サンプソン辺境伯を仲間に
「……バッハマンがこの街で交易を始めた時」
ポツリ、と呟くサンプソン辺境伯の言葉に、僕はゆっくりと頷いた。
ここまでくれば、誰だって分かる。
全ての元凶は、バッハマン……いや、フィレクト=アルカマンだということが。
「クソッ! 舐めた真似をしてくれるじゃない!」
サンプソン辺境伯が、ギリ、と犬歯を剥き出しにして歯噛みする。
その表情や怒りに満ちた瞳からも、決して演技ではないことが
「王国の軍部を担うブルックスバンク公爵家として、僕は連中の排除にかかろうと考えています。そこでサンプソン閣下……僕達に協力してくださいますか?」
「もちろんよ。それどころか、“王国の麒麟児”が力を貸してくださるのなら、私も心強いわ」
「僕もです。この辺境の街レディウスを王国有数の都市へと発展させたサンプソン閣下の手腕、とくと拝見させていただきます」
僕とサンプソン辺境伯は、固く握手を交わして頷き合った。
◇
「ギル、サンプソン閣下がこちら側についてくださって、よかったですね」
帰りの馬車の中、シアが嬉しそうに話す。
どうやら今日の晩餐で、シアもサンプソン辺境伯のことを気に入ったようだ。
まあ、向こうはそれ以上にシアのことを気に入ったみたいだが。
「ええ。何よりサンプソン辺境伯がヘカテイア教団に取り込まれていないのは、本当によかったです。これで、連中に王国内で活動させることも、侵入することすらも難しくなったでしょう」
僕の小説では、ヘカテイア教団の存在が明らかになった時点で、既に王国内でかなりの勢力を誇っていた。
民衆はおろか、サンプソン辺境伯をはじめとした貴族の三分の一近くも、ヘカテイア教に改宗していたからね。
「それでギル、次はどうするのですか? あのバッハマンという男を追い出すのはそうなのでしょうが、王国内に入って来た一団がどの程度の規模なのか、全容は把握していないのでは……」
「そうですね……」
シアの言葉に、僕は口元を押さえながら思案する。
本当のことを言えば、連中の誰かを捕まえて吐かせれば、大体は把握できると考えている。
ただ、連中を捕まえる方法が気に入らない。
これに関しては、シアを今日の晩餐へ一緒に連れてきたことを、少し後悔している。
だって……シアの存在を、ヘカテイア教団の連中に
シアに呪いをかけ、聖女としての能力を封じた連中のことだ。
絶対に、今度はシアの存在を消しに来る。
それも、早ければ今晩にでも……って。
「シア?」
「ふふ……ギル、眉間にしわが寄っていますよ?」
シアがクスリ、と微笑みながら、僕の眉間に人差し指を押し付けてくる。
もちろん僕は、そんな仕草も可愛くて普通に受け入れてしまうんだけど。
「……ギルが何を考えていらっしゃるかは分かります。私の身を案じてのことなんでしょう?」
「……どうしてそれを?」
「ふふ、あなたがそのような表情をされる時は、いつも私を心配してくださっている時です」
「あ……」
ウーン……どうやら僕は、顔に出やすいみたいだ。
これじゃ、余計にシアを心配させるだけじゃないか……。
「それに、一瞬だけあのバッハマンという男が、ギルが目を離した隙に私に鋭い視線を向けました。なので、私も何かあるだろうとは感じておりました」
「そう、ですか……」
へえ……
これは絶対に、ただ痛い目に遭わせるだけでは済ませなくなったな。
「ですがギル、私は強くなりました……もちろん自分の力を過信してはおりませんが。だから、あなたは何も遠慮なさらないでください。たとえ、
「っ!?」
シアの言葉に、僕は思わず息を呑んだ。
シア……あなたは、そこまで考えていたのですか……。
「ね? ギル……」
握りしめる僕の拳に、シアがそっと手を添える。
大丈夫だよ、と……心配しないで、と、僕に語りかけるように。
「……シア、僕が絶対にあなたを守り抜きます。たとえ誰が来ようが、何人こようが」
「はい。私も、絶対にあなたを守り抜いてみせます。たとえ、何者が来ようとも」
僕の決意の言葉に、シアが微笑みと覚悟を秘めたサファイアの瞳で返す。
ああ……彼女がここまで僕を信頼しれくれたんだ。僕を、支えようとしてくれているんだ。
なら……僕はその想いに応えるしかない。
そうじゃなきゃ、それこそ僕に、シアの婚約者を名乗る資格なんてない!
「シア……連中は、今晩にでも襲撃してきます」
「はい」
「ですから……僕とあなたで、連中に思い知らせてやりましょう。僕達に手を出したらどうなるのか、身をもって分からせてやる!」
「はい!」
僕とシアは見つめ合い、力強く頷き合った。
さあ……ヘカテイア教団……いや、バッハマンとその一味、それにまだ見ぬヒーローの一人よ、来るなら来い。
僕とシアが、全部まとめて蹴散らしてやる。
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