度も頭を下げてお礼を言った。


 本当に、駄目な褐色イケメン兄貴とは大違いないい子だな。


 ◇


「もう帰るなんて、寂しいわね……」


 次の日の朝、王都へと帰る僕達を見送りに来てくれたサンプソン辺境伯が、寂しそうな表情を浮かべる。


「サンプソン閣下、王都へお越しの際は是非うちに来てください。これまでのお礼を兼ねて、盛大におもてなしをさせていただきます」

「フフ、本当? だったら、一日中フェリシアちゃんをお借りしようかしら」

「あ、あははー……」


 そんなサンプソン辺境伯の提案に、僕は曖昧に笑って誤魔化ごまかした。

 たとえ彼女でも、僕のシア・・・・を取られてたまるか。


「ギルバート様! 荷物は全て積みました!」

「そうか、助かるよ」

「は、はい!」


 顔を紅潮させながら嬉しそうな笑顔を見せるハリード。

 まさか、こんなに懐かれることになるとは思わなかった……。


 まあいいや。


「さ、シア。どうぞ中へ」

「ふふ、ありがとうございます」


 僕はシアの手を取り、馬車へと乗せる。


「ほら、リズさんも」

「い、いえ! そんな……」

「遠慮はいりませんよ。あなただって病み上がりなんですから、無理してはいけません」

「あ……は、はい……」


 遠慮するリズを、そう言って少し強引にエスコートすると、彼女は褐色の肌を赤らめながら、恥ずかしそうに僕の手を取り、馬車へと乗り込んだ。


 そして、最後に僕が馬車へと乗り込むと。


「むう……」


 ……シアが頬を膨らませてご立腹の様子。

 でも、リズの体調などもあるから怒るに怒れないみたいだ。


 だから。


「ふああああ!? ギ、ギル!?」

「あはは、忘れたんですか? 今回の道中では、シアはこうやって馬車に乗るんですよ?」

「ふあ……も、もう……」


 口を尖らせて抗議する姿勢を見せるも、シアはどこか嬉しそうだ。

 その証拠に、時折頬を緩ませているし。


「ではサンプソン閣下、失礼いたします」

「ええ! またいつでもいらっしゃい!」


 僕達はサンプソン辺境伯に見送られ、王都への帰路についた。

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