新たな犬
「分かった。なら、オマエは今後、この僕に絶対服従の
「っ!?」
僕の提示した二択に、褐色イケメンは息を呑んだ。
「っ!? そ、それは……この俺を生かすというのか……?」
「そうじゃない。教団の一員であるオマエという存在は、間違いなくこの世から消す。そうじゃないと、あの連中が色々と絡んできて面倒臭そうだからな」
この褐色イケメンが生きていると分かれば、ヘカテイア教団はこの男と家族であるリズを始末しにくるだろう。
そうなれば、シアにまで危険が及んでしまう可能性も否定できない。
なら、この機会にコイツは他の連中同様、僕やサンプトン辺境伯に殺されたことにし、リズについてもコイツを絶望させるためとして僕に
僕やサンプソン辺境伯は教団に狙われることになるだろうけど、アルカバン司祭以下を皆殺しにした時点で今さらだしな。
シアについても、呪いが解けたことを知っている教団の奴はいないし、
……守らなければならない人間は、少なければ少ないほどいい。
「それで、どうするんだ? 別人になって僕の
「っ!?」
僕は殺気を込めながら、褐色イケメンにもう一度問いかける。
これに
そうじゃないなら、ここでお別れだ。
すると。
「っ! 決まっている! 俺は……俺は、アンタの
「そうか」
犬歯を剥き出しにしながら吠える褐色イケメン。
僕は軽く頷くと、控えていたジェイクに首で合図を送った。
「え? い、いいんですか?」
「ああ、構わない。それに、下手な真似をすれば彼女がどうなるかくらい、理解しているはずだからな」
ジェイクは戸惑いながらも、牢の鍵を開ける。
「今日からオマエは、そうだな……“ハリード”とでも名乗っておけ」
「ハリード……わ、分かった」
「『分かった』じゃない、『分かりました』だろう」
「わ、分かりました!」
なお、ハリードという名は、小説で王立学院の教師となった時に使った偽名だ。
本名の“アフメト=ヴァルダル”は、シアを庇って死ぬ間際まで出てくることもないし、僕もハリードのほうが馴染みがあるから、永遠にこの名前でいこう。
それと……ふむ。礼儀やその他諸々、ついでに戦闘技術を身につけさせるためにも、王都に帰ったらモーリスに預けることにしよう。
何より厄介払いもできるし、シアから遠ざけることにもなるので、一石二鳥だ。
「さて、じゃあハリードの妹……リズも食事が終わった頃だろうし、様子を見に行くとするか」
「はい!」
僕の言葉に、ハリードは嬉しそうに返事をしてついてきた。
……コイツ、
◇
「兄さん!」
「リズ! よかった……よかった……っ!」
部屋へとやって来ると、早速ハリードとリズが再会を喜び、涙を流しながら抱き合っている。
「そ、そうだ……俺はあの人……「ギルバートだ」……ギルバート様の
「に、兄さん……」
いや、何で妹に
ハア……コイツを含め、どうして小説のヒーロー達は揃いも揃って馬鹿なんだよ……。
「ギル……?」
「そのー……実は……」
僕は、先程の地下牢でのハリードとのやり取りについて説明した。
ヘカテイア教団から離脱した以上、狙われないように別人になりすます必要があること。
この国で新しく身分を得るために、僕の部下とするのが手っ取り早いと思ったこと。
もちろん、本当はこれまでの行いに対する罰であることと、小説の中でシアに色目を使うヒーローだからという、器の小さい理由だということは絶対に言わない。
「なので、リズさんにも僕達と一緒に王都に来てもらおうと思っています。まだ身体も本調子ではないでしょうし、王都ならブルックスバンク家で守れますから」
「あ……ありがとうございます……! ありがとう、ございます……っ!」
僕の言葉に、リズは涙を零しながら何度も頭を下げてお礼を言った。
本当に、駄目な褐色イケメン兄貴とは大違いないい子だな。
◇
「もう帰るなんて、寂しいわね……」
次の日の朝、王都へと帰る僕達を見送りに来てくれたサンプソン辺境伯が、寂しそうな表情を浮かべる。
「サンプソン閣下、王都へお越しの際は是非うちに来てください。これまでのお礼を兼ねて、盛大におもてなしをさせていただきます」
「フフ、本当? だったら、一日中フェリシアちゃんをお借りしようかしら」
「あ、あははー……」
そんなサンプソン辺境伯の提案に、僕は曖昧に笑って
たとえ彼女でも、
「ギルバート様! 荷物は全て積みました!」
「そうか、助かるよ」
「は、はい!」
顔を紅潮させながら嬉しそうな笑顔を見せるハリード。
まさか、こんなに懐かれることになるとは思わなかった……。
まあいいや。
「さ、シア。どうぞ中へ」
「ふふ、ありがとうございます」
僕はシアの手を取り、馬車へと乗せる。
「ほら、リズさんも」
「い、いえ! そんな……」
「遠慮はいりませんよ。あなただって病み上がりなんですから、無理してはいけません」
「あ……は、はい……」
遠慮するリズを、そう言って少し強引にエスコートすると、彼女は褐色の肌を赤らめながら、恥ずかしそうに僕の手を取り、馬車へと乗り込んだ。
そして、最後に僕が馬車へと乗り込むと。
「むう……」
……シアが頬を膨らませてご立腹の様子。
でも、リズの体調などもあるから怒るに怒れないみたいだ。
だから。
「ふああああ!? ギ、ギル!?」
「あはは、忘れたんですか? 今回の道中では、シアはこうやって馬車に乗るんですよ?」
「ふあ……も、もう……」
口を尖らせて抗議する姿勢を見せるも、シアはどこか嬉しそうだ。
その証拠に、時折頬を緩ませているし。
「ではサンプソン閣下、失礼いたします」
「ええ! またいつでもいらっしゃい!」
僕達はサンプソン辺境伯に見送られ、王都への帰路についた。
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