第一王妃のお茶会 ※フェリシア視点

■フェリシア=プレイステッド視点


「や、やはり緊張しますね……」


 王宮に到着した私は、馬車から降りる前に深呼吸を繰り返す。

 もちろん、初めてのお茶会ということもありますが、それ以上に、私はギルの婚約者として……ブルックスバンク公爵家の者として参加しているわけですから。


 ギルは私を送り出す時に、『気にせず、目一杯楽しんできてください』と、優しくおっしゃってくださいましたが、私も馬鹿ではありません。

 私の一挙手一投足が、私ではなくブルックスバンク家の……ギルの評価に繋がっているのですから。


「よし!」


 私は両手で拳を作り、むん、と小さく気合いを入れると、馬車を降りた。


 すると。


「フェリシア様、ようこそお越しくださいました」


 なんと、出迎えてくださったのは第三王女のクラリス殿下でした。


「ク、クラリス殿下! どうぞ顔をお上げください!」


 優雅にカーテシーをするクラリス殿下に、私は慌ててそう告げた。

 ま、まさか王族である彼女が、このようなことをなさるなんて……。


「ウフフ、そんなことはございませんわ。フェリシア様は私よりも年上でございますから」

「それでもでございます。臣下に対してこのようなこと、決してなさってはいけません」


 クスクスと笑うクラリス殿下に対し、私は姿勢を正してそう忠告する。

 先日の晩餐会の時にもギルがそう忠告したにもかかわらず、あえて・・・私にそのようなことをされたのです。

 それが私には、ギルを侮辱したかのように思えてしまいました。


「あ……ご、ごめんなさい。そこまで深い意味はなかったんです……」


 クラリス殿下は私の雰囲気を察したらしく、少し困惑した表情を浮かべながら謝罪した。


「あ、い、いえ、私こそ差し出がましいことを申し上げてしまいました。どうぞお許しくださいませ……」


 私は謝罪し、深々と頭を下げる……んですけど。


「プ……ウフフ! 何だか可笑しいですわね! 出会って早々、お互いが謝罪するんですもの!」


 そう言って愉快そうに笑うクラリス殿下。

 そんな彼女に、私も思わず相好を崩してしまう。


「ふふ……本当ですね!」

「ええ!」


 まだ彼女の本心や思惑は分からないものの、私はクラリス殿下のことを少し気に入ってしまった。

 何より、クラリス殿下はあの王子達と違い、ギルに対して礼を尽くしてくださいますから。


「さあ、お茶会の席へご案内します!」

「はい!」


 私はクラリス殿下に案内していただき、今日のお茶会の会場となる王宮の庭園へとやって来ると、既にほとんどのご婦人方が席に着いていらっしゃいました。

 その中にソフィアがいないことを確認し、私は胸を撫で下ろした。


「フェリシア様の席はこちらです」

「あ、ありがとうございます」


 クラリス殿下に指定された席は、まさに彼女の隣。

 確かに私はギルの婚約者という立場ではあるものの、まだ結婚しているわけではありませんので、本来であれば末席とまではいかないまでも、フレデリカ妃殿下の席から数えて真ん中より少し下座が妥当だと思います。


 それでも、クラリス殿下に次ぐ上席にしていただいたということは、それだけ私に……いえ、ブルックスバンク家に配慮したということでしょう。


 席に座り、しばらくお待ちしていると。


「ウフフ、皆さん揃っているわね」


 フレデリカ妃殿下が、羽扇で口元を隠しながら優雅にお見えになられ、席に着かれました。


「それで……皆さんが気になっていると思うので、フェリシアさんにここで自己紹介をお願いしても?」


 チラリ、とこちらを見ながら、フレデリカ妃殿下が私にそう促した。

 私は軽く会釈をした後、席を立つ。


「皆様、プレイステッド侯爵家の長女、フェリシアと申します。このような席にお招きくださったフレデリカ妃殿下には深く感謝申し上げますと共に、至らない点やお見苦しいところもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 あえてギルの婚約者であることは名乗らず、私は自己紹介をしてカーテシーをした。

 とはいえ、おそらく皆様はご存知であると思いますが。


「ウフフ、よろしくお願いしますね」


 フレデリカ妃殿下のその言葉で場が和み、お茶会が始まりました。


「フェリシア様、是非小公爵様とのお話をお聞かせくださいませ!」


 隣に座るクラリス殿下が、瞳をキラキラさせながらお尋ねになりますが……他の皆様も、どうやら私とギルのことが気になって仕方がないご様子。

 私は少し苦笑いしながら、ギルとの素晴らしい日々についてお話ししました。


 普段のギルのことや、いつも私を気遣ってくださること、モーリス様やイーガン卿との愉快な掛け合いなど……って、ふふ、気がつけばギルのことばかりですね。

 ですが、そんなお話でも楽しんでくださったようで、皆様が頬を緩めておられます。


「ウフフ、フェリシア様は本当に小公爵様のことを愛していらっしゃるのですね」

「は、はい……ギルと出逢えた奇跡に、女神ディアナに感謝を捧げるばかりです……」

「いいですね……私もいつか、そのような殿方にお逢いしたいです……」


 クラリス殿下が頬を染め、どこか夢見心地の様子で想いを巡らせていらっしゃいます。

 先日の晩餐会以降、ギルに懸想してしまわれたらどうしようかと不安に思ったりもしましたが、そのようなこともなさそうで本当によかったです。


 すると。


「そういえば……ご実家のプレイステッド家では、今まではソフィア様ばかりが社交の場に顔をお出しになられ、フェリシア様はお見かけしたことがなかったのですが……」


 私より少し年上と思われるご令嬢のお一人が、おずおずとお尋ねになられる。

 ですが……これは困りました。


 プレイステッド家で私が受けていた仕打ちの数々をお話しするわけにもいかないですし、どうお答えすれば……。


「ウフフ、まあそんな些細なことはどうでもよろしいのではなくて? それより、皆さんもお感じになったように、フェリシアさんったら、本当に聡明で可愛らしいと思いませんか?」


 クスクスと笑いながら、フレデリカ妃殿下がさりげなく助けてくださいました。

 しかも、私を評価するようなお言葉まで。


「ええ、それはもうフレデリカ妃殿下のおっしゃるとおりです」

「今度は是非とも、私のお茶会にもご参加いただきたいですわ」


 他の皆様も、口々に私を認めてくださいました……。

 もちろん私がギルの婚約者だから、ということもあるのでしょうけど、それでも、この場の温かい雰囲気がとても心地良かった。


 このお茶会に出席して、本当によかった……。


「そうそう、フェリシアさんにお話をしておかなければいけないことがあったの」

「何でしょうか……?」


 フレデリカ妃殿下が手を合わせてそうおっしゃったので、私は思わず身構える。

 もし、ギルにとって不利益なことだったのなら、私はお断りしないと。


 私の全ては、ギルなのですから。


 でも、フレデリカ妃殿下のお話は意外なもので。


「実はね? フェリシアさんや小公爵殿が入学される王立学院に、クラリスも一年早く入学することにしたの」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。母親である私が言うのも何だけど、クラリスは結構優秀なのよ」


 フレデリカ妃殿下のお言葉に、私は頷く。

 クラリス殿下が聡明な御方だということは、これまでの会話やその所作からすぐに分かりました。

 それにギルも、クラリス殿下を他の二人の王子と比較して、一番評価が高かったですから。


「ウフフ……そういうことですので、学院ではよろしくお願いします。フェリシア様」


 クラリス殿下は私の手を取り、嬉しそうに微笑んだ。

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