あなたが、誰よりも必要

「ふふ……ギル……ギル……」


 入学初日を終えて公爵家の屋敷へと帰る馬車の中、シアが蕩けるような笑顔を見せながら、僕に寄り添っていた。

 どうやら自己紹介の時の僕の言葉が、ことほか嬉しかったらしい。


 もちろん僕もシアのあの自己紹介は最高に幸せに感じたし、世界一愛する婚約者に求められて、こんなに嬉しいことはない。


 ただ。


「…………………………」

「あ、あはは……」


 僕は、目の前に座るマリガン卿の冷ややかな……いや、恨みがましい視線に、冷汗を流している。

 彼女が何故この馬車に同乗しているかというと、今日はシアが彼女に魔法の指導を受ける日だからだ。


「そ、そういえばマリガン卿、どうして王立学院で教鞭を振るうことになったのですか?」

「それに関しましては、元々学院より以前から何度も打診を受けていたということもありますが、大切な教え子であるフェリシアさん・・の成長を見守りたいと思ったからです」

「そ、そうですか……」


 僕に向ける視線とは異なり、シアには翡翠ひすいの瞳を輝かせながら熱い視線を送るマリガン卿。

 何というか、教え子であるシアへの想いが半端じゃない。


「今日はギルの仕事をお手伝いすることができないのが心残りですが……」

「あはは、仕事に関しては気にしないでください。それよりシア、今日の魔法の訓練も頑張ってくださいね」

「はい!」


 僕の言葉に、シアは笑顔で返事した。

 ま、まあ、元々その予定だったし、みんなもそれは分かっているから大丈夫だろう。


 だけど……僕のモチベーションは最低だけどね……。


 ◇


「ふふ……ギル、お疲れ様でした」

「シ、シア……」


 今日の仕事がようやく終わり、同じく魔法の訓練を終えたシアが執務室へとやって来て、労いの言葉をかけてくれた。


「すいません……今度から僕の仕事が遅くなる時は、気にせずに先に食事を済ませてくださって構いませんからね?」


 僕はシアに、断腸の思いでそう告げる。

 王立学院に入学する前なら日中に執務をこなすことができるので、夜も時間の融通がつきやすいけど、これからはそうは言っていられなくなる。


 なら、僕のせいでシアの食事を遅らせるわけにはいかないからね……。


 だけど。


「いいえ。今までどおり、私はギルと一緒に食事をします。たとえギルでも、私の楽しみを奪わないでください」

「シ、シア……ありがとうございます……」


 そう言ってプイ、と怒ったふりをする彼女に、僕は嬉しくて思わず涙をこぼしそうになる。

 ああ……僕の婚約者がシアで、本当によかった。


「ふふ! そういうことですので、早く夕食にしましょう!」

「はい! そうですね!」


 満面の笑みを浮かべながら僕の手を引っ張るシアと一緒に、食堂へと大急ぎで向かう。


 そして。


「はい、シア」

「ありがとうございます……はむ……ふふ、美味しいです」


 僕が差し出した鹿肉のステーキを食べ、嬉しそうに微笑む。

 うん、シアが美味しそうに食べる姿は、最高に可愛い。


 何より、今日はマリガン卿との魔法の訓練だったから、特にお腹が空いているだろうし、たくさん食べてもらわないと。


「ふふ……そういえばマリガン先生に教えていただいたのですが、明日の授業は新入生全員の能力判定を行うそうです」

「そうなのですか?」

「はい。私も一度目・・・の人生と展開が異なっていて、少々驚いています」


 ふむ……小説でも、こんな能力判定なんてイベントはないし、マリガン卿に担任が変わったことで、色々と展開が違うなあ。

 まあ、それを言ってしまえば僕とシアがこんなにも仲良しな婚約者同士ということ自体、既に小説と変わってしまっているんだけど。


「それで、能力判定に関しては、学科と実技に分けて行うそうでして、実技に関しては魔法と剣術の二つだそうです」

「魔法! でしたら、シアの独壇場になってしまいますね!」


 シアの説明を聞いて、僕は思わず相好を崩す。

 聖女としての能力に目覚めてからのシアは、持って生まれた才能やマリガン卿の指導もあって、今では王国屈指の実力を備えていると言っても過言ではない。


 そんな彼女が、大勢の子息令嬢達が見ている前で披露したらどうなるか。

 もちろん、その実力を目の当たりにしてシアが正しく評価されると共に、偽の聖女であるソフィアとの実力差も浮き彫りとなり、聖女の評価が地に落ちることになる。


「これで……これでシアが、本当に認められることになる……っ」


 僕はそのことが自分のこと以上に嬉しくて、拳を強く握りしめながら目頭が熱くなった。

 シアが……僕の・・シアが、報われる時が来たんだ……!


「ギル……ありがとうございます……これでようやく、私はあなたの隣に相応しいのだと、胸を張ることができます……っ」


 そう言うと、シアはサファイアの瞳からぽろぽろと大粒の涙をこぼした。


「な、何を言っているんですか……! 僕の隣に相応しいだなんて、それこそ逆ですよ! 僕こそがあなたの隣に立つべく、あなたに相応しい僕であるべきなのですから!」


 シアの言葉を、僕は大声で否定する。

 そもそも僕こそが……一度目・・・の人生でシアに酷い仕打ちをした、前世の記憶を取り戻せなかった僕こそが、本来ならシアの隣に立つ資格なんてなかったのだから。


 僕は……本当は、あなたを求めてはいけなかったのだから……。


 でも。


「そんな最低な僕を、あなたは許してくれたんです! 受け入れてくれたんです! 求めてくれたんです! 僕がどれだけ嬉しかったか! どれだけ救われたか!」

「あ……ギ、ギル……」

「だから……だから、そんなことはもう言わないでください……! あなたは誰よりも尊く、誰よりも高潔で、誰よりも清廉な、僕のたった一人の・・・・・・女神・・なのですから……!」

「ギル……ギル……ッ!」


 僕とシアは、互いに涙を流しながら抱き合う。


 お互いがお互いを誰よりも必要としているのだと、改めて誓い合いながら。

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