世界を破滅に導く者

「シア、今日は帰ったらお祝いです。何か食べたいものはありますか?」


 能力判定が全て終了し、僕は帰りの馬車の中でシアにそう尋ねる。

 なお、パスカル皇子については、あのまま医務室に連れて行かれ、ソフィアではない別の者により回復魔法を受けているらしい。

 見立てでは、明日の朝には全て回復しているだろうとのことだ。


 第二王子については、剣術の実技が終わると、まるでクラリス王女から逃げるようにどこかへ行ってしまった。

 はは、無駄に長身イケメンなせいで、コソコソする姿が周囲からもかなり目立っていたけどな。


 ソフィアは……知らん。

 どうせまたどこかで、自分の点数稼ぎかシアを追い落とす算段でもしているんだろう。

 陰湿な点に関しては、シアよりも圧倒的に上だからな。何の自慢にもならないが。


「あ……ふふ、ギルと一緒の食事であれば、何でも嬉しいですが……もしよろしければ、鴨のテリーヌとスズキのポワレが食べたいです」

「もちろん! ですが、その二つをお選びになったのには、何か理由が?」

「はい! その……だって、ギルが私の歓迎パーティーで食べさせてくださった料理ですから……」


 シアは両手を合わせ、頬を赤く染めながらそう言ってはにかむ。

 くそう、尊い、尊いぞ……っ! できることならシアのこの姿を絵画に収め、永久保存したい……!


「分かりました! では、最高のものをご用意させます!」

「はい……ありがとうございます」


 僕はシアの手を取り、ずい、と身を乗り出してそう答えると、彼女は咲き誇るような笑顔を見せてくれた。


 ◇


「うおおおおおおおおッッッ!」

「「「「「…………………………」」」」」


 屋敷に戻るなり、僕は執務室で鬼のように仕事を片づけていく。

 その姿に、同じく働いているみんなはポカン、と口を開けていた。


 フン、今日はシアのお祝いなんだ。仕事なんてサッサと片づけて、全力で楽しみたいんだよ。


 すると。


「ギル、こちらも終わりました」

「ありがとうございます!」


 シアから書類を受け取り、ざっと目を通す。

 うん……うん! さすがはシア、完璧だ!


 僕はシアと書類を交互に見ながら、満足げに何度も頷いていると。


「失礼します。坊ちゃま、少々よろしいでしょうか?」

「? どうした?」


 執務室にやって来たモーリスが、珍しく僕に執務室の外へ出るようにと促す。

 普段なら、誰に遠慮することなく用件を伝えるというのに。


「シア、この書類は完璧でした。ありがとうございます」

「はい!」


 ニコリ、と微笑みながらお礼を言うと、シアも嬉しそうに口元を緩める。

 そんな彼女の姿に心を癒されながら席を立ち、僕は執務室の外に出た。


「それで?」

「はい。坊ちゃまより警戒するように指示を受けておりましたマージアングル王国の東の国境都市“レディウス”ですが、三日ほど前に隣国の“ブリューセン帝国”から妙な一団が入ったとの情報がありました」

「っ!?」


 モーリスの報告に、僕は思わず目を見開いた。

 そうか……いよいよやって来たか。


 僕の書いた小説において、本当の聖女・・・・・であるシアに呪いをかけ、『浄化』と称して世界を破滅に導こうとする、物語最大の敵。


 ――秘密結社、“ヘカテイア教団”。


 女神教が月と豊穣の女神ディアナを信奉しているのに対し、ヘカテイア教団はその名のとおり冥府の女神ヘカテイアを信奉している。


 しかも、西方諸国中に広がっている女神教に対し、ヘカテイア教団は東方諸国で猛威を振るっていた。


 特に。


「……やはり、ブリューセン帝国のその先にある、“バルディリア王国”から差し向けられたのだろうな」

「そのようですな」


 僕の呟きに、モーリスが相槌を打つ。

 ヘカテイア教団の本部の所在地……それこそがバルディリア王国なのだから。


 というよりも、バルディリア王国こそが教団を立ち上げたのだが。


「それで坊ちゃま、どうするのですか?」

「決まっている。このまま待ち・・の姿勢でいては、それこそ連中の思うつぼだ。ならば、災いを招く前にサッサとお引き取り願うとしよう」


 そう言うと、僕は口の端を持ち上げる。

 なにせ、僕はこの小説の原作者だ。連中がこの後どうするのか、何を企んでいるかなんて全てお見通しだ。


「まあ、今回の連中は斥候のようなものだから、簡単に片づくだろう。ということで、僕は明日にでもレディウスに向けてゲイブを連れて出立する」

「かしこまりました……それで、フェリシア様はいかがなさいますか?」

「……今回は、僕だけで行く。シアには黙っているんだぞ」


 そもそも連中……ヘカテイア教団は、本当の聖女であるシアに呪いをかけて魔力を封じたりしていたんだ。

 もし仮に、シアが聖女の力を取り戻していると知れば、全力で排除しにかかってくるだろう。


 そうなれば、僕の宝物であるシアに危害が及ぶおそれがある。

 そんなこと、絶対に許されない。


「だからモーリス。僕が不在の間、シアには王立学院へは通わせないで、必ず守ってくれ」

「……本当に、よろしいのですか?」

「ああ。それが、最善だ」

「かしこまりました」


 指示を受け、モーリスはうやうやしく一礼し、僕も頷く。


 僕達の背後にある気配に、気づかないまま。

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