僕のために、祈るあなた
「とりあえず、一旦このドラゴンの頭だけでも会場まで持ち帰るか」
そう呟くと、僕はランスと盾を背負い、腰にある剣でアイトワラスの首を切断した。
アイトワラスの頭一つだけでもかなり巨大だから、なかなか大変だ。
まあ、【身体強化・上】で身体能力を底上げしているから、何とか持ち運べそうだけど。
ということで。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
大会本部がある会場へと戻る中、すれ違う貴族子息達がアイトワラスの頭を見て声を失っている。
まあ、アイトワラスはこの森に棲む他の魔獣と比べても桁違いだからね。驚くのも無理はない。
だけど、できれば発表の場まで王太子と第二王子には知られたくないな。
そのほうが、自信満々で帰ってくるであろう二人に恥ずかしい思いをさせることができて、僕とフェリシアが溜飲を下げることができるだろうし。
なので、僕は狩場を少し迂回しながら会場を目指す。
そして。
「「「「「おおおおお……っ!」」」」」
戻って来るなり、会場にいる人達からどよめきが起きた。
もちろん、まさかドラゴンを狩ってくるだなんて誰も思わないだろうからね。
すると。
「さすがはギルバート様です! 私のあなたへの祈りが通じたこと、心より嬉しく思いますわ!」
誰も呼んじゃいないのに、わざわざソフィアが駆け寄ってきてそんなことを
「そうですか。そのような祈りは既に
「そ、それはもちろんですが……」
僕はにこやかに皮肉を言うと、目の前のソフィアが言い淀む。
フン、僕に取り入ってフェリシアを惨めにさせようとしても、そんなものは通用しない。
「はは、ひょっとしたら王太子殿下やショーン殿下は、これよりもすごい魔獣を持ち帰るかもしれませんよ? なにせ、
「あ……そ、そうですね!」
僕の言葉に気をよくしたのか、ソフィアはパアア、と表情を明るくさせた。
馬鹿だなあ、アイトワラスより上の魔獣なんて、この森にはいないのに。
「では、失礼します」
「あ……」
名残惜しそうに手を伸ばすソフィアを無視し、僕はブルックスバンク公爵家の幕舎を目指す。
だって。
「……女神ディアナ様、どうかギルバート様をお守りください……っ」
幕舎の入口の隙間から、そんな彼女を見つめていると。
「おや? 坊ちゃま、お早いお帰りですな」
「ゲ、ゲイブ!」
しまった! せっかくフェリシアの尊い姿を眺めていたのに、これじゃ彼女に気づかれてしまう!
「っ! ギ、ギルバート様!」
「あ、あはは……ただいま戻りました」
僕とゲイブの声を聞いたフェリシアが、慌てて振り向く。
そんな彼女に、僕は頭を掻きながら苦笑いした……って。
「ギルバート様……! ご無事で、本当によかった……っ!」
「フェリシア殿……」
勢いよく僕の胸に飛び込んだ彼女を抱きしめた。
フェリシア……肩が震えている……。
「フェリシア様は、森の中に入られるのを見届けてからずっと、こうやって坊ちゃまの無事を祈っておられました」
「そうか……フェリシア殿、ありがとうございます。おかげでこうして、無事にあなたの元へ帰ることができました」
僕は彼女の背中を優しく撫でながら、そう、耳元でささやいた。
「そうだ。僕が仕留めた魔獣を、是非とも見ていただきたいのですが」
「あ……ふふ、そういえばこれは狩猟大会でしたね」
胸の中から涙で潤んだサファイアの瞳で僕の顔を
「どうぞ、こちらです」
「はい」
僕はフェリシアの手を取りながら、幕舎の前に置いているアイトワラスの頭を披露した。
「お、大きい……」
「あはは、どうです? すごいでしょう……っ!?」
「もう! ギルバート様ったら、こんな無理をされて!」
自慢げに語ろうとしたところで、僕はフェリシアに叱られてしまった……。
でも……僕をこんなにも心配してのことだから、すごく嬉しい。
「お願いですから、無理をなさらないでください……! あなたに何かあったら、私は……っ!」
「フェリシア……もちろん、分かっていますよ。このドラゴンも、僕の実力で危なげなく倒せると思ったから仕留めたのです。決して、無理をしたわけではないんですよ?」
僕はフェリシアを少しでも安心させようと、努めて静かで優しい声で、そう説明した。
「イ、イーガン卿……ギルバート様のおっしゃったことは、本当なのですか……?」
「ハハハ、もちろんですぞ! そもそも、私は無茶をする戦い方を教えたりはしませんとも!」
豪快に笑うゲイブの言葉で、フェリシアは胸を撫で下ろした。
ようやく信じてくれたみたいだ。
「で、ですが、このように大きなドラゴンの頭を見てしまいますと、その……どうしても心配してしまいます……」
「あはは、今度からはもう少し小さいサイズのものにするようにします」
「あう……も、もう……」
「それより、僕の狩りはこれで終わりましたので、大会の終了時刻までお茶に付き合っていただけると嬉しいのですが?」
「あ……は、はい!」
僕がおどけながらそう言うと、フェリシアはパアア、と咲き誇るような笑顔を見せてくれた。
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