第一王妃との取引

「……小公爵様、少々ご足労いただけますでしょうか?」


 僕とフェリシアの前にさりげなく現れ、恭しく一礼する中年の男。

 彼は、王室からの・・・・・使い・・だ。


「それって、僕が行かないと駄目なのか?」

「……何卒なにとぞ、お願いいたします」


 頭を下げたまま、強制・・なのだと言外に告げる男。

 さりげなく僕を威圧しているのが気に入らないな。


 まあ。


「っ!?」

「もう一度聞く。僕が行かないと駄目なのか?」

「も、申し訳ございません……」


 僕の……そして、別の場所・・・・から向けられた殺気に、目の前の男の威圧的な態度が鳴りを潜めた。


「悪いが、さすがにこれはやり過ぎた・・・・・。加えて、この僕を呼び立てる貴様までもがその態度。つまりそちら・・・は、ブルックスバンク家とたもとを分かつ、そういう理解でよいのだな」

「っ!? とんでもございません! 平にご容赦くださいませ!」


 僕の言葉に、男は今にも土下座しそうな勢いで何度も頭を下げる。

 全く……立場を弁えないからこうなるんだ。


「ギ、ギルバート様……」

「あはは、心配いりません。どうやらおいたが・・・・過ぎた・・・子どもを見かねた保護者が、話し合いをしたいそうです」


 心配して手を握ってくれたフェリシアに、僕はニコリ、と微笑みながら説明した。

 だが、目の前の男の最初の態度から分かるとおり、あまりいい提案ではないのだろう。


「ハア……ゲイブ」

「はっ!」


 僕が呼ぶと、別の場所・・・・から見守っていたゲイブがそばに来た。


「どうやら向こう・・・は、どうしても僕に来てほしいらしい。とりあえず、話だけは・・・・聞いてやることにしたので、悪いがフェリシア殿と一緒に幕舎に戻っていてくれ」

「承知いたしました!」

「フェリシア殿。すぐ戻りますので、幕舎で僕の帰りを待っていてくださいますか?」

「は、はい……ですがギルバート様、どうかご無事で……」


 フェリシアがサファイアの瞳で見つめながら僕の手を強く握りしめ、そして名残惜しそうに離した。


「何をしている。早く案内しろ」

「か、かしこまりました」


 フェリシアとゲイブが見守る中、僕は男の案内でその相手の元へと向かった。


 ◇


「ウフフ……わざわざ来てもらって、申し訳ないですね」


 羽扇で口元を隠しながら微笑む目の前の女性は、マージアングル王国第一王妃、“フレデリカ=オブ=マージアングル”。


 小説では、プレイステッド侯爵の働きかけもあり、聖女の認定を受けているソフィアを強力に支持して、王太子との婚姻を推し進める人物だ。

 王太子自身はフェリシアに懸想していたため、そんな母親である第一王妃との間に揺れ動くものの、最後はフェリシアを選ぶというエピソードがある。


 まあ、要はこの女も、フェリシアの敵になり得るということだ。


「フレデリカ妃殿下……それで、あのような無礼な者を使いに寄越して僕をお呼びになられたのは、どのようなご用件でしょうか?」

「あらあら、そんな怖い顔しないで? 彼には私からきつく言い聞かせておきますから」


 第一王妃は、やんわりと僕の問いかけを受け流す。

 ……この女狐め。


「大した話じゃないの。ほら、ニコラスは立派なドラゴンを持ち帰って来て、しかも聖女・・であるソフィアの房飾りまで受け取っているでしょう? 国民も、そろそろ王太子の英雄的な物語を欲しがっていると思うの」


 なんてことはない。

 思ったとおり、アイトワラスを仕留めた手柄を、王太子に譲れということだ。


「ハア……普段であれば、その提案をお受けしたのですが……さすがに今回ばかりは、僕も譲れません」

「あら、どうしてかしら?」

「王太子殿下とショーン殿下は、僕の最愛の女性ひとを侮辱した」


 そう……あの二人は、僕の・・フェリシアを悪女呼ばわりしたんだ。

 誰よりも優しくて、誰よりも素敵な、僕の婚約者・・・・・を。


「そうね……私もその話は、から聞き及んでいるわ……」


 第一王妃は、ふう、と深い溜息を吐いた。


「だったら、どうすれば小公爵殿に納得していただけるかしら?」

「そうですね。ニコラス王太子殿下とショーン第二王子殿下の、フェリシアを侮辱した発言の撤回、そして彼女への正式な謝罪を要求します」


 まあ、このあたりが妥当な落としどころだろう。


 仮にも王族が、一貴族の令嬢でしかないフェリシアに正式に謝罪をすることになるんだ。

 それだけでも充分、王子達の面子を潰すことになるだろう。


 加えて、既に僕が持ち帰ったアイトワラスの頭を目撃した者が大勢いる。

 その中で、疑いの目を向けられながら自分が仕留めたのだと、王太子は一生主張し続けないといけない。

 さらには、来年の狩猟大会では同じ結果を求められることになる。


 王太子は、これから自分の過ちに苦しむことになるんだ。


「……仕方ないわね。それで手を打ちましょう」

「ありがとうございます」


 かぶりを振りながら、渋々了承する第一王妃。

 とはいえ、腹の中ではこの程度で済んだと思って、ほくそ笑んでいるかもしれないが。


「では、用件も済みましたのでこれで失礼します」

「ええ、わざわざ済まなかったわね」


 僕はうやうやしく一礼し、第一王妃のいる幕舎から立ち去っ……「ああ、そうそう」……まだ何かあるのか……?


「ところで……小公爵殿は聖女・・のこと、どう思うかしら?」


 そう尋ねると、第一王妃は含みのある笑みを浮かべた。


「そうですね、義理の妹・・・・になる女性のことを、こんなふうに言うのは気が引けますが……」


 僕は心にもない前置きをした上で、改めて第一王妃を見据えると。


「僕なら、あんな回復魔法が得意なだけの節操のない女性はお断りですね」


 そう言って、ニコリ、と微笑んだ。


 すると。


「ウフフフフ! そう! 大変参考になったわ!」


 第一王妃は、声を出して愉快そうに笑った。

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